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幻精鏡界録  作者: 月夜瑠璃
第10章 継承せしものーHoly night Romanceー
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第116話 スイート・メイキング(1)

 

 ……辺りに始業を知らせる鐘の音が鳴り響く。

 古い木材で作られた建物では、そんな大きな音にさえギシギシと軽い悲鳴をあげる。それでも最早私にとっては日常茶飯事、もう慣れたことだ。


 今日は学校の終業の日、今年最後の登校日だ。テストも終わり、大掃除も先日済ませて、今日は今学期の成績表を受け取ってそれで終わり。明日からいよいよ冬休みというわけだ。

 今日だけは元々通っている学校で成績表は受け取るべきだからと、ルーザ達……正確に言えば影の世界側の生徒達は不在だ。影の世界からの生徒がいたことで増えていた人数も、今日ばかりは以前と同じに戻っていて。ちょっと寂しい気もするけれど、後で会えるのだから我慢しなきゃ。


「次、ルジェリア!」


「……っ!」


 不意にアルス先生から名前を呼ばれて、私は反射的に椅子から立ち上がる。先日のテスト結果で大体の成績の検討はついているけれど、やっぱり見て確認するまでは緊張する。

 肩を少し強張らせながら私は先生が待つ教卓まで歩いていく。そして、その前に立ったと同時に一枚の紙が手渡された。


「はい、ルジェリアの通知表だ。まあ、色々言わなきゃいけないことはあるけど……とりあえず、今年一年お疲れ様」


「あ……」


 お疲れ様と……そう言われた。ただの労いの言葉だというのに、何かジワリと熱いものがこみ上げた。

 今まで、そんなこと無かったから。一年前まで虐げられて、遠ざけていた私にそんな暖かい言葉なんて姉以外には絶対かけられることが無かったから。


 そっか……一年、ここに通い続けたんだ。

 学校へ毎日通って、出される課題をこなして、友達と他愛ない会話をして。たったそれだけのことでも去年までの私にはとんでもなく難しいことだった。

 当たり前のことが当たり前じゃなかった。出来て当然……それで片付けられる程、私にとって「学校に通う」というのは簡単じゃなくて。


「……ふふっ」


 成績表に目を通して、私は笑みがこぼれる。

 そこに書かれていた成績はど真ん中……からちょっと上という程度の評価ではあったけれど、それが限りなく嬉しい。去年まではこうして自分の成績をちゃんと確認する、ということすら出来なかったから……。

 そう思うと、自然と成績表を持つ手に力がこもった。


「うーん……成績に関してはどう言ったらいいかわからないな。良好な実技はともかくとして、筆記に関しては基礎ができてないところがちらほらあるのに、応用はしっかりできてるんだとどうアドバイスしたらいいのか」


「あ、あはは……」


 やっぱり、アルス先生もそれが悩みどころだったらしい。基礎が駄目で応用はできているなんてよくわからない成績は、私くらいなものだろうから。

 姉さんには城を訪ねた時に相談したのだけど、予想していた通り「別に問題ないでしょう?」と返されてしまい、効果は無し。……先日のテスト返却の時に約束した、フリードとの勉強会でなんとかするしかないな。

 アルス先生から「とりあえずできてない基礎固めはしておくように」というアドバイスをもらった後に、私は自分の席に戻った。


「あっ。どうだった、ルージュ?」


「まあまあかな。お疲れ様って言ってくれたよ」


「いいよな〜。オレなんて呼ばれて早々にしかられたぜ……」


 私の言葉に良かったねと返してくれたエメラに対して、イアは参ったとばかりに机に突っ伏している。

 イアは先日のテストでギリギリ補習は免れたのだけど、良くない成績には変わりないということで先日は両親に、今日は先生にこってりと絞られたようでぐったりしていた。そんなイアを見て、私とエメラはまあ仕方ないかな、と苦笑い。


