第13話 嘲笑う傍観者(1)
ルージュが見せてきたのは2つの世界の地図だった。ミラーアイランド、シャドーラル、それぞれの王国の地形や地名などの情報が事細かに書き込まれているが、特に何の変哲もない普通の地図だ。オレとフリード、ドラクもルージュの気になった点がわからず、思わず首を傾げる。
「ルージュさん、この2つの地図のどこが気になったんだい?」
「見比べればわかるよ。とりあえず交互に見てみて」
ルージュに言われるままに2つの地図を交互に見比べた。2つの世界の、2つの国の土地が描かれている紙をじっくり見ていく。
……そして気付いた。
「ん、地形がほぼ同じだな」
「あ、本当です! 国の周辺はともかく、道と高低差までそっくりですね」
「うん。最初来た時は建物とか雰囲気が違うから気付かなくて」
ルージュが言うには帰った後、シャドーラルの地図を眺めていた時に今まで知らなかった国だというのに前から知っていたような違和感を覚え、今のように2つの地図を見比べてみたら分かったらしい。
ダイヤモンドミラーで繋がれている故なのか……地形も、高低差も、建物こそ違っても2つの国は瓜二つ。そこから大きな違いを上げるとすれば、あちらは島国で、こちらは山に囲まれているという点だ。しかも2つの国の形は左右対称になっており、こうして並べてみると地図を鏡に写しているような感覚に陥ってくる。
それはいいんだが、これが気になることなのか?
「まあ、このことも気にならなくはないんだけどね。私が特に違和感を感じたのはここ」
ルージュはシャドーラルの方の地図の一箇所を指差す。そこは南東にある王都どころか市街地の郊外で、普通はまず足を踏み入れない場所だ。
見比べてみると、ルージュの違和感も分かる。
「そこだけ地形が食い違うな。これだけ合致している中でそれはおかしい」
「うん。人目にもつかないところだから、尚更ね。ここってどんなところなのかわかる?」
ルージュに尋ねられて、オレらは顔を見合わせる。
オレはそこに行ったことはない。ならドラクとフリードは何か知っているのかと思ったが……相手を伺ってくるような表情からして、それは2人も同様のようだ。
行ったことはないが、その場所は岩肌が荒くて歩きにくいと聞く。放って置かれているようだし、魔物の巣になっていることは目に見える。そんなところにわざわざ近づく奴もいなかった。
「僕たちも行ったことはないですし、詳しいこともよく知りませんね。街の外れですし」
「でも、繋がっているのに一ヶ所だけ違うってのは興味があるね。何か秘密が隠されてたりして」
「ああ。明日、行ってみるか。どうせ暇だし、気分転換ぐらいには丁度いい」
「うん、ありがとう」
オレらの言葉に、ルージュは顔を綻ばせて礼を言った。
多少の危険はあるとは思うが、見に行くぐらいは多分大丈夫だろう。昨日今日とで溜まった鬱憤を魔物相手で発散するのも悪くない。完全に八つ当たりだろうが、向こうが襲って来るんなら知ったことじゃない。
話がまとまったところで、それなりの時間が経っていたためにフリードとドラクはそれぞれの家に帰ることに。また明日、と言いながら2人をシュヴェルと共に見送り、残っているルージュも用事が済んだからと広げていた地図をかたし始めた。
このままルージュも見送ればそれで終いだが……
「ルヴェルザ様、丁度良い機会です。ルージュ様のご恩返しをしてはどうでしょうか?」
このまま見送るだけでいいのか、そう迷っていたオレに助言するかのようにシュヴェルが不意にオレに耳打ちしてきた。
ん……そうだな。どうせあいつ、今日も一人だろうし。ルージュもその方がいいだろう。
「おい、ルージュ。その……今日、泊まっていくか?」
「え、悪いよ。そんないきなり……」
「部屋はあるから問題ねえよ。それに、お前には借りがあるんだ。それを返させる意味でも、な」
