第120話 日の下に生きて(1)
……点灯式が終わっても、私はしばらくその場を離れることが出来なかった。
星空と王都が重なって輝きを生み出すその光景が、あまりにも綺麗すぎて。初めてだということもあり、私はその景色に言葉に出来ない感動を覚えて、目の前に釘付けになっていた。
そして、極め付けはその中央にそびえる巨大なクリスマスツリー。一際贅沢に鉱石が散りばめられたそれは、王都一帯を真昼のように照らし出していて、巨大な宝石と見紛うまでにその美しさは計り知れないものだった。空が、王都が、ツリーの光が一体となって、『聖夜祭』という一つのカタチを作り出したことに、この場にいる全ての妖精や精霊達がため息をこぼす。
これが聖夜祭────それを、私は今初めて知ったんだ。
「綺麗……やっぱり参加して良かったわ」
「うん。城からはこんな景色、全然見えなかったのに」
カーミラさんがうっとりと感想を述べるのと同時に、私も城にいた頃の記憶と今の光景を比べて呆気に取られていた。
……見えなかった。城の、高い窓からは。どんな場所よりも高くて、どんな場所よりも見晴らしが良く、この国全てを見通せるといっても過言でない場を与えられていたにもかかわらず……私はこの景色を見ることが出来なかった。
いや、そもそも見ようとしなかったのかもしれない。不信感から外のあらゆるものを拒み、塞ぎ込んで、景色を眺めようとすらしなかったのかもしれない。今の今まで、突き放しておいてのうのうと堪能するのは虫が良すぎるような気もするけど……。
……不意に私は振り返って、みんなのことを見据える。
興奮しているイアと一緒に、すごいすごいとはしゃぎまわっているエメラとカーミラさん。それにやれやれと呆れているルーザとレオン。ツリーを見上げて笑顔を浮かべるフリードとドラクに……無言だけど景色に見入っているオスク。みんなそれぞれ、聖夜祭が成したキセキを楽しんでいる。最初からわかっていたことだけど、私がここにいることを咎める言葉はどこにもない。
……やっぱり、城じゃなくてここにいて良かった。みんなと同じ目線で見られて良かった。私は心からそう思った。
「さてと。点灯式は終わったけど、聖夜祭はまだまだこれからだよ!」
「ええ、料理もたっぷりあるわ。はやくカフェに戻って早く食べましょう!」
なんて、エメラとカーミラさんはやる気満々。
それもそうか。この日のためのお菓子と料理を用意したのは他でもないこの2人。2人が今日、朝早くから頑張って作ってくれていたものを早くお披露目したいのは当然のことだから。
聖夜祭の一つのお楽しみでもあるそれを早く見てみたい気持ちは私にもある。だけど……聖夜祭には楽しむだけじゃなくて、まだ一つの重要な目的がある。
先日まですっかり忘れていたのが恥ずかしいのだけど、今の今までお預けになっていたこと……星の大精霊のことはまだいいのかなって。
「オスク。パーティーする前に星の大精霊のことをどうにかしなくていいの? シルヴァートさんの話だと、チャンスは今晩しかないんでしょ?」
「慌てることないっての。関わり浅いから僕もよく知らないけど、シルヴァートから聞いた限りじゃまだ面倒な条件あるらしいし」
「は? 聖夜になるだけじゃ駄目なのかよ」
「じゃ、逆に聞くけど。去年の聖夜から一年間惰眠貪ってた奴が、直接呼び出されたわけでもないのに、聖夜になっただけでガバッと飛び起きるとでも思う?」
「……思わねえな」
ルーザに合わせて、他の私達も思わず頷く。
オスクの言う通り、ただ聖夜になっただけでは起きてくれるとは思わない。何せ星の大精霊が眠っていたのは一年間という大精霊にとっては短くても、時間としては決して一瞬ではない期間。星の大精霊を起こすには、オスクが言ったように他にもするべきことがあるのだろう。
聖夜祭は今夜限りだから急がなくてはならないのだけど、オスクから聞く限りではまだ余裕がある様子。その間までにやれることは他にも沢山ありそうだ。
「じゃあ丁度いいね。今の内に料理やお菓子をみんなで食べよう」
「うん。張り切って作ったの、早く戻ろ!」
「わっ、急に引っ張らないでよ!」
ドラクの意見に賛成したエメラはいきなり私の引いて、その反動でよろけそうになる。でもエメラのテンションはさらに上がって、私が動揺したことも気づいてない様子。
まあ、いいか……。せっかくの聖夜祭だ、少しくらい羽目を外してもいいよね。
そうして、私はエメラに腕を引かれたままで、みんなもその後に続いた。
