第113話 ミッドナイト・ワルツ(4)
「よーし、頑張って夕食作らなきゃ」
「あたしも手伝うわ。一人より、2人がいいものね」
「うん。カーミラさん、ありがとう」
屋敷に入ってすぐ、ルージュとカーミラは夕食の支度をしようとキッチンへ向かっていった。
当然、稽古を挟んだせいでいつもの夕食の時間を大幅に超えてしまっている。2人も疲れている筈なのに、大急ぎで夕食の準備をしようとしてくれている。後でオレも何か手伝ってやらないとな。
「はーあ、こんな真っ暗になっちゃって。お前の言い分は納得するけど、もう少し早い時間に出来ないわけ?」
「僕は夜の支配者たる吸血鬼だぞ? それに、僕が良くてもあの失格吸血鬼に灰になられても困る」
確かに、それは仕方ないといえば仕方ないな。レオンは体力を犠牲にして吸血鬼の弱点を掻消せる術をもつものの、カーミラは出来ないようで大人しく日傘を差しているし。
それに、オスクは今回あまりレオンに対して偉そうに言える立場じゃないんだが。
「お前が文句言えたことかよ。面倒だからって、レオンへの攻撃サボった癖に」
「あ、バレた? 別にいいっしょ、当たらないなら最初からやらない方がいいじゃん」
「……おい、レオン。次はこの大精霊ボコボコにしてくれ」
「ふん、言われなくてもやってやろう。大精霊だからといって、僕は容赦しない。お前ならば手加減などいらないようだしな」
「ふーん……出来るものならやってみれば?」
なんて、吸血鬼と大精霊の間に見えない火花が散っている。歳は倍近く離れているんだが、お互い自分の種族と立場を重んじているせいか、2人ともプライドもあって引き下がろうとしない。
……もしかしたら余計なことしたかもしれないが、オレは知らん顔することにした。
「おまたせ、夕食の用意出来たよ」
やがてルージュとカーミラが一緒に出来たばかりの夕食をリビングに運んできて、食欲をそそる匂いがふっと漂ってくる。
今夜はグラタンらしい。ホワイトソースの上にかけられた程よく焦げ目がついたチーズが際立つ、まだ暖かそうな湯気を立てている出来立てのグラタンが乗せられた皿を2人は手分けして配膳していく。オレも少しは手伝いをと、スプーンを全員の席の前に並べていった。
やっぱりいつも以上に腹が減っているせいか、さっきから腹の虫が収まらない。料理の匂いで部屋が満たされたことも伴って、余計に煩くなっている。
ルージュ達もそれは同じ、配膳が終わると同時にオレらは飛びつくように食事を始めた。
『全く、がっつきやがってだらしねえな。少し特訓したくらいでそれかよ』
「煩い、サボったお前らとは違うんだよ。早々に自分の身体見捨てやがって」
『だってすり抜けることはどうにも出来ないんですし、仕方ないじゃないですか〜』
「仕方ないにしても少しくらい労ってくれてもいいと思うんだけど……」
レオンの稽古が終わっても相変わらずなレシスとライヤにオレとルージュは再びため息をつく。
ちなみに、2人は食事も必要なし。身体を持たないおかげで、空腹になることもないようで。それを理由に食料も一切なかった夢や記憶の世界でも過ごせていたようだが、この時ばかりは仲間外れになるのが避けられないために、2人とも退屈そうに床に座り込んでいる。
それでも、2人も会話に加わるなどして各々で夕食の時間を楽しんでいた。疲れていたせいで、その有り難みも普段より余計に感じる。
このまま平和に終わるだろう……そう思っていたのだが。
「あら、レオン。またワイン飲むつもり?」
「当たり前だ。血が飲めない時はこれで代用するしかないからな」
カーミラにそう返しながら、レオンはワインボトルのコルクを開ける。
ポンっと軽快な音を立てて、栓が開かれる真っ赤なワイン。その途端、ワインの匂いがグラタンのチーズの匂いを押しのけてきた。
あ、やべ。レオンと席離しておくべきだった。
今、オレの席はレオンの隣。当然ワインの匂いももろにオレを直撃し……突如として視界がぐらりと傾いて、目の前が真っ暗に染まっていく。
そして、オレは派手な音を立てて椅子ごと倒れ込んだ。
「え、ちょっ、ルーザどうしたのよ⁉︎」
「あ、えっと……疲れがきちゃったんだよ! ちょっとベッドに運んでくるね!」
オレの酔いやすい体質を知らないカーミラが戸惑う中で、なるべくバレないようにルージュが誤魔化してくれる声がぼんやりした意識下でも聞こえてくる。
とはいえ、礼を言う余裕すらない。散々溜まった疲労のせいか、吐き気までしてやがる……。
「はあ? 一体どうしたのさ」
「あそこまでは無理させてないつもりだったんだが……」
『……お前らは知らなくていいことだ』
オスクとレオンもレシスにそう言われて、不思議そうに首を傾げているようだ。
大掃除に、レオンの稽古に。そして今やっと休めると思ったらワインの匂い酔って、オレの日常はいつになったら落ち着くんだよ……。
他人事のようにそう思いながら、オレはルージュにの手を借りてベッドの上まで連行されていった……。




