第119話 白銀に染まる夢(1)
買い物をしてから2日が経ち……いよいよ今日が聖夜祭当日だ。
今日という日のために姉さんを始め、国中の妖精や精霊達が張り切って準備を進めてきた。そしてとうとう、今夜にその幕が上がることになる。
「わあ……」
私の屋敷で一番大きい窓のカーテンを開けて、窓から外の様子を眺めるだけでため息が漏れた。街全体が飾り立てられ、国中が聖夜祭一色に染まっている光景は圧巻という言葉こそ相応しい。
私はこの景色を城の高い窓から眺めたことしかなかった。街を一望出来たとしても、見えるそれらも小さいもの。だから今、こうしてみんなと同じ視点からこの景色を見られることが新鮮に感じると同時に嬉しかった。
「ふふ、どうですか。聖夜祭は綺麗なものでしょう?」
「あ、姉さん」
景色に見惚れていた私にかけられた声で反射的に振り向く。そこには窓にかじりつくような勢いでガラスの奥に隔たれている景色を見つめていた私を見て、クスクス笑っている姉さんが。
「昨年までは興味無さそうに眺めていただけだというのに、今では見てみたくてたまらないって感じですねぇ」
「し、仕方ないでしょ。城からだと小さすぎてよく見えなかったんだもの」
「まあまあ、そうひがまないでくださいな。私は嬉しいんですよ? こうしてあなたが外に対して前向きな感情を抱いてくれていることが、何よりも」
「……うん」
姉さんが言った通り、去年までは外の景色にこんなに明るい感情を向けられなかった。一年前まで私は『外』ということに好奇心や期待より、不信感の方が強かったから……。
こうして私が変われたのは転校したての頃に『外』が悪いものばかりに溢れてるわけじゃないことを必死に教えてくれたイアとエメラ、それにルーザ達や姉さんが私を姉妹だと……家族だと説得してくれたおかげ。今、こうして聖夜祭を楽しみたいと思えるのもみんなが『外』の楽しさを改めて認識させてくれたからだ。
「でも、姉さんはいいの? こんな大事な日に屋敷に来ちゃって。まだ今日のための準備とかあるんじゃ」
「大事な日だからこそですよ。ほんの僅かでも可愛い妹との時間を目一杯楽しみたいのです!」
「ああ……うん。いつものやつだね」
「反応薄いですねぇ……」
「常日頃から言われてれば薄くもなるよ」
相変わらずな姉さんの大袈裟な態度に、私はため息をつく。
でもまあ、姉さんの言うことには少し賛成かな。私にとって初めての聖夜祭、一年に一度の一大イベント。そんな機会に義理とはいえ家族と過ごしたいと思うのは私だって同じこと。
一日中引っ付かれるのは困るけど、少しならいいかなって。
「あ、そうだ。姉さん、先に渡しておくね」
「あら、なんでしょう?」
姉さんには夜、女王として聖夜祭を取り仕切る大事な仕事がある。本当は聖夜祭が始まった時にプレゼントを渡したかったけれど……姉さんもこれから忙しくなるだろうから、こればかりは仕方ない。
私はそう思いつつ、2日前に用意しておいた姉さんへのプレゼントを取ってきた。
「姉さんに何をあげたらいいのか分からなかったから……ありきたりかもしれないけど、花を用意したの。スノーローズだよ」
「まあ……!」
名の通り、雪のように純白の花弁を広げるバラの花束を姉さんに渡す。花束を目にした途端、姉さんは顔をパアッと綻ばせてくれた。
「白いバラの花言葉は『尊敬』なの。こういう時には、花言葉もちゃんと考えて贈りたかったから」
「ルージュ……」
「過保護なところとか、たまにだらしないところはあるけど、私を立ち直らせてくれた姉さんのことは本当に尊敬してるから。姉さんにぴったりかなって」
「ええ、ありがとうございます。本当に、あなたは自慢の妹ですよ。妹からのプレゼントがこんなに嬉しいなんて……」
なんて、余程嬉しかったのか姉さんはうっすら涙ぐむ。それはちょっと大袈裟に思うけれど、そこまで喜んでくれると私まで嬉しくなる。
姉さんが私にしてくれたことには釣り合わないけど、少しはお返しすることができたかな。
それと、これはスノーローズを買った時に花屋の店員が教えてくれたのだけど、バラの花束は本数によっても意味が変わってくるらしい。今、渡したスノーローズは5本。5本のバラの花束の意味はというと……
「『あなたに出会えて本当によかった』、だって。姉さんが、私の姉さんでいてくれたからこそ今の私があるんだって、はっきりそう言える。こんなぴったりなプレゼントを渡せてすごく嬉しい」
「……ええ、私も同じ気持ちです。では、今度は私の番ですね。どうぞ受け取ってください」
「うわ、大きいな……」
姉さんが取り出したのは、私の身長に匹敵しそうなくらいの大きな箱。でも、そんな箱の大きさに反して以外と軽い。
動かすと中からカサカサと布の擦れる音が微かに聞こえるし……もしかして服なのかな?
