第121話 紡いだ雫(2)
星の雫が必要だと、エストは告げた。
それだけなら良かったのだけど、手を前に差し出して早く渡せと言わんばかりに手前に向かってクイクイと動かして。その意味は聞かずともわかるものだ。
「……貴様、もしやその雫を持って来いとでも抜かすんじゃないだろうな?」
「そうだけど? ボクにとって願いを叶えるっていうのは仕事と同じなんだ。だから対価をきっちり払って貰わなきゃ」
「え、でも星の雫なんて滅多に手に入らない代物ですよ⁉︎」
レオンの言葉にまるで当たり前かのように返すエストに、フリードもたまらず口を挟む。
星の雫はその名の通り、星の力が長い年月を経て蓄えた光が雫となって具現化したもの。一滴零れ落ちることだって何十年もかかる。だからこそ、その入手の難しさだってエストもわかってる筈なのに……全く意地悪な要求だ。
……あれ? でも私、確か……
「だからこそ対価として相応しいんじゃないか。ボク達星の精霊にとって星の雫は力の源でさ。そっちが願いを要求するなら、こっちだってそれくらい望んだっていいでしょ?」
「えぇ……でも今まで散々寝てた癖に、ルージュに起こしてもらっておいてそれは無いんじゃないのか?」
「だ、だよね……。お礼も無しで、要求するだけっていうのはちょっと」
「たかが妖精が出しゃばんないでよね。ボクは別にお子様の妖精なんかに興味無いし」
「見た目じゃ明らかにお前の方が歳下じゃんか⁉︎」
イアもドラクもエストに対して文句たらたら。
確かに、お願いする立場だというのにエストの態度は威張りちらすようなもので傲慢そのもの。まさにわがままという言葉をそのままカタチにしたかのようなその言葉遣いに、他のみんなも苛立ちを隠せない。
「あのさあ、お前が惰眠貪ってる間周りに色々苦労かけてるっしょ? その償いしようっていう心構えすら無いわけ?」
「はあ、そんなの知らないし。寝てるんだから仕方ないじゃないか」
「……とかなんとか言ってるけどどうするよ、ルーザ?」
「決まってんだろ、シメる」
「はあ⁉︎ ちょっと、何するんだよこの無礼者!」
なんて、言うが早いかルーザはエストにつかつかと距離を詰めて、いきなりエストの腕を掴んで関節技をかける。
今はルーザもレシスの姿を写して精霊の姿となっている。身長差はもちろん、大精霊としての力は不完全だとしても元からの握力が凄いルーザ相手じゃエストもたまらない。さっきまでの威勢の良さはどこへやら、「痛い痛い!」と悲鳴を上げてのたうちまわっている。
流石にちょっと可哀想なのだけど……みんなもエストの態度に少なからず怒りを覚えていたらしく、エストの悲痛の叫びは特に腹を立てていたレオンやイアはもちろんのこと、いつも友好的なエメラやカーミラさんですら知らん顔。
オスクといえばさっきからその光景をニヤニヤと眺めるばかり。仕事はきっちり果たすオスクのことだ、エストが年がら年中眠りっぱなしなことに苛立ってたのだろう。
……多分、エストにルーザを仕向けるようにしたり、サボリ魔なんて言ってたりしたのもそういう理由から。
「ちょっ、勘弁して⁉︎ 謝る、謝るから!」
「ふん、じゃあさっきの言葉は取り消すんだろうな? 許しを乞うならそれ相応のことをしろよ」
「態度が悪かったのは謝るけど、全部取り消すのは無理なの! 雫が力の源でそれがないと力を取り戻せないのは嘘じゃないの、これ本当!」
エストも流石に参ったのか、さっきとは打って変わって涙ながらに訴える。どうやら星の雫を要求するだけあって、やはり星の精霊にとってそれは大切なものらしい。
本来であればすごく手に入りにくい、珍しいもの。店で並んでたらそれこそ奇跡と言えるくらいに滅多にお目にかかれないものだけど……
