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幻精鏡界録  作者: 月夜瑠璃
第2章 影の輪唱
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第12話 空白の余波(2)

 

 やがて今日の授業も終わり、ようやく待ちに待った放課後を迎える。担任以外の教師に捕まると面倒だから、ホームルームを終えてからすぐにフリードとドラクと共に逃げるように学校から帰った。

 寄り道する予定だった王都まで来て、走っていた足を止める。流石にここまで追っかけてくる奴はいない。走ってきたことで荒れた息を整えて大きなため息をついてから……ようやく肩の力が抜けた。


「はあ、はあ。さ、流石にここまで走ると疲れるなあ……」


「帰った後も大変ですね。みんな、あれじゃあ心配より知りたい気持ち優先ですよ」


「教師なんて一部はあんなもんだ。どうせ建前だろ」


 口ではどうとでも言える。無事で良かった、今後の対策に、なんて耳触りのいい言葉を並べて心配するそぶりを見せても、どうせ知りたがりなだけの野次馬共だ。その証拠に詳しく話を聞かせろだのさんざん言われてたし。あんなの、オレから見たら他人の経験を自分の利益にしようとしているだけだ。

 とにかく気持ちを切り替えたい。早いとこ用事を済ませてしまわなければ。


 さて、さっさと魔法薬の材料を揃えるとするか。そう思って2人と近くにあった薬屋に入り、材料を物色し始める。


「ルーザさん、どんな薬を調合するんですか?」


「そうだな……。飲ませた奴を仮死させるとかか?」


「し、仕返しに使っちゃ駄目だよ!」


「冗談だ。いくらムカついてもそんなことしたらまた吊るし上げだからな」


 それはいいから、ホントに何作るか。

 無難に簡単な傷薬とかか? だが何かしら工夫でも凝らさないと埋め合わせは出来ないな……。成績は付くにしても、加点は入らないだろう。

 とはいえ、それ以外の薬だとここだけで材料を揃えるのは無理がある。元々成績を落とさないことが目的なんだ、安上がりだしそれでいいか。


 そう決めたオレは材料と薬を入れるための瓶を購入。迷った末に、回復ついでに解毒の効果も付け足すことにした。

 これでとりあえずは用事は完了。後はこれらを混ぜて調合するだけだ。


「……ん?」


 店を出ると、通りにうっすら霧がかかっていたことに気付く。町全体が雲に覆われているようで……そのせいで、建物もぼんやり霞んで見えてしまう。

 この霧……まさか死霊の通りのものか?


「あれ、普通こんなところまで霧が溢れるなんてことないですよね?」


「やっぱり、霧が濃くなってやがる。確か、こいつを制御しているのは大精霊だったよな?」


 大精霊────その名の通り、特に力の強い精霊のことで、世界にも数人しかいないと聞く存在。

 火や水などを始めとする魔法の基本属性や、月や星の力を司る者達。その存在こそ世界に大きな影響を及ぼす程に大きいものだが……実際は詳しいことを知っている妖精はほとんどおらず、謎に包まれている。


 そして、この霧を制御している大精霊とこの国は昔から協力してこの国を治めている……らしい。オレも会ったことは無いし、噂程度で確かな話かは知らないんだが。


「うん。しかも氷河山の頂上にいるんだけど、その管理をしている僕の家族でさえ、会ったことないし」


「濃くしなくてはならない理由でもあるんでしょうか? 通りにいる死霊の数が増えたとか。でも、そんな雰囲気はしませんし……どういうことなんでしょう」


「さあな。大精霊の考えることなんて知るわけない」

 

 そこで話しを切り上げてとっとと帰宅することにした。開けていた分の課題もあるし、早く済ませないといけない。


 オレは2人と別れると、家に帰ってさっきの材料で早速薬の調合の準備を開始した。

 回復薬程度ならやり方をいちいち見なくても大体は頭に入っている。薬草を刻み、それを調合用の鍋の中に放り込んで、適当な魔力と火加減で煮詰めていく。調合は久々だったが、作業はスムーズに進んでいき、大して時間をかけることなく終わらせられた。


「これでよし、と……」


 出来上がった薬を瓶詰めにして一息つく。ふと、窓の外に視線を移してみると……チラチラと雪が降り始めている光景が目に飛び込んでくる。まだ粉雪程度で積もるまでにはいかないが、それらは庭の草木を白く彩っていったり

 どおりでいつもより冷える訳だ。光の世界の、ミラーアイランドの温暖な気候に身体が慣れ始めている時にこれだ、余計寒さに敏感になっている。


 ……見ているだけで体感温度が下がってきやがった。思わず腕で身体を抱え、ブルっと身震いする。

 痩せ我慢してても仕方ない。暖炉を付けて身体をを温めよう。


「シュヴェル、コーヒー淹れてくれ」


「かしこまりました」


 暖炉だけでは物足りない。暖かい飲み物も必要だと、シュヴェルにそう頼んだ。

 暖炉はつけたものの、火が広がるまで時間がかかる。薪を足して、出来るだけ中の炎を大きくしようとはしているが、まだ部屋全体を温めるには数分かかりそうだ。


 くっそ……指先がかじかんできやがった。二週間でも反動がでかいな……。

 オレが寒さに震えている中、しばらくしてシュヴェルがティーポットとカップを手に戻ってきた。お待ちかねのコーヒーが入ったようだ。


「お待たせいたしました、ルヴェルザ様」


「ああ。悪い」


 シュヴェルはカップを手前に置くとコーヒーを注ぎ、テキパキとオレの好みに合わせてミルクと砂糖を足す。それが終わってすぐ、早速いただこうとカップを持ち上げた。それと同時にコーヒーの湯気が立ち上り、オレの顔に僅かにかかる。冷えきった状態のオレにはその程度でも心地良く感じた。