「じゃあ……言葉に甘えさせて貰おうかな」
こうしてルージュがここに泊まることになり、まずは使う部屋を決めることにする。
オレは家の鍵束を手にして、ルージュと廊下の突き当たりまで行く。そこにあるのは壁だけの、当然何もないスペースだ。
……使うとしたら、ここか。そう思いながらオレは持っていた鍵束でその壁を軽く叩く。するとそれに反応した壁は一瞬歪むとビョンッと10メートル程伸びた。
「わっ、圧縮空間だったんだ」
「ああ。理屈じゃ、お前のところの森と同じだ」
「それでも、実物は初めてかな。ちょっと驚いちゃった」
ルージュは感心したようで真っ直ぐ褒めてきた。
空間圧縮というのは名の通り、家などの建物に魔力で縮めた空間を詰め込んで、見た目以上に内装を広くするというもの。オレの家の場合、詰め込んである空間の制限に達するまでは部屋の内装を好きなようにレイアウト出来るといったオプション付きだ。普段は一人暮らし故にあまり活躍することはないのだが、今回ばかりは役に立ちそうだ。
まあ増やしたり、移動させたりと自由に出来る分、もちろんデメリットもあるわけで。無闇やたらに使うとどの部屋が何処にあるのか分からなくなり、自分の家だというのに迷うことだってあり得る。今回はルージュが過ごす部屋を用意するだけだから、その心配はないだろうが。
とにかくオレとルージュは伸びた廊下を歩いていき、その先の壁をまた鍵束で叩く。今度は壁が歪んでいき……今まで無かった扉が目の前に現れる。これは部屋をこの壁の先に出現させた証拠だ。
オレは間髪いれず、鍵束で扉をコツコツと2回叩く。これ自体は単純な作業だが、部屋の広さを決める結構重要な行動だ。それが終わるとすぐにオレは扉を開き、中を確認する。
そこにはベッドとミニテーブルが置いてあるだけの簡素な部屋が出来ていた。ルージュの屋敷と比べて大分狭いが、一晩過ごすのには充分な広さだろう。ルージュも、広さは特に気にしていないようで素直に驚いていた。
「わっ、すごい。即席でもここまで出来るんだ」
「元ある部屋と似せたようにしたからな。家具も必要最低限だが……これでいいか?」
「ううん、充分だよ。ありがとう」
「だが流石に何もなさすぎるか……。暇つぶしに本読むってんなら、隣に図書室も出しておくか?」
「え、そんなのもあるんだ……」
「図書室っつっても規模はショボいし、オレはほとんど使わないがな。お前みたいな本の虫には丁度いいだろ」
「本の虫って……否定はしないけどさぁ。でも、お願いします」
「了解。出すぜ」
オレの評価に不満げにふくれつつも、本が読みたいのは事実だったらしく、ルージュは素直に頼み込む。
それを聞き入れたオレは壁をまた叩き、注文通りルージュの部屋の隣に図書室の扉を出した。これは元あった場所から移動させただけだから、さっきの部屋を用意する時ほど手間も入らず、すぐに済ませられた。
これでルージュを泊める用意も整った。そろそろ夕食にするか。
そうしてオレとルージュはリビングに戻ると……急に決めたことだったというのに、シュヴェルは夕食を2人分きっちり用意していた。……これはこうなることを見越してたな。ああやって耳打ちしてきたのもそのためだろう。
でもまあ、せっかくシュヴェルが用意してくれたんだ。冷めない内に、とオレはルージュと向かい合う形で席に座り、早速食事を始める。この家で相手と対面しながら食事するのは初めてなために、違和感が拭いきれないが。
だが、なんとなく悪い気はしなかった。こういうのもたまにはいいな……と、ここ2日で周りに振り回されたストレスも少しは和らぐ感じがした。
そして光の世界と同様、「おやすみ」といいながらオレらはそれぞれの部屋で寝ることに。
こんななんの変哲もない言葉も、基本一人暮らし同然のオレらには慣れないもので、少々照れ臭い。お互いに笑みを浮かべながら、今日は自室へと戻っていった。