「ね、ねえ! 私……星の雫、持ってるの!」
「……は?」
「え、出まかせじゃないだろうね?」
私の突拍子もない言葉にルーザも、エストもルーザに技をかけられたまま、首だけ私の方に向けて私を凝視する。
言い出したのはいきなりだけど……これは嘘じゃない、偽りは一切無い、デタラメなんかじゃない。私は至って真剣なのだから。証拠を示すべく、私はカバンから小瓶を取り出して突きつけた。
「ほら、これ。これなら文句無いでしょ?」
「えっ、しかも虹の星の雫⁉︎ こんなレアものとか……」
エストは私から小瓶を受け取り、それを様々な角度から眺める。
小瓶の中で揺らめいて踊る、虹色に輝く液体。どうやら偽物ではないようで、エストも「本物だ……」と感嘆のため息を漏らす。
「……あんなもの、よくまあタイミング良く持ってたな?」
「うん、持ってたのは本当にたまたまなんだけどね。ほら、以前の星祭りで」
「あっ、そういや……!」
ようやくエストを解放して、星の雫を手に入れた経緯を思い出したらしいルーザに頷いて見せる。
……実は私もついさっきこの存在を思い出したのだけど。ルーザがここに、光の世界に来てから間もない頃に丁度この場所で……この王都の噴水広場で行われた星祭り。その時に売り子に勧められて購入していたのがこの虹の星の雫なんだ。
あの時は思い出に、と買ったものだったけれどまさか今になって役に立つ日が来るとは……。
「だがいいのか? 思い出の品をあんな奴に渡して」
「ちょっと、聞こえてるんだけど!」
「うーん、確かに大切なものだけど……」
文句を言うエストをスルーしつつ、少し考え込む。
思い出の品として買ったものだけあって、やはり大事にしていたものだ。みんなの前ではあまり大っぴらに出さなかったけれど、たまに取り出しては眺めて。みんなで盛り上がった時のことを思い出して笑みを溢し。……手放せばそれが出来なくなる。
以前ならば駄目と言ったかもしれない。でも今は、あの時以上に大事で楽しい思い出が数えきれないくらいできた今なら。
「それで役に立てるなら喜んで差し出すよ。今はそれしか手立てが無いし、それでお互いの望み通りになるなら安いくらいだよ」
「ルージュ……本当に、いいの?」
「……うん。それで望みが叶うのなら」
決断はしたというのに、情けなくもエメラにそう返した声は少し震えてしまった。
でも……いいんだ。自分で決めたことだ、後悔はしない。一つ、形あるものを失ったとしても、これから楽しい思い出は沢山作れるんだから。
「じゃあ、いいんだね。これ貰っちゃって」
「……うん、そう決めたから」
「覚悟は本物みたいだね。……じゃあ、契約成立!」
そう宣言するや否や、エストは小瓶に口を当てて雫を一気に飲み干す。
その途端、エストが纏う法衣が輝きだし……辺りに虹色の粉を振り撒いた。
「よーっし、調子最高! 久々の仕事だ、腕が鳴るなぁ!」
と、エストはさっきまでのどこか気怠そうな態度がまるで嘘のように声を張り上げる。さっきの、星の精霊にとって星の雫は力の源だという言葉は嘘じゃなかったらしい。
雫によって力を完全に取り戻したエストはその魔力を高めて、星の光を集めて儀式の準備を整えていく。一つ、また一つと辺りに散らばる白銀の光を蓄えて、やがてそれは大きく膨らみ始めて。
星が輝く夜空と、目の前にそびえるクリスマスツリーと、そしてイルミネーションと一体となって輝きを放つエストのその姿は、幼くともまさに大精霊としての姿そのもの。
ありとあらゆる光がエストに集まっていく、今まで見たこともないその光景。星達が作り出した芸術作品と言っても過言でないそれは、言葉にならない程綺麗なものだった……。