 そうして入れたばかりの暖かいコーヒーを口に含むと、心なしか疲れが少しとれた気がした。ようやく休憩できたからだろうか。


「ルヴェルザ様、大分お疲れのご様子ですね?」


「ん……そうか?」


 無意識の内に顔に出ていたらしい。付き合いは短い訳でもないし、執事であるシュヴェルはいつもオレの顔色を伺っているから、それくらい簡単か。


「担任は特に掘り下げはしなかったんだが、周りが何があったのだのうるさくてな。心配していたのは確かなんだろうが、一日中そんな調子だから流石に嫌気がさした」


「それは……お察し致します」


「ま、こっちも興味本位で変なことするもんじゃないな」

 

 オレは数日前の行動を反省するように吐き捨てる。

 理由がどうあれ、オレが噂を確かめに行ったことが発端だ。あまり文句を言えたものじゃない。


「そういえばお前、オレがいない間にもいつもの仕事をしていたのか?」


「もちろんです。ルヴェルザ様のために、庭は雑草の一本も残さず草をむしり、壁はもちろん、窓は雨粒も拭き取り、室内は埃の一つ見逃さず、食器は新品以上に磨き上げました」


「そ、そうか。ありがとな」


「これくらい当然です。ルヴェルザ様のためならば骨も折っても厭わない所存です」


 なんて、側から見ればやりすぎとも思える仕事ぶりを、シュヴェルはさも当たり前だと言わんばかりに報告する。

 流石にそこまでいくと引くんだが……。なんでそこまで忠誠を誓っているんだか。オレがシュヴェルになにかそこまでされるようなことしたか?

 前にも何回か訳を聞こうとしたことがあるがいつもぼかしたようにしか答えない。その内聞いても無駄と考えて聞かずになっていき、結局謎のままになっている。

 そこまでしてくれている訳だし、追い出す理由も見つからない。今となっては特に気にしなくなってはいるんだが。


 コーヒーを飲み終えるとシュヴェルは見計らっていたかのようにカップを片付け、仕事に戻って行った。

 オレが開けていた時までああやって働いていたようだ。礼代わりに今度休暇を出さないとな……と後ろ姿を眺めながらそう考えた。

 オレも溜まった二週間分の学校の課題を片付けようと、カバンから紙を数枚引っ張り出す。そしてそのまま集中するために自室に籠もっていた。



 


 その翌日。オレは昨日のうちに片付けた課題を担任に提出しに行った。流石に全部は無理があったが、面倒なものは済ませることができた。


 周りといえば相変わらず。教師にすれ違う度に何があったのだとか、詳しく聞かせろだのうるさいものだった。捕まらないために休憩時間に毎度見つからないような場所に行ってやり過ごし、そのおかげでこっちは学校を一周くらいは行ったり来たりさせられるハメに。

 そんな風に過ごしてやっと放課後を迎える頃には、運動したわけでもないのにクタクタだった。


 くっそ……たったの2日だったのにこの疲労はなんなんだ……。

 重くなった肩をほぐすために腕をぶるんと回す。大分こっていたらしく、骨がパキパキと音を立てた。


「ル、ルーザさん大丈夫ですか?」


「なんとかな……」


 今日も昨日と同じようにフリードとドラクとで学校から逃げ出してきた。また2人と喋りながら帰っているものの、疲労で会話の内容が頭に入ってこない。

 幸い、明日と明後日は休日。2日だけでもあのまとわりつかれる苦痛は受けなくて済む。とにかく早めに収まることを祈るしかない。

 付き合わせたのに礼もしないのは申し訳ないし、2人も家に連れて来る。庭ではシュヴェルがいつも通り箒で掃除をしていた。


「お帰りなさいませ、ルヴェルザ様。フリード様とドラク様もようこそいらっしゃいました」


「お疲れ様です、シュヴェルさん」


「お気遣いありがとうございます。そしてルヴェルザ様……今日はお客様がおいでになさってます」


「は、客だと?」


 客といわれ、オレは思わず首を傾げる。わざわざオレの元に訪ねてくる客なんて、あまり思い当たらないのだが……。

 疑問に思いつつ、シュヴェルにつれられるままに中に入ると確かに客らしきリビングの椅子に腰掛ける人影が一つ。

 ……黒のローブを着た、薄ピンクの妖精。客はルージュだった。


「あ、ルーザ。お邪魔してるよ」


「ん、何か用か?」


 用も無しにこんなところに来る方がおかしいが。ルージュも当然の如く頷く。


「うん。姉さんに伝えるためにこっちの資料とか見ていたんだけど、ちょっと気になることがあったの。それでこっち出身であるみんなに意見もらいたくて」


「気になること?」


「えっと……口で説明するより、とりあえず見てもらった方が早いかも」


 そう言ってルージュは色々と紙をテーブルに広げ、オレら3人もそれを覗き込む。

 ルージュが広げたのはこの国の地図ともう一つ、『ミラーアイランド』と書かれた地図と合わせて2枚。特になんの変哲も無い地図に見えるんだが……早速ルージュにその気になったことを説明してもらうことにして、オレら3人は聞くことに集中する。



 ……ルージュの『気になること』がこれからの生活を激変させるきっかけだとも知らずに。

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