第114話 絶たれた思い出(1)
眩しい日差しが照りつけてくる空の下。常夏のミラーアイランドらしい、雲一つない青空で文句無しの快晴だというのに、オレは一人でかいため息をついきながら、
「ったく、酷ぇ目にあった……」
なんて、恨み言のようにぶつぶつ呟きながら王都の中央通りを歩いていた。
……昨晩どうなったかというと。レオンが出してきたワインの匂いで完全に酔ってしまったオレは、結局そのまま朝まで寝込んでしまい、ルージュはオスク達に誤魔化しながら介抱してくれたとのことで。
その際、カーミラには教えていても損はないということでルージュはカーミラにだけはオレの事情を伝えたらしく。そうして事情を知ったカーミラも、酒に酔った時に効くらしいトマトジュースを用意してくれるなどして、一緒に面倒を見てもらった。
2人のおかげでオスクとレオンにもバレずに済み、今もあたまが若干クラクラしながらもなんとか朝を迎えることができた。
「頭痛とか大丈夫? 薬も一応持ってきてるけど……」
「ああ、平気だ。万全とはいかねえが、大分楽になってきてる」
まだ不安そうにオレの顔色を伺ってくるルージュに、これ以上心配はかけられないとオレはそう返した。
とはいえ、正直言うとまだ頭が重たいし、身体の怠さが抜けきっていないのが現状で。体質のタチの悪さは相変わらずだとしても、この酔いやすい体質が『支配者』にくっつけられたものだと思うとまた腹が立つ。
あのやろ……いつか絶対ぶちのめしてやる。
「まさか、ルーザがそんなに酔いやすいとはね〜。うちの屋敷のワイン蔵で倒れていた理由もやっとわかったわ」
「ああ、そういえばそんなこともあったな」
カーミラにそう言われて、以前アンブラ公国に行った時のことを思い出す。
アンブラの火山に入るため、カーミラの屋敷を訪ねた時のこと。許可を貰おうと屋敷の住人を探したのはいいが見事に迷ってしまい、そこで行き着いた先が不運にもワイン蔵だったんだっけな。そこでもオレは臭いにやられたことで酔って倒れてしまって、カーミラが発見してくれたおかげではぐれた仲間とも合流できたんだったか。
思えばあの時、カーミラが見つけてくれなければそのまま数日放置されることもあり得たのか。あのワイン蔵がどれ程の頻度で使われているのかは知らんが、カーミラが様子を見に来てくれなかった場合、あのままあそこで放ったらかしにされてたかと思うとゾッとする。
あんな酒臭い部屋で、こんな体質のオレが放置されたらどうなるかなんて考えたくもねえな……。
「まあ、その時も今回もなんとかなったんだから、明るくいきましょうよ。折角女王様に会うっていうのに、辛気臭い顔してたら心配かけちゃうわよ?」
「それもそうだな」
そう。カーミラが言った通り、今日はオレと、ルージュと、カーミラの3人でクリスタに会いに行こうとしているところだ。
用事は色々あるんだが、クリスタとカーミラの面会も今日は予定に含まれていた。2人はお互いに存在を知ってこそ今まで会ったことは無かったし、カーミラがオレらに同行することになった今、年末で遠出の予定が一旦無くなったこの時期は丁度良かった。
学校も授業は無いし、午前中に終わる。どうせやることも無いし、といつもより長めの放課後を利用する意味でも。
オスクとレオンといえば、昨日の約束通りに浄化の結晶石を作るための作業に取り掛かっている。レオンもクリスタに会わせようとはしていたのだが、「自分はただの協力者で貴様らと同行しているわけじゃない」という理由で断られてしまったんだ。
「もうっ、ほんとレオンったらノリ悪いんだから。ちょっとくらい休憩してもいいのに」
「ま、まあレオンも疲れてるんだろうし……作業に集中したいんじゃないかな?」
「その割には随分しごかれたけどな」
オレは昨日のことを思い出し、カーミラと揃って再びため息をつく。
アザが治ったかと思えば、急に稽古を付けてやると言い出した挙句、勝手に終わらせて。レオンなりにオレらのことを思っていての行為だとしても、あんなに振り回されては有難迷惑もいいとこだ。
力不足を感じていたのは確かだが……もうちょっといいやり方があったんじゃないのか?
