第113話 ミッドナイト・ワルツ(2)
「いくぞ。『ブラッドムーン』!」
「……っ!」
言うが早いか、レオンは展開した魔法陣から紅い閃光を撃ってきた。それも一発じゃない、雨のように何発も何発も。
稽古に対して不満に思っていたとしても、閃光を正面から食らって痛い思いなんざしたくないのは全員同じこと。もう引き返せないんだ、オレらは降り注いでくる紅い雨を見据えて応戦出来る体勢を取った。
「そらっ!」
かわせるものは身体を翻して避け、それが出来ない場合は鎌で弾いて。閃光が向かってくる方向を推測し、対応出来る方法を考えつつかわしていった。
その甲斐あって幸先は順調、今のところは被弾せずに済んでいる。他の仲間も同様だ。レオンがまだ加減しているのか知らないが、現段階では全員閃光に当たることなく対応できていた。
今の今まで楽勝とはいかずとも、数々の『滅び』の脅威や強敵との修羅場を潜り抜けてきたんだ。オレらだって少しは成長しているだろう。
「ふん……ここまでは文句無しだな。一応流石と言っておくか」
「お褒めの言葉どーも。このくらいじゃなんともねえよ」
「だが、まだ足りない。この程度軽々かわせなくては『滅び』になど到底敵わないぞ!」
「うっさい、言われなくても分かってるっての。どれだけ真っ正面からぶつかってきたと思ってんのさ」
「ならば、次。『ブラッド・サクリファイス』!」
レオンの背後に佇む月が、一瞬紅くギラリと殺気立ったように光る。その瞬間さらに鋭い、重い威力を込めた紅い閃光が降り注いでくる。
「うわっ⁉︎」
さっきの『ブラッドムーン』に比べて、閃光の大きさも密度も桁違いだった。かわせたものの、地面に着弾した閃光はドカン! と派手な音を立てて、地面をえぐる。
「こ、これ、レオンの力を借りた時に使った魔法⁉︎」
「はん、通りで……!」
ルージュの言葉に、オレはくしゃっと顔をしかめる。
何処かで聞いたことがあると思ったら、対カグヤ戦でルージュが吸血鬼の体質を借り受けた呪文だったか。レオンから借り受けた力なら、その力の元である本人が使えてもおかしくない。
あの魔法はカグヤとの戦いでそれまでオレらが防戦一方だった戦況をひっくり返したことがある魔法だ。それを目の当たりにしているだけに、やはりかわすことは容易じゃない。さっきと同じような捌き方をしているというのに、何発か当たってしまっている。
「うげげ、腹減ってる中でこんなの拷問だぜ!」
「全てをかわせとは言わないが、この程度でへこたれては困る。そろそろ攻撃を仕掛けてくるといい」
「もう、言われなくてもやるつもりよ! 『ムーンライト』!」
カーミラはレオンの言葉にムキになって、半ば八つ当たり気味に月の光を集めて放つ。
というか、さっきからレオンはカーミラばっかり執拗に狙って、オレらの倍近く被弾していたからな……。多分、レオンも自分の言いつけを守らなかったお仕置きのつもりもあるのだろう。そんなレオンにカーミラもプンスカと怒りながら、レオンに向かって容赦無く魔法を放つ。
だが、稽古を終わらせる条件が攻撃を一発でも通らせることと提示されているだけに、レオンだって素直に攻撃には当たってくれない。夜空を舞うコウモリの如くマントをはためかせ、カーミラが放った魔法も全てかわしてしまった。
「この程度では当たらんぞ。さあ、遠慮せず来い!」
「わかってるもん! 『リーフィジア』!」
「よっしゃ、『エルフレイム』!」
「『ヘイルザッシュ』!」
「『グロームレイ』!」
エメラは花の、イアは炎を、フリードはつららを、ドラクは電流の魔法もをそれぞれ放ってレオンに放つ。
複数人で様々な角度から攻撃したんだ、流石のレオンもかわしきるのは至難の筈……!
……が、魔法が当たりそうになった瞬間、レオンの身体が無数のコウモリとなってバラバラに散った。標的を失った魔法は行き場を無くし、消えてしまった。
「なっ!」
「僕とて手の内を全て明かした訳ではない。この程度で驚かれては困る」
「ちぇっ、コウモリ化かよ。まあ、どっかで予感はしてたけど」
……オスクの言う通りだった。
カーミラも使う吸血鬼の回避手段、コウモリ化。それをカーミラに教え、習得させたのは紛れもないレオンだ。コウモリ化をカーミラに教えた相手が、それを使いこなせることなどわかってた筈なのに。
安易な攻撃じゃかわされるし、魔法を撃ち込んでも駄目……ならば!
オレはそう判断し、羽を出して飛び上がる。
「ゼロ距離から叩き込むまで!」
「……っ!」
空を舞い、空中に浮かぶレオンとの距離を一気に詰める。鎌を振り上げ、オレのいきなりの行動に一瞬驚きで目を見開いたレオンに向かって、オレは刃を大きく振りかぶる……!
────が、反応速度はレオンの方が一枚上手だった。
「『ブラッド・サクリファイス』!」
「……っぶね⁉︎」
オレがレオンに斬撃を食らわせる手前で、レオンはオレの羽に向かって閃光を放ってきた。
間一髪、身体を仰け反らせてなんとか羽に閃光が直撃して墜落は免れた。が、その代償としてレオンとの距離は呆気なく開いてしまい……オレは地面に降り立たざるを得なくなった。
くそっ、渾身の一撃となる筈だったってのに、これも駄目なのかよ……。
オレはやり場のない感情を誤魔化すように拳を握りしめ、空を見上げる。さっきの場所からちっとも動いていないレオン、その赤い瞳から厳しい目線をオレらに向けていたことが嫌でも目に焼き付いた……。