「じゃーん! どうこれ、今夜のメインよ!」
カフェに戻った途端、カーミラさんは早速飛び切り大きな皿を運んできた。
メインという言葉通り、その皿に乗っていたのは大きくて立派な鳥の丸焼き。かけられた飴色のソースがツヤツヤと輝き、ほんのりと焦げ目がついていて。焼きたてだからか、美味しそうな匂いをカフェの中いっぱいに漂わせているのがまた食欲をそそる。
確かめるまでもなく、この鶏肉は先日の買い出しで私が買ってきたもの。それがカーミラさんの手によって、見事なメインディッシュへと変身していた。
「わあ、すごく美味しそう!」
「ふふ、素材が良かったから張り切っちゃったわ。ありがとね、ルージュ」
「うん、これが買えて良かった」
鶏肉が買えたのは本当にギリギリだっただけに、こんな立派な丸焼きがテーブルに並ぶだけで嬉しかった。
もちろん、今夜のメニューは丸焼きだけじゃない。カーミラさんが張り切って作ってくれた沢山のご馳走はテーブルを埋め尽くすほどにまでたっぷりあるのだから。
料理も飾りも、今夜というひと時のために今までみんなと力を合わせてコツコツと準備してきたもの。それがたとえ一瞬でも、その成果が今ようやく発揮されるのが本当に嬉しい。
あ……でも、まだこの場にいない妖精が一人いるのを思い出した。
「ねえ、フリード。グレイさんっていつ来れるのかな?」
「あ、そうですね……」
フリードの兄、グレイさん。フリードが昼間の準備の時にグレイさんもパーティーに参加すると聞いていた。
だから、このテーブルにもグレイさん用の席が用意してある。だけど、その席はまだ空席のままなんだ。
「預けたミラーアイランドの地図にカフェの場所を記して、ダイヤモンドミラーからの道順も記してあるんですが……多分、迷ったというより、途中で寄り道してるんじゃないかと」
「え、そうなの?」
「ああ、うん。グレイさんって、良くも悪くも自由奔放だから。出かける時もあちこちに興味移して真っ直ぐ向かう方が珍しくて」
「ええ、だから別に放っておいてもいいかと」
「そ、そうなんだ」
苦笑いするドラクはともかく、珍しく素っ気ないフリードの態度に少し驚いてしまった。
そういえば、私が風邪を引いた日の時もいきなり尋ねて来たし、留まろうとしたところをフリードに引きずられて帰ったんだっけ。上のきょうだいのことで下が苦労するのはよくあることなのかな……。
でも、なんとかパーティーの間までには間に合うといいな。私は未だ座る者がいなくて物寂しげな雰囲気を漂わせている、グレイさんの席を見据えてそう思った。
「ねえ、みんな! 料理もいいけど、ケーキも忘れちゃダメだよ!」
……と、エメラもカーミラさんに続いて成果をお披露目。流石に手では持てなかったらしく、エメラは台車に乗せてケーキを運んできた。
台車に乗せてあったのはこれまた立派な二段ケーキ。チョコレートクリームに覆われ、果物もふんだんに使われた、普段エメラが作っているどんなお菓子よりも大きくて豪華なクリスマスケーキだった。
カーミラさんに負けないくらい、エメラも今夜のために頑張ってくれたのが一目でわかる。料理も充分凄いけど、ケーキもそれに引けを取らない出来だ。
「わあ、凄いですね!」
「えへへ、聖夜祭だから頑張っちゃったの。遠慮せず食べてね!」
エメラもみんなに凄い凄いと褒められてご満悦の様子。
これでパーティーの役者は揃った。全員で料理を取り分けて、エメラも切ったケーキを配ってくれた後に、ジュースの入ったグラスを掲げて乾杯をしていよいよパーティーを開始した。
「……あ、そうだ」
料理を食べる直前、ふと思い出したことがあって、私はカバンの中をゴソゴソと弄ってそこから大きな箱を取り出す。
これは昼間に、姉さんからプレゼントだと渡された箱だ。渡されたのはいいけど何故か聖夜祭本番までお預けを言い渡され、今もまだ閉じられたままのプレゼント。
……もう点灯式は終わったし、聖夜祭も問題無く開始されている。聖夜祭のために仕立ててもらった服だと聞いていたし、このままでいるのも勿体無い。だから、もう開けてもいいよね?
自分にそう言い聞かせて、私は思いきって箱をえいっ、と勢いよく開けた。
「え、これ……」
と、そこまでは良かったのだけど、中身を確認した私は途端に言葉を失う。
これまで静かに、丁寧にラッピングのリボンがかけられていたその下で収められていた物。そして今、私の目の前で佇むそれは────




