第117話 憩いと癒しと(2)
「で、できたぁ……!」
ようやく完成したホールケーキ。出来上がったことを全員で確かめ合って、感嘆のため息を漏らす。
そして肝心のケーキ……雪のように真っ白なクリームに包まれたそれはレースのようなホイップがぐるりと囲み、その間に苺の鮮やかな赤が映える。その中央にはエメラの提案で切った苺を花の形に見えるように盛り付けて、手作りとは思えないくらいの立派なデコレーションケーキが誕生していた。
「すごいね……こんなの店でしか見たことないよ」
「でも、確かにあたし達が作ったのよ? そう見えるってことは大成功ってことよね!」
自分達で作ったことが信じられないというドラクに対して、興奮気味のカーミラさん。
確かに、エメラの補助があったにしてもお店に並べられても差異がないように思える出来だ。本当にこれ、私達が作ったんだよね……と、一瞬疑ってしまった。
「よーし、じゃあ最後の作業だよ!」
「あれ、まだ何かあったっけ」
「お菓子を作ったら、存分に味わわなきゃ! 美味しいかどうか確かめるのもお菓子作りだよ」
「そっか、そうだよね」
エメラの言葉に納得して頷く。
出来栄えはもちろんのこと、ちゃんと美味しいか確かめてこそのお菓子作りだ。見た目は綺麗でも美味しいかどうか、それも大切なことだから。
エメラは早速ナイフを取り出してケーキを切り始める。手早くナイフを滑らせて、あっという間に切れ目を入れていく。
流石はカフェの看板娘といったところか。エメラは一分と経たない内に、もうケーキを人数分切り分けて皿に乗せてもう食べる用意を全てこなしてしまった。
だけど、その並べられた皿に疑問が一つ。
「あれ、一つ多くない?」
切り分けられたケーキは六当分されていた。ここにいるのは私とエメラとカーミラさんに、ドラクとレオン。5人の筈なのに、何故かケーキは6つ。
「ああ、お城の厨房を貸してください、って女王様に頼んだ時にね。女王様から『ちょっとだけ食べさせてください』って言われちゃって」
「ああ……」
成る程。姉さんなら言いかねないな、と私は納得。私を励ますために厨房を貸してくれたのは確かなんだろうけど、ちゃっかりケーキもいただく算段だったのだろう。
まあ、せっかくみんなで頑張って作ったんだ。姉さんにもみんなで作った努力の結晶をお披露目したいし、まあいいかな。
そう自分に言い聞かせて、私達はケーキの他に紅茶を用意してお茶の時間の準備を着々と進めていく。
自室で仕事中だった姉さんも呼び出し、早速その成果を発表した。
「まあ、凄いじゃないですか! これ、本当にあなた達で作ったんですよね?」
「う、うん」
姉さんにケーキを見せるや否や、姉さんは手をパチパチ鳴らしながら「凄い、素晴らしい」と、とにかく褒めちぎる。そんな何回も真っ直ぐに褒められて私達は照れくさくなり、レオンですら頰をほんのり赤らめている。
少し大袈裟には思えるけど、こんなに嬉しそうな姉さんを見ているとこっちまで嬉しくなってくる。頑張って良かったなと、みんなで顔を見合わせてそう思った。
「ではお茶も冷めちゃいますし、早速いただきますね」
「そうですね。早速食べましょう!」
姉さんが一頻り褒めた後、カーミラさんの言葉を合図に私達は席についていよいよケーキをいただくことに。
普段、何気なく食べている既製品やエメラが作ったものとも違う、自分達で作り出したケーキ。美味しく出来ているかどうか、それをこれから確かめる今は単にケーキを食べるだけだというのにちょっぴり鼓動が早まっている。
フォークでケーキを一口分切り分けて、口に運ぶ。
緊張の一瞬。このケーキ作りで一番肝心と思われるその味は……
「あっ、美味しい!」
そう思わず声を上げてしまうくらいにいい出来だった。