 傷心しているイアには悪いけれど、今の時間は一応授業中という名目だ。これ以上おしゃべりしてては叱られてしまうし、そろそろ座ろうと自分の席へと戻ることに。


「へえ、妖精ってこうやって大人数で勉強するのね。ちょっと羨ましいわ」


「あ、カーミラさん」


 自分の席に座った瞬間に、その隣にいたカーミラさんに声をかけられた。

 冬休み前にせっかくだから私達の学校を見たい、という希望で、今日の登校はカーミラさんも同行していた。カーミラさんは吸血鬼だから、当然妖精とは勉強の仕方も違う。初めての学校に、カーミラさんは今も興味深そうに私達と周りを眺めていた。


「カーミラさんにはやっぱり学校は珍しいの?」


「ええ、そんな制度も無いし。でも、何もしてないわけじゃないわよ。お父様から英才教育みたいなものは受けてたわ」


 英才教育……成る程、流石は名家のご令嬢といったところか。カーミラさんは吸血鬼としては血が嫌いという致命的な弱点はあるけれど、その代わりとして他の才能をお父さんは伸ばしてくれていたのかも。


 本当は私もそういうのを受けるべきなんだろうけれど、敢えてやらなかったのは王族という縛りを嫌がる私への姉さんなりの気遣いだったのかもしれない。

 外には中々出られなかったけど、本とかは好きなだけ読ませてくれていたし……今思うと、私は割と甘やかされていた方だな。


「でもお父様と2人きりだったから、こうして大人数で集まって勉強するなんて楽しそうだな、って。もっと早く来れば良かったわね〜」


「明日から冬休みだからしばらく来れなくなりますからね」


「うーん……まあ、いいわ。これからできることだってたくさんあるもの。昨日のお城の見学も楽しかったし」


「……っ!」


 カーミラさんが不意に口にした、昨日という単語を聞いて私はビクッとする。昨日のこと……森での"あの子"との記憶への引っ掛かりはまだ取り払われていなかったから。


 昨日はカーミラさんとルーザのおかげで何とか立ち上がることはできたけれど、知りたいという未練が無くなった訳じゃない。今だって気になるし、衝動を抑えてなければすぐにでも飛び出してしまいそうで。

 結局あの記憶はなんだったのか、あれからどうなったのか、"あの子"はどうなってしまったのか。そんな気持ちが今も胸の中でこびりついている。

 知りたい、知りたい……でも今は駄目と、欲と抑制が同時に働いて自分でも混乱してくる。


「ルージュ、どうかしたの?」


「えっ! あ……大丈夫です、大したことじゃないから」


「……ふーん、そう」


 カーミラさんは気づいてない風に返したけど、恐らく私が今考えていることは見抜かれてしまっているだろう。昨日一緒にいたカーミラさんには、私がまだ森でのことを引きずっていることは火を見るよりも明らかだ。

 どうしたら良かったのか、どうしていけば良いのか。……私には分からなかった。


 そんな状態で放課後を迎える。明日から冬休みだというのに、私の心はどこかモヤモヤしたまま。

 先生から労いの言葉をかけてもらった時は嬉しかったけど……やっぱり昨日のことが楔となって抜けないまま。何かこの気持ちを切り替えられること無いかな……。


「ルージュ、この後時間ある?」


「……え?」


 荷物をまとめて帰り支度をし始めていたその時、カーミラさんにそう声をかけられる。

 時間ある……って、何か付き合ってほしいことがあるのかな。そりゃあ、特に予定はないから空いてるといえば空いてるけど……。


「えっと……別に大丈夫だけど、何かあるんですか?」


「ええ。この後やりたいことがあるの!」


 なんて、宣言するかのように私に向かってビシッと指を突き立ててくるカーミラさん。何か大きなことをするんだろうか……不安もあって身体を強張らせていると、


「今からあたし達でお菓子作りするわよ!」


「……はい?」


 なんて、お菓子作りをしようという提案をいきなり突きつけられた。

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