「ほ、ほら、レオンも不器用だからさ! 私達のこと思ってくれてたんだし、もう根に持たないであげようよ」
「……お前、将来詐欺に遭うぞ」
「ええ……ルージュ、他人にあまり気を遣いすぎるのもどうかと思うわよ?」
「え、え?」
オレとカーミラの言葉に、ルージュは訳がわからないとばかりに動揺している。
さっきの言葉といい、それら全部素から来ているものらしい。以前までのどこかで疑ってた心は一体なんだったのか。こんなだから、『裏』もルージュに対して不満に思ってるんじゃないのか……?
ルージュへの不安の種がまた増えてしまった気もするが、とにかく今はクリスタとの話し合いだ。
クリスタにはフェアリスでのことを報告はしたのだが、学校もあって手紙だけで済ませていた。だからクリスタに直接会うのは前に見舞いに出向いて以来。城に来たのも久しぶりな気がする。
怪我の具合ももちろん、城の周囲が今どうなっているかも気がかりだ。オレとオスクが植えたチューリップも、少しは成長しているといいのだが。
「お待ちしておりました、姫様。陛下がお待ちです」
「あ、ありがとうございます」
そんなことを考えている内に、城の入り口である大扉の前まで着いていた。そこで見張りの役をしていた衛兵がルージュの顔を確認し、すぐに大扉を開けて出迎えてくれた。
いつかの狂気騒動で壊された大扉も、今はすっかり元通り。中庭の一部はまだにしても、外面はもう何事もなかったかのように修復されていた。
完全に元通り、とはいかなくても少しずつ元の姿を取り戻してきている。ルージュも壊したことに負い目を感じていたこともあって、ホッとしている様子だ。
大扉を潜ったオレらはそのままクリスタが待っているクリスタの自室へと案内された。そこで書類仕事をしていたらしいクリスタは、オレらが部屋に入ってくると顔を上げてにっこりと笑う。
「まあ、ルージュ、ルーザ来てくれたのですね! そして、そちらの方は初めましてでしょうか?」
「はい。えっと……お初にお目にかかります、でいいのかしら?」
いつもは自分からぐいぐい行くカーミラも、一国の女王が相手となると流石に少し畏まっていた。
カーミラが緊張しているのを感じ取ったのだろう、クリスタは少々表情が硬くなっているカーミラを見てクスッと笑う。
「そう緊張せずとも大丈夫ですよ。女王といえど、玉座にいなければルージュの義姉でしかないですから。どうか気楽にお話ししましょう」
「は、はい。でもやっぱりタメ口は失礼よね……敬語でもいいですか?」
「ええ、構いませんよ」
そうして挨拶を交わしたクリスタとカーミラは、お互いに自己紹介を済ませる。名乗ったことで少し緊張も解けたのだろう、カーミラも普段通りの笑顔を見せるようになった。
クリスタとカーミラの挨拶も済んだことだし、オレとルージュも会話の輪に加わった。
「姉さん、その……怪我の具合は?」
「すっかり大丈夫ですから、心配無用です。もう、ルージュもそんなに引きずらないでください」
「だ、だって……私がしたことには変わらないんだし」
「だから大丈夫だって言ってるじゃないですか。そこまで気になるようでしたら、私も屋敷に向かって一日中引っ付きますよ?」
「それは勘弁して!」
なんて、四六時中くっつかれるのは御免らしいルージュはそれまでの申し訳なさそうな態度が一変、手のひらを返したように嫌がる素振りを見せた。
やはり一番付き合いが長いだけのことはある。クリスタは未だ狂気騒動のことを引きずるルージュを、直ぐ様その気持ちを切り替えさせてしまった。
「ふふ、ほんとルージュと女王様って仲がいいのね」
「たまに一方的な気もするけどな」
2人のやり取りを微笑ましそうに見ているカーミラに対し、最早慣れっこなオレはやれやれとため息をつく。
それでも、そんな2人が羨ましいとも思う自分が何処かにいた。オレは最近まで血の繋がりがある家族がいなかった。家にはシュヴェルがいたとしても、主従という関係はどうにも出来ない。だから、義理だとしてもこうして家族として仲睦まじい2人の関係がオレにとってはどうしても手に入らないものだった。
でも今はクリスタもいざという時には頼っていいといってくれている。オレも、もうそろそろ前向きに考えないとな。
「では、早速始めましょうか。私もあなた達の近況を聞いておきたいので」
「ああ、わかってるよ」
そこでルージュとクリスタの揉め事も収まり、クリスタはオレらがここに来た本来の目的を切り出す。
今まで会う時間がとれなかった分、話したいこともお互い積もりに積もっている。クリスタに切り出されなくとも、こっちも色々相談しておきたいところだ。
そうしてオレらはお互いに近況報告もとい、久々のクリスタとの談話を始めていった。