「えっと、姉さんこれって……」
「ええ、聖夜祭用に仕立ててもらったお洋服です。せっかくですから、あなたに新しい服を着て欲しかったんですよね。あ、まだ開けちゃ駄目ですよ?」
「え。な、なんで?」
どんな服なのか、当然気になって今まさに箱を開けようとしていた私は姉さんにそう言われて、肩透かしを食らってしまった。
せっかく姉さんから貰ったんだ、早く中身を確かめたいのに。それとも、今見てはいけない理由でもあるのだろうか。そう私が首を傾げていると姉さんはその理由をすかさず説明する。
「聖夜祭用のものなんですから、始まってから袖に腕を通すのが一番でしょう? ですから、それまで中身はお預けです」
「え、え〜……?」
姉さんはそう言って思わせぶりにウインク。肝心なところは話さないままだから、そう言われても私はその意図がさっぱりわからない。今日は聖夜祭当日なんだから、始まる前に来ててもいいんじゃ……と思うのだけど、姉さんが言うにはそれじゃ駄目なんだそうで。
でも、そう言われると余計にどんな服か気になってしまう。
「ほらほら、プレゼントのことは後にして準備を手伝ってきたらどうですか? 今日はまだ忙しいんですから」
「うーん……」
少々納得いかないけど、姉さんの言うことも確か。まだ今日のための料理の準備があるし、パーティーのためのセッティングなどやることは沢山だ。私だけサボるわけにもいかない。
まだ胸にもやもやしたものはあるけれど、とりあえず私は姉さんとのお喋りを中断して、パーティー会場と決めたエメラのカフェへと向かった。
エメラのカフェは先日お茶した時よりも華やかになっていた。小さめのクリスマスツリーはもちろん、吊るされたオーナメントがキラキラと輝いて、そして中央のテーブルも真っ白なテーブルクロスが引かれてその上に並べられた上品な銀の食器が映えている。
いつもの見慣れたカフェとはまるで別世界。すっかりパーティーに相応しい場所へと様変わりしていた。
「あっ! ルージュ、いいところに。まだ飾れてないオーナメントがいっぱいなの、手伝って!」
「わ、わかった!」
その中央で忙しそうに走り回っていたエメラにそう言われて、私は反射的に返事をする。
って、今でもかなりの数のオーナメントが飾られているのに、まだ飾るんだ……。エメラも相当張り切ってるなぁ。
でも、聖夜祭まであと少しだ。エメラの少しでも会場を良くしたいという気持ちはわからないでもない。私も本番を目一杯楽しむためにも、床に置かれていた残りのオーナメントをカフェ中に飾り付けていった。
そうしていた時、同じく飾り付けの手伝いをしていたフリードが私のことに気付いて声をかけてきた。
「あ、ルージュさん。クリスタ様とはもういいんですか?」
「あ、うん。準備を手伝ってきたらって、言われたから。私もサボるわけにいかないし」
私がそういうとフリードはありがとうございます、と笑みを返してくれた。
フリードもずっと前から準備を手伝ってくれていたのだろう、その顔には汗がうっすらとにじんでいた。フリードが頑張ってくれた分を私が返すためにも少しでも多く飾らなきゃ。
「あ、そうです! 今日、兄さんもこっちに来る予定なんですよ」
「え、グレイさんが?」
「はい。光の世界にも行ってみたい、って言ってたので」
グレイさんというのはフリードの兄。確か、会ったのは私が風邪で寝込んでしまった時の一度きりだったな。
フリードによると今まで予定が付かなくて中々会えなかったらしいのだけど、聖夜祭だからと予定を空けることができたらしく。私も看病してもらった恩があるし、グレイさんと会えるのは素直に嬉しいことだ。
「兄さんもいるので、今夜2人の力を合わせて雪を降らせるつもりなんです。見せかけですけど、ホワイトクリスマスの気分を味わえますよ」
「わあ……!」
ホワイトクリスマス……それは、雪が降らないこの常夏のミラーアイランドでは絶対に体験出来ないことだ。それをフリードとグレイさんが力を合わせることで実現出来る、それは私にとってすごく嬉しい朗報だった。
初めての聖夜祭で、そんな体験が出来るなんてますます楽しみだ。プレゼントもそうだけど、夜に光る鉱石でのイルミネーションもまだお目にかかれてない。これからのお楽しみは数え切れない。
まだ日が傾くには早い時間。空もまだ明るく、昼前の時間帯。この空が暗くなるのが待ち遠しい。
「……早く夜にならないかな」
空を見上げて、私は呟く。空が濃紺に染まり、星に彩られる時を心待ちにして。
────それは、星の大精霊と会う時の合図ともなることも忘れずに。




