第116話 スイート・メイキング(3)
なし崩し的に始まったお菓子作りだけど、私とレオン以外はやる気満々。その内の1人であるエメラは早速、ケーキの材料となるものを揃えようと、私と一緒に厨房の隣にある冷蔵室に備蓄してある食材を確認する。
「まずは卵! これが無くちゃ始まらないよね」
「うん。えっと、いくつくらい必要?」
「うーん、2個でいいかな。今日は練習だもん、ここにいるみんなで食べきれる分でいいや」
あ……なんだ、今日は結局練習程度で済ませるつもりだったんだ。
いきなりホールケーキを作る、なんて言われた時はびっくりしたけど、練習ならばあまり重く考えなくても良さそうだ。ホールケーキ自体は難しいだろうけど、そこはエメラが手助けしてくれることに期待しよう。
もちろん、私もやるからには頑張るつもり。ここで余計な時間を割いても仕方ないし、早く材料を揃えてしまおう。
「次は薄力粉に」
「それは棚にあるね」
「えっと、バターとミルクも欠かせないよね」
「その2つは棚の隣にあるケースの中だね。あと必要なのは砂糖と生クリームと……残りは何かあったっけ」
「あっ、苺! スイーツの定番だし、ルージュ好きでしょ?」
「えっ! あ、うん」
急に私自身のことに質問を投げかけられて戸惑う。確かにケーキに苺は定番だけど……なんでわざわざ私の好物だということを確かめたのか。別に聞く程のことでもないだろうに。
そう首を傾げつつも、私はエメラに提示された材料を調理台の上に並べていった。
これでケーキに必要な材料は全部。きっちり分量も測った後はボウルと泡立て器、ケーキ用の型などの道具も揃えれば準備完了だ。
「ふふっ、ケーキ作りなんて初めてだからわくわくしてきたわ!」
「あれ、カーミラさんってケーキとか作らないの?」
不意に漏らしたカーミラさんのその言葉が気になって、私は思わず聞き返す。
カーミラさんは以前、屋敷の家事のほとんどを請け負っていた。それもあって、料理の腕前は料理人にも勝るとも劣らない。私の屋敷に来てからも必ずといっていいほど料理を手伝ってくれているし、それだけの腕があるならケーキに限らず、お菓子作りも出来そうなのに。
「そりゃあ、レシピさえあれば作れると思うわ。でも、アンブラって日が射さないから、フルーツとかほとんど出回らないのよ。マドレーヌとかなら問題ないけど、フルーツがメインになってくるものはどうしても、ね」
「あ、そっか」
そう言われてみれば納得だ。アンブラ公国は常夜の国、日が射さないアンブラでは熟れるのに日光が欠かせない果物は出回ったとしても高級品な筈。
カーミラさんの家は資金にも余裕はあるだろうけど、無駄遣いするわけにもいかないだろう。それでケーキ作りも経験がないのか。
「だから今日が楽しみだったの。初めてでもエメラに教えてもらえるなら安心ね」
「うん、任せて! 手取り足取りしっかり教えたげる!」
カーミラさんの言葉でエメラのやる気も一気に上がる。そんなエメラにクスッと笑みをこぼしながら、早速ケーキ作りに取り掛かることに。
「それで、まずは何をすればいいの?」
「卵をといて、砂糖と混ぜて泡立てるの。砂糖が固まっちゃうから、素早く混ぜてね」
「わ、わかった」
エメラにいわれた通り、私はまず卵を手に取って殻を割ってボウルの中に落とし入れる。そして泡立て器を片手に、測ったばかりの砂糖を一気に加えて混ぜ合わせる。
泡立て器とボウルがぶつかり合い、かちゃかちゃと軽快な音を立てながら混ざっていく両者。うん、普段から自炊しているおかげでこの辺は大丈夫。回すスピードも問題なかったようで、砂糖も固まらずに済んでいる。
「えっと、とりあえず混ぜたよ」
「じゃあその後はボウルを湯煎にかけて、温めながら泡立てて。体温くらい温まったらお湯から離して、最初は素早く、後からゆっくり混ぜて」
「う、うん」
「泡立て器を離した時に、帯が残るまでね。白っぽくなるまで、ちゃんと混ぜなきゃ駄目だから頑張って!」
白っぽくなるまで……つまりは泡立て続けて、これ以上泡立てきれないというところまで混ぜなきゃいけないのか。泡立て始めたばかりの今、ボウルの中身は卵らしい黄金色。これを白っぽくなるまでとなると、かなり根気がいりそうだ。
でもまあ、頑張るしかないか。私はそう思いながらエメラに言われた通り水を火にかけてお湯を沸かし、程よい熱さになったところでボウルをお湯につけてさらに生地を泡立てていった。
「えっと、僕らは何をすればいいのかな」
「じゃあ、わたし達はこの間に生クリーム泡立てちゃおう。それと、苺のカットも!」
「わかったわ」
「……」
生地を泡立てている私を横に、みんなもそれぞれの作業を始めようと動き始める。
ケーキにはスポンジケーキだけあってもクリームや苺が無ければ成り立たない。それらの作業を全てこなしてこそのホールケーキだ。それらの工程だってケーキでもなんでも、お菓子作りでは欠かせないのだろう。
そうしてみんなも私に続いて、それぞれ泡立て器やナイフなどの調理器具を手に取って作業を開始しだした。




