第114話 絶たれた思い出(2)
オレらはまず、先日のフェリアス王国でのことを報告することにした。
いくら手紙を送っていたとはいえ、文字で伝えられることには限界がある。実際に成果を見てもらった方がクリスタも安心できるだろう。ルージュも同じことを考えていたようで、早速王笏をカバンから引っ張り出し、そこに5つのエレメントが収められていることをクリスタにも見せた。
「まあ……! フェリアス王国でのことは手紙で伺ってましたけど、やはり実際に見ると綺麗ですねぇ」
「ああ、もう穴も半分以上が塞がったからな。そこの大精霊も今後は協力してくれるってさ」
「まあでも、エレメントをもらう前が大変だったわよね……」
そんなカーミラの言葉に、オレとルージュも先日のことを思い出して苦い顔をする。
先日のフェリアスでの一件。初めてベアトリクスに謁見しに行った日に、それまでいきなり訪ねて来て国の宝を譲ってほしいと言い出したこと、オレらがまだ子供だからということでオレらに強い警戒心を持っていたアルヴィスが『滅び』に付け込まれてしまったことはオレの記憶にも新しい。
アルヴィスが疑うのは最もなことだった。エレメントは国宝として収められていたようだし、オレらも見た目は子供同然だ。
オレとルージュも実年齢は300を軽く超えているようだが……記憶が無いんじゃ、実年齢なんてほぼ意味を成さないだろう。魔法で誤魔化すのでは意味がないし、今後あのようなことがあれば態度で示すしか無い。
「成る程……『滅び』が今までにない攻め方をしてきたのは伺ってましたが、今後そのようなことがあると厄介ですね」
「うん。私達じゃ見た目じゃ判別できなかったから。今回はベアトリクスさんがいたからわかったけど、次は不意打ちもあり得るかも……」
ルージュの言う通り、前回は主従として強い信頼関係を築いていたベアトリクスがいたからこそ、すぐにアルヴィスの異変を見抜けた。だが、次あった時に同じことができるかと聞かれると否と返すしかない。
外見での区別は無理だし、オスクに片っ端から浄化の術を撃ち込んでもらって見抜くというのも現実的じゃない。次からはそれも課題になるかもな……。
敵が……『滅び』が狙っているのはオレとルージュだ。前回のアルヴィスも、疑心に付け込んでエレメントをオレらの手に渡らせないように仕向けてきただけだったが、これからはそれ以上のことが待っている筈。恐らく、背中を狙われることだって。
『滅び』に立ち向かうことがどういうことか、それはよく分かっている。それでも……理解しててもそんな立場にいることに恐怖を感じない訳がない。
「これからへの不安はあるでしょうけれど……その辺りは今は置いておいて、エレメントは収められたのだから一歩前進には変わりないじゃないですか。この数ヶ月で半数以上の大精霊に会えたことは誇りに思ってもいいと思いますよ?」
「ん、それは……まあ」
確かに、それは凄いことなのかもしれない。
会う前は決して少なくない9人という数、いる場所もまちまちで、いずれは全員に会わなくてはならないと知った時も自信なんて全く無かったのに。今ではもう5人の大精霊達と会っているんだ。
そりゃあ、会ってからもエレメントを譲り受けるのには苦労したが……今まで会ってきた大精霊達はそれぞれのやり方でオレらに力を貸してくれている。
「そうね、あたしも含めてみんなには大勢の仲間がいるじゃない! それってあなた達が頑張ってきた一番の証拠じゃないかしら?」
「そう……かな」
「そうよ! アンブラの時だって、火山の暴走を止めてくれたおかげであたしもレオンも無事にいられてるんだもの。胸を張ってもいいと思うわ」
カーミラも明るく笑いながら、オレらの功績を称えてくれた。
……確かにそうだな。色々振り回されていた気もするが、それでも今まで大した被害を出さずに済んでいる。もちろん、シノノメで未だ行方不明の妖精達もいるが……他は全て解決してきた。
────ルージュが持つ、王笏に宿る5つの光がその何よりの証明。争いと、歳月が経ったことで今までバラバラになっていた世界や大精霊を、確かに繋げてきたんだ。
「カーミラさんの言う通りですね。ルージュもルーザも各々の使命がどうあれ、私はあなた達の姉として支え続けていきます」
「姉さん……」
クリスタの言葉に、ルージュも嬉しそうに笑う。
普段は頼りないところもあるが、クリスタの支え無しではここまで来れなかった。ルージュが完全に立ち直れたのもクリスタのおかげだったし……今のオレじゃあ、クリスタには敵わないな。
