第123話 継承せしは(2)★
……また一つ、年を跨いだ。
十二とある月が一周し、リセットされるこの日。とはいえ、それは所詮認識の問題。心機一転など御託に過ぎず、結局はやがて朝を迎えるまで夜が明けるのを待つのみで。騒ぐのはほんの一瞬、数日経てばなんの変哲も無い日常に戻る。
「ふ、あ……」
不意に、あくびを一つ。
あくびをするくらい退屈なものだった。そこに何の感情も湧きはしない。ただ朝を迎えるのを待つのには変わらないというのに、それに勝手に新年という名称をつけて過剰に騒ぎ立てるなんて。正直言って、理解し難いものだと思ってしまう。それを迎えるのも、毎回毎回一人きりだったことも伴って。
ん……いや、もう一人隣にいたか。まあ、一人増えたところであまり差異は無いが。
でも、どうしてだか。今はそれでもいいと思える自分がいた。今までそんなことは思いもしなかったというのに。
「……ハッ」
確実に毒されてんな、と鼻で笑う。忙しくはあった筈なのに、合間に挟むのんびりとした空気に慣れつつある。災いを前にしてそんなものに染まりかけるのはどうかとも思うけど、それはそれでいい気がした。
馬鹿馬鹿しい会話をし、間抜けな笑顔を浮かべて、そして成果が現れた時には喜び合って、お互いに労い合うのも悪くはないと。それで今までの空白の期間で開いてしまった溝が塞げるのであれば、尚更。
それでも、自分の胸はまだぽっかり穴が開いたままだった。ずっと前……失った片割れを、その日のことを、今でも尚引きずっている。
何が、何色にも染まらないだ。後悔の色で染まりきったままじゃないか────いつも心の中にはそんな責め立てる言葉が静かに、それでもぐっさりと突き刺さっていたんだ。
「……でも、それも」
────これで終いだ、と。そう思いながら懐にあるものに触れる。
冷たい、石の感触。それなのに、一瞬暖かさを感じたそれを取り出し、ジッと見つめて……やがて思い切り握りしめて。『ここ』に立つ理由を再確認する。
『ここ』に来た理由は他でもない、失った片割れを探すため。今の今まで手がかりはほぼゼロだったが、最近になってようやく掴めたから。
手がかりといっても大したものではない。憶測に過ぎないもので、不確かなもので。はっきり言っておまけ程度なものではあったが……それでも無いよりはマシだった。何の道具も無くて、ただふらふら彷徨って、アテもなく歩き続けるのに比べれば。
……昔のように無茶して地面に這いつくばるなんてことになったら、またアイツに笑われる。アイツの手を借りている今は、この時間も見られているのだから醜態を晒してそれを餌にされるのだけは御免だ。
「さて、と……」
不意に立ち上がって先を見据える。
目の前に広がるのは『白』────ただそれだけ。ここに存在しているのか、それすらはっきりしないこの空間は、この場に留まるだけでも気分が悪い。
色も無い、ものも無い、感触も無い、空気すらも……あるか疑わしい。だが、最後のを除いてもそんな無い無い尽くしの『ここ』は空気に当てられるだけで気分が滅入ってくる。
こりゃ長くはいられないな……なんて、どこか他人事のようにそう思った。
「んー……」
すぐにでも歩き出したいところではあるが、今の状態では少々心許ない。今ではいつも隣にいるやつが今はいないせいだろうか、少々の虚しさを感じていたから。
「あ、そういや……」
手元に『あいつら』の代わりになるものがあったっけ。それを思い出して、しまったままだったそれらを取り出す。
……鮮やかな青のマフラーと、紅い石がはめ込まれたアミュレット。聖夜の日に、あの双子から貰ったものだ。
このまましまいこんでおくというのもいいんだが、それだと懐がかさばって鬱陶しい。
アミュレットの方も。渡された相手が言っていたような願掛けなんか今までも、これからだって頼るつもりはさらさらないけど……今回ばかりはその意見に乗るのも悪くはない。
「これで良し、と……」
マフラーをしっかり巻いて、その上にアミュレットを控えめに添えて、双子から貰った想いをしっかりその身に受けて。『ここ』にはいないが、それは安堵感をもたらした。
あいつは成し遂げたんだ。離れ離れになって、再会するということを、15年もの歳月をかけて、ようやく。そしてもう片方も狂気に呑まれ、ズタボロだった心を孤独という暗闇から引きずり出したんだ。
なら、自分も……僕も。今までそっちに精一杯なことを言い訳にして目を背けていたが、いよいよ僕も成し遂げる刻が来た。
……絶対に、取り返す。もう失いなんかしない。
「やってやろうじゃん……!」
僕は────オスクはそう呟く。
引き継いだ想いを胸に、失わせた虚無へと立ち向かうその一歩を踏み出しながら。
これにて10章完結です!
最後にあったように、次章は今まで本編には無かった視点から開始となります(^^)
これからもよろしくお願いします!




