第119話 白銀に染まる夢(3)
「あと……そうだ」
ルーザとオスクのやり取りを見届けた後で、ふと思い出す。私にはもう一人、プレゼントを渡しておきたい相手がいることに。
「はい、これはレオンに」
「……ん?」
カフェに来てからずっとしかめっ面で壁に寄りかかっていたレオンに、私はレオンへのプレゼントも渡した。
レオンはカーミラさんが無理矢理連れてきたものの、吸血鬼の在り方にとことん忠実なレオンは当然ながら「吸血鬼が聖夜など祝えるか」なんて言って参加する気は全く無し。でも、せめてプレゼントだけでも渡しておきたかった。私がレオンに何度も助けられたことは事実なのだから。
「姉さんに頼んで、城にあった一番上等なワイン貰ってきたの。レオンに受け取って欲しくて」
「僕はこんな祝い事には付き合わないと、さっきも言っただろう。それにもかかわらず、何故渡してくる」
「いいの、私がやりたくてやっているだけだから。聖夜祭に参加しなくても、プレゼント渡すか渡さないかは自由だと思って」
「……返しなど無いぞ」
「いらないよ、お返しなんて。レオンには今までいっぱい助けてもらったから、私がその恩返しをしてるだけ」
「ふん……」
渋々……だったのかな、私に押し負けたレオンはようやく差し出したワインボトルを手に取ってくれた。
お礼の言葉も無かったけど、それでいいんだ。お礼を言われたくてしたことじゃないし、それに……ぷいっと顔を背ける前に口元が笑っているのが一瞬見えたから、それだけで充分だ。
その後もみんなとプレゼントの交換をし合い、ようやく私が用意したプレゼントも全て配り終えた。みんなそれぞれお礼を言ってくれて、私もやっぱり参加して良かったと満足だ。
これで聖夜祭の最初の通過儀礼は完了。次やることは何だろう?
「あっ! もう少しで点灯式だよ」
「やべっ、もうそんな時間か」
そう思っていたところで、エメラとイアがあたふたし始めた。
点灯式────確か女王、姉さんが杖を振るうことで鉱石のイルミネーションの光が灯されることになる儀式だと聞いた。そして、その点灯式で聖夜祭の開始が宣言されるのだと。
「えっ、大変。それじゃすぐに行きましょう! ほらほらレオンも!」
「なんで僕まで……」
聖夜祭に全くやる気がないレオンも、カーミラさんがまたしても無理矢理連れ出す形で連行される。
開催宣言をする点灯式は当然、聖夜祭を開催するために一番大切なプログラム。そんなに重要な儀式に遅れる訳にもいかない。料理はまだ少し我慢して、私達は王城前の噴水広場に向かった。
「うわあ、凄いな……」
やっぱり聖夜祭で一番大事な儀式ということで、王都は凄い混み合いようだった。王都に来る前、正体を隠すために精霊の身体になったことで身長も高くなったのにもかかわらず、城は辛うじて見える程度。
聖夜祭が始まるのが楽しみでたまらない、それはどの妖精や精霊達も同じことなのがすぐにわかる光景だ。
「今更だが、お前もクリスタと一緒にやるべきことだったんじゃないのか? 今だったら城に部外者は入れないんだし、王女でいても良かったんじゃ」
「うーん……。本当は一瞬、姉さんと出ることも考えたんだけどね」
ルーザがそう尋ねてきたのも無理はない。私は王女……本来であれば姉さんの隣に立って、一緒に聖夜祭の開催を宣言するべき立場。
今までは外に出なくて、聖夜祭にも参加してなかったから点灯式に出ないことにも後ろめたさは全然無かった。でも、今年はその気持ちは多少なりとは感じている。
一般の妖精達はどうも言わないだろうけど、貴族の中には私のこの行動を悪く言う者もいるだろう。……王女なのに、大切な行事に顔を出さないとは王族失格だと。
それでも、私は出ないと決めた。貴族に罵られることを覚悟で今、この場に立っているその意味は、
「みんなと一緒の目線で立ちたかったから。私だけ高いところにいるなんて、そんなの寂しいから」
「……」
「大事な行事ってことは充分わかってるけど、お姫様としてじゃなくて、みんなの友達として参加したかったから。それじゃ、駄目かな……?」
自分の意思で決めたことだというのに、笑顔が引きつって、少し声がかすれてしまった。貴族達に罵られるのはやっぱり少し不安で、その上みんながいいと言ってれるか、まだわからなかったから。
それでも、ルーザはいつものように優しく笑ってくれた。
「駄目なんて言うと思うのか? お前が決めたことだ、どうこう言われる筋合いも無いだろ。影の王女、なんて呼ばれてたんだ。出たら出たでまたうるさく言われそうだしな」
「……うん」
「どんな立場選ぶかなんて、自分で決めていい。お前は自由なんだからな。……ほら、始まるぞ」
「……!」
ルーザに促されるままに、私は城を見上げる。
城の正門前に姉さんが今まさに立とうとしている光景が、辛うじて視界に捕らえられる。姉さんは手にしていた杖を掲げ、その先に光が集まっていく。
粒だった光が杖を中心に膨らみ始め、やがてそれは一つの星のような輝きを放つ。そして、姉さんは手前に設置してあった鉱石に向かって杖をかざして、口を開く。
「……点灯!」
その言葉を合図に、杖から光の雫が零れ落ちる。
そして────辺りが純白の光に包まれた。
「わ……!」
……空気そのものが揺れた気がした。杖から落ちた一粒の星は鉱石に光を灯し、国中に設置された鉱石全てがそれを起点として輝きを放つ。
まるで、国中が星空に染まったように。夜空の下で純白の光が王都全体を包み込むその光景は、もう言葉にすることすら出来なくて。
イルミネーションがこんなに綺麗なものだったなんて知らなかった。今まで、城から見下ろしていた景色がどれだけみすぼらしかったのかが今、改めて思い知らされる。
窓から見えた、四角に切り取られた景色はあまりにも狭すぎたのだと。
「これが……聖夜祭の」
あ……それは違うなと、私は出かかった言葉をすぐさま否定した。
聖夜祭に限らない。こうして今日という日のために、今という一時のために、たとえ結果が出るのは一瞬でもみんなで力を合わせてこの景色を形作る。
そう、それはまるで────
「……キセキだ」
そう、一言。その単語が自然と口から零れ落ちていた。
────この日初めて、私はキセキというものを知った気がした。