「あ、そうそう。もうすぐ聖夜祭でしょう? 聖夜祭のために、ルージュにプレゼントを用意したんです」
「プレゼント?」
「ふふっ、当日になってからのお楽しみです」
なんて、クリスタは思わせぶりにウインク。一体なんのプレゼントなのか、当然わからないルージュは首を傾げるばかり。
城に籠ってたルージュにとっては初めての聖夜祭なのだろう。クリスタも、ルージュに目一杯聖夜祭を楽しんでほしいためにプレゼントを用意したのだろうが……クリスタの言葉通り、中身は当日までお預けだな。
それからオレらの近況や、学校での出来事、今学期の成績などをクリスタに報告し終えた後、オレら3人はクリスタに勧められて城の中庭に出てみることにした。
オスクと様子を見に行って以来の、中庭の見学だ。あの時に比べてえぐられた地面も元に戻り、土が剥き出しだった場所にも草がまばらに生えてきて、徐々に元の姿を取り戻しつつあった。
あの狂気騒動から1ヶ月が経とうとしている。そんな短い時間でもここまで取り戻すことができたのは、クリスタを始めとする城の妖精達の尽力の賜物だろう。
「流石はお城の庭ね! 太陽さえ出ていなければ思いっきり走りたいのに〜」
「こんなかんかん照りじゃ、カーミラさん灰になっちゃいますもんね」
「そう! もう、夜しか自由に動き回れないなんて本当に不便よ……」
カーミラは盛大なため息をこぼしつつ、愚痴に近い言葉を漏らす。手にした日傘をくるくる回して遊びながら、「生んでくれたお父様とお母様には感謝してるけど!」と、添えて。
血が嫌いでもカーミラが吸血鬼ということには変わらない。強力な種族でも弱点だらけでは不自由なところも色々あるのだろう。カーミラもむう、と不満気に頰を膨れさせて日傘の影から青空を見上げている。
レオンならなんとかできる術を知っているのかもしれないが……カーミラが相手じゃ、そう簡単に教えてくれなさそうだ。
「あ、花壇の花も大分大きくなってきてるね」
「ん。オレとオスクが植えたチューリップも、もう芽が出始めてるな」
「え。これ、オスクさんが植えたの?」
「ああ、オレが補助しながらな。シャベル片手にガーデニングする大精霊なんて、かなりシュールだったぜ?」
あの時を思いだし、オレはプッと吹き出す。
花の一輪だって植えたことがないオスクが植えたチューリップは間隔の空け方も不慣れで、はっきり言えばかなり下手くそだったが。今となってはいい思い出だ。
花壇を見終わった後、オレらは中庭の奥にある小さな森に移動した。
子漏れ日があちこちから射し込む、緑に包まれた空間。辺りの新緑の香りがふっと鼻をつくのがまた癒される。
「こんな森があるなんて凄いわね~。流石はお城ね」
「ああ、うん。この森、城が建てられる前からあったの。だから道もちょっと複雑で、迷路みたいなんだ」
「確かに、言われてみりゃ結構古そうだな、この森」
ルージュの言う通り、あちこちに逞しく生える木の幹にはツルやコケで覆われ、この森が古くからあることを予感させる。
その一本一本も幹が精霊でも腕で抱えきれないくらいに立派だし、何十年……何百年とここに根を張って、今を生きているのだろう。
「この子達、あたしよりも歳上かもしれないわね。ルージュは今までここに来たことあったの?」
「はい。姉さんに頼んで、中庭に出たことはあったんだけど、中庭だけじゃ飽きてきちゃって。それで姉さんには内緒で森にこっそり入ったの」
ルージュは森を見渡し、いつかの日常に思いを馳せる。もう何年か前のことだというのに、つい先日を振り返るように楽しそうで。
ルージュにも、城での楽しい思い出が確かにあるのだろう。何かと暗い思い出しか聞いてこなかったものだから、そのことにホッとした。
「何回か入ってみて、それで森で遊ぶのが楽しくなってね。でもそれで調子に乗っちゃって、一度奥に行ってみようとして見事に迷っちゃって」
「へえ、お前にもそんな時期があったんだな」
「あはは……。それで帰り道がわからなくて、どうしようって思ってた時に、あの子が励ましてくれて……って、あれ?」
不意に、言葉を切るルージュ。
自分の言葉に、何か違和感を覚えたような表情。オレとカーミラには特にそんなものは感じなかった言葉だったが、ルージュは戸惑いながら首を傾げ、
「私……あの時誰と話してたんだっけ……?」
────思い出が失われていたことを口にした。