出来立てのホールケーキはスポンジケーキのふわふわとした食感はもちろんのこと、バターの風味が焼き上がってもしっかり残っていた。甘くてとろけるホイップクリームの味が口いっぱいに広がり、さらに苺の酸味が合わさることでその美味しさがまた引き立つ。
文句無しに、味も大成功だ。
「まあ、美味しい! これは止まりませんね」
「やったね、みんな! ルージュの励ましもお菓子作りも大成功!」
姉さんもケーキの味まで賞賛してくれて、エメラも女王が褒めたことで大喜び。他のみんなも、姉さんの言葉に促されて次々にケーキを食べ始める。
「あっ、良かった……美味しく出来てる!」
「本当! 頑張った甲斐があったわね」
「ふむ……悪くないな」
と、ドラクとカーミラさんは喜びを分かち合って、レオンも素っ気なくはあったけど成功を喜んでいる様子。
美味しく仕上がって本当に良かった。私はそう思いながら、ケーキをパクパクと食べ進める。初めて自分達の手で作ったケーキは市販のものとはまた違う、何処か暖かみがあって優しい味わいがした。
「ほら、レオン。参加して良かったでしょ?」
「ふん、暇つぶしになっただけだ。貴様に感謝の意などない」
「ふーんだ。いいわよ、無理矢理お礼言われても嬉しくないわ」
「この菓子の味も……悪くはないが、少々物足りない。血でも混ぜたら良いものを」
「いやよ、そんなグロテスクケーキ……」
なんて、吸血鬼2人は相変わらず小突きあっていた。
レオンは口でこそああ言っているけど、少しは楽しかったみたいだ。その証拠にケーキを作る前はシワが寄っていた眉間が、今はすっかり無くなっているし。
「ふふ、ルージュもすっかり元気になったようですし、許可を出して正解でしたね。ケーキの味も素晴らしいですし……このまま王室のパティシエになってもらおうかしら」
「え、それはちょっと……」
「うふふ、冗談ですよ。でも、今日はありがとうございます。皆さんのおかげでルージュも立ち直れたようですし、これで一安心ですね」
「うん。みんな、ありがとう」
「友達だもん、当然でしょ!」
「ルージュさんが元気になって良かったよ。まあ、僕は目的知らずに参加しちゃったけど」
エメラもドラクも、当然のことだと言い切ってくれた。私のために、励まそうと今日のことを計画してくれたのが本当に嬉しい。
裏の人格と、"あの子"との思い出に……過去の記憶。わからないことはまだまだ多いけど、心に突き刺さっていた楔はすっかり取り払われていた。
「聖夜祭もあと数日ですね。今年は特に力を入れてますから、ルージュも楽しみにしててくださいね。それと……レオンさんでしたか、あなたも是非当日を楽しんでください」
「む、吸血鬼が聖夜を祝うなど……」
「いいじゃない、せっかくのイベントよ。嫌って言ってもあたしが無理矢理引っ張っていくわ!」
「……」
姉さんとカーミラさん、2人から遠回しに参加しろと言われて流石のレオンも黙ってしまった。
そんなレオンが珍しく振り回されている光景にクスッと笑みをこぼしながら、私は視線を窓の外へと向ける。
「聖夜祭、か……」
一年の終わりを迎える前の、毎年開催される恒例の行事。城に篭って、外との接触を拒んでいたことから私はこの16年間、聖夜祭は一度も参加したことが無かった。
だからどんなことをするのか、当日はどうなるのか、それがさっぱりわからない。でもわからないからこそ、楽しみでもあった。
街の装飾、並べられる料理に、それを楽しんでいる妖精や精霊達と……姉さんが用意してくれているらしいプレゼント。その全てが一体どんなものなのか、私は一切知らないから。
「あと一週間かぁ」
聖夜祭までの残り日数を口にすると、余計に期待が高まる。
早く当日にならないかな。……そんな期待を胸に、私はとっておいたケーキの苺を頬張った。




