第124話 それは「虚無」という名の(2)
僕は結晶から放たれる光の方向を確認しつつ、ルジェリアを引き連れながら先を急ぐ。
まあ、先を急ぐといっても周りは相変わらず忌々しい白だらけ。景色だって何処まで進んでも、いつまで経っても変わりはしない。そんな中でただせかせかと足を動かしているだけで、進んだ気は全くしないのだが。
それでも僕は歩みを止めるつもりはない。もう立ち止まるのはやめたんだ、これ以上黙って待ちぼうけするだけでは何も変わらない。いくら手掛かりが怪しくとも、たとえ罠だとしても、突き進んでいく他無い。
「あの……ところでここは一体何の世界なんですか?」
「は? お前、妹から何も聞いてないのかよ」
「あ、えと……とりあえず行け、って言われたもので」
「あいつ……説明押し付けたな」
相変わらず、人使いの荒い奴め。ルジェリアは妹に手伝って来いと言われたものの、何も聞かされずに放り込まれたのだろう。おそらく説明が面倒だからと僕にその役割を丸投げしたに違いない。
……まあ、この世界の説明が面倒なのはわかることではあるけど。
「世界……って言えるか正直微妙なんだけどね。主要世界の『光』と『影』ならともかく、不安定な『記憶』にも劣るんじゃない?」
「え、じゃあ世界って概念自体が曖昧なんですか?」
「ああ。全てが不条理、無秩序、支離滅裂────この世界は歪みそのもの。世界の溝だ」
この世界の在り方は複数の並行世界で互いを支え合って、一つの『鏡』を生み出しているも同然。一つ欠ければそこを起点に総崩れになってしまう。そうならないように、この世界は欠けたものを埋め合わせようと仮初めの空間を創る。
光や影など大きな世界は問題ないが、隅に押しやられた世界はちょっとした弾みでバランスが崩れて壊れることも稀にある。これはその事態に備えて成った性質とも言える。
……が、今回はその相手が悪かった。何せ相手は跡形も無く消し飛ばす程の厄災、その影響下で仮初めとはいえ結果を急げばどうなるかなんて、考えなくてもわかることだ。
「じゃ、じゃあこの世界は『滅び』によって生み出されたような世界なんですか⁉︎」
「結論言えばな。この分じゃ、末端世界が把握しない内に消し飛んだか」
「そんな……もう被害が出てしまったなんて……」
「考え甘すぎ。多少の犠牲は覚悟の上だっての。それが残酷とも思うんなら、こっちの力不足を悔やむんだね」
ルジェリアは落ち込むが、僕は励ますなんてことはしない。
励まして何になる。消えたものは悲しむだけじゃ戻って来ない。それなら表面的でも泥臭い生き様を描いて、悪役という生贄を出すおとぎ話の方がまだ現実的だ。
犠牲を出したくない……それは当然の感情だ。それでも、日常から何か大なり小なり何かを犠牲にして生活が成り立っているのは事実。犠牲の一つも無く、全員が幸せ。はい、めでたしめでたし! ……なんてのは有り得ないんだから。
多少の被害が出ることは想定内だ。だが、それを失くしたままでは済まさない。取り返すためにさらなる力を付けて、犠牲を与えた災いにそれ以上の制裁を与えるんだ。
仕方ない……それで済ませてしまっては目的のためなら手段を選ばない、『支配者』と同類になってしまうのだから。
「後悔して下向いてる暇があるなら前向け救世主。これ以上失いたくないなら、無様に醜態晒してでもひたすら足掻いて見せなっての」
「……はい」
「……話の筋戻すけど。『滅び』で生み出されたような世界だから色々と不確かでぐらぐらだ。この世界そのものが敵って認識してもいいくらいに」
この世界はあらゆる像が無い。敢えて名をつけるなら『虚無』の世界────そうとしか言えない。
この世界は結果を急いだことで、『世界』としてあるべきパーツが色々と欠けてる。『自分』ということですら、僕であればレシスに、ルジェリアであれば僕に互いを認識し合って存在を確定しなければ姿を維持できない。少し油断すれば、消滅なんてことも起こりうる。まあ、そんなことにならないためにレシスに見張り役を押し付けたんだけど。
でも、ここは『滅び』によって生み出された世界、災いの副産物というべき場所だ。この性質を利用して、もっと厄介でタチの悪い罠がある。
「『滅び』は僕ら異物を取り込もうと今でも包囲網張り巡らしてんのさ。全てが曖昧、あやふや。だからちょっとしたことでも引き込まれる可能性がある。例えば……ルジェリア?」
「はい?」
「太陽と月、どっちが好きだ?」
「え。なんですか、藪から棒に?」
「ほら、さっさと答える。話が進まないんだけど」
「えっと……どちらかというと、月です」
「じゃあ『夜』に引き込まれるな。暗闇に引きずり込まれないよう、精々注意しなよ」
「そ、その程度でですか⁉︎」
ルジェリアは驚くが、このくらいで動じて貰っては困る。
たかが『その程度』、されど『その程度』だ。ありとあらゆるものが不確定で、しかし確かな邪気だけはしっかり孕んでいる。何もない真っさらに見えても、実際にはいつでも僕らを消そうと画策して蠢いているんだ。
この世界で余計なことを考えればいつ世界の一部になってもおかしくない。ちょっとでもよそ見してみろ、待っているのは全ての『おしまい』だ。
「ここでは余計なことを考えるな。お前の力を頼ることはあるけど、それ以外は僕の姿をしっかり捉えてないと僕でも対応出来ないから」
「わ、わかりました……。でも、オスクさんは大丈夫なんですか? オスクさんだって、私と状況は変わらないでしょう?」
「まあね。それでも僕は進む。そんな危険を冒してまで果たしたいことくらい、わかってるっしょ?」
────ティアを見つけ出す。それが、あの時ちゃんとあいつの存在の有り難みを自覚しないでいた自分が出来る精一杯の償いだ。
その目的を一直線に見据えてるからこそ、この世界の中で僕が僕でいられるんだ。生半可な覚悟と心構えじゃ、僕だってとっくにこの世界と同化してるに違いない。
だが、この世界はあまりにも不安定だ。レシスの今の力で無茶できるタイムリミットは一時間……今回だけでは見つからないにしても、少しくらい事態は進展させておきたい。
結晶からの光だって頼りないし、そもそもどうしてこんな世界にティアがいると光が指し示したのかもまだ疑ってるし、正直確証は無い。それでも進む……僕には選択肢など与えられてないんだから。
「……ティアさんは、それだけオスクさんにとって大きな存在なんですね」
「ああ。大精霊になるって決めたのも、あいつがきっかけみたいなもんだし」
「ティアさんもよくオスクさんのこと話してました。オスクさんを、一番大切な相手って。ティアさんってもしかしてオスクさんのこと、好きだったんじゃないですか?」
「はあ? 何言ってんの」
「だって、そうじゃなきゃあんなに信頼関係築けませんよ。ティアさん、オスクさんに恋してたんじゃないかって!」
「……んなわけないじゃん」
馬鹿馬鹿しいにも程がある。あいつが、僕のことを好きだなんて。
あいつはただの幼馴染み。会うことは多かったが、そんな気持ちなんて僕には全く無かったし。あの頃はまだ長かった髪をいじられたり、やたら僕を気遣ってお節介を焼いたりするが多かったけど……まさかそんな。
てか、『身体』は城に引き篭もりきりだったせいかそっちの話には疎いのに、なんで『記憶』は敏感なんだか。やっぱり分離した時に、色々ネジが飛んだのか……?
「ほら、さっさと行くぞ。余計なことばっか考えて引き摺り込まれても僕は知らないからな」
「でも、そう言っても毎回ちゃんと助けてくれるじゃないですか。オスクさんのそういうとこ、私大好きです!」
「……やっぱお前置いてく。もう知らん」
「え〜⁉︎ もう、そんなわかりやすい照れ隠ししなくてもいいじゃないですか!」
「うっさい、付いてくんな!」
なんとか振り切ろうと早足で歩いていくが、意外と足が速いルジェリア。光の筋を辿りつつ、ジグザグに歩いてもなんとか追いついてくるものだから僕の努力も徒労に終わる。
……そんなことしておいて、結局は見捨てられずチラチラ後ろを振り返って確認しているのだけど。我ながらこの性分が流石に嫌になって、ルジェリアに気付かれないように僕は盛大なため息をついていた。




