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幻精鏡界録  作者: 月夜瑠璃
第10章 継承せしものーHoly night Romanceー
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第112話 若き夜の王(2)


 ルージュはレオンの横に立ち、首元が露わになって剥き出しになったアザに手をかざす。その手はまだ緊張で若干震えていたが、決意したように真剣な表情になり、手から淡い光を放った。


「『命天の光』────‼︎」


 ……いつかライヤが夢の世界の『悪夢』を退けるのに使った魔法だ。あの時は攻撃に使ったが、回復手段としても用いることが出来るようだ。

 傷を癒す聖なる光はレオンのアザを包み込み、穢れを浄化していくかのように白い肌に刻まれた影を取り除いていく。吸血鬼の自己再生能力も伴ってか、今まで呪いのように刻まれていたアザがみるみる内に消えていく。


 ルージュにとって精霊の姿になってからの初めての仕事だったが、身体が覚えていたところがあったのだろうか。不慣れでぎこちないところはあるものの、ルージュは自分を落ち着かせながらレオンのアザを確かに癒していった。

 さらにルージュに向かって王笏をかざすことでその力もますます強まる。勢いを増した光はアザに浸透していき……その中に潜んでいたものを外側へと引きずり出した。


「あっ、これ!」


『……! ようやく出てきやがったな』


 ルージュは不意に何かに気づいたように声を上げる。そしてレシスも、ルージュの手元を覗き込んで眉をひそめる。オレとオスクも、レオンのアザから出てきた『それ』を見て、ルージュが声を発した理由を理解した。

 黒いモヤのような、どんよりとしたオーラ。周囲の空気にまとわりつくように立ち昇るそれは、見ているだけで嫌悪感を抱かせる。


 ……間違いない。『滅び』の力だ。黒い結晶から出てくるものに比べれば大分微弱ではあるが、あの忌々しい気配を見間違う筈がない。

 やはりさっきオスクが言った通り、アザに僅かでも潜んでいたらしい。あわよくば、アルヴィスの時のように乗っ取ろうとしていたのかもしれないが……レオンの意思の強さか、それとも執念なのか、出会った時からずっと呑み込まれまいと耐えていたのだろう。


「で、出てきたのはいいけど、これどうしよう……」


「これくらいならわざわざ浄化の術使う程でもないっしょ。夢の世界の時みたく、絶命の力で切り離せば?」


「う、うん!」


 正面から『滅び』を見据えていたルージュは最初こそ戸惑っていたが、オスクの言葉で気持ちを切り替える。治癒の術を使っていた手を一旦止めて、標的をアザから立ち昇っている『滅び』へと変えた。

 ルージュはその場で指を滑らせる。虚空に線を描くかのように人差し指を動かし、それを引き千切って、


「────『ブレイク』!」


 ぶちっと千切れる音が辺りに響き、アザから立ち昇る『滅び』の気配も途切れ……障害が無くなったことでアザを包み込む癒しの光もより一層強まる。それから次の瞬間には、光がレオンの首に吸い込まれるようにして収まっていった。

 それに気づいたレオンはおもむろにベッドから身体を起こす。そして、自分の胸に視線を落とすと、


「……ふう」


 ……その口から、安堵の溜息が一つ。

 さっきまでレオンの首を侵食していたアザは、そこにあったことを忘れそうになるくらいに綺麗さっぱり無くなっていた。あの毒々しいまでの色も、もう無い。レオンの本来の白い肌がそこにあるばかりだ。


「解放感というやつか。心なしか、身体も軽くなった気がする」


「よ、良かった……! これでもう苦しまずに済むよね!」


「ああ。もうこれで、僕を縛る鎖も無い。素直に礼を言う……ありがとう」


 あのレオンが素直に感謝の言葉を口にした。しかもその表情も、いつもの仏頂面が和らいで笑みを向けていた。


「あたしは見てるだけだったけど……治って本当にホッとしたわ。良かったわね、レオン!」


「ふん、貴様如きに祝われる筋合いもない」


「もうっ、ほんと可愛げがないんだから」


「……そんなもの無くて結構だ」


 と、カーミラへの風当たりの強さは相変わらずだったが、アザの苦痛から解放された影響か無愛想な表情が多少改善した気がする。

 安堵すると同時に、それだけの苦しみがレオンののしかかっていたことを思い知る。治す手段が今まで無かったとはいえ、そんな苦しみにレオンはずっと耐えていたなんて。アザに潜んでいた『滅び』にも隙を与えなかったレオンの精神力には脱帽する。


『はん、オレが出る幕も無かったか。手助けすることができなかった点については不満が残るが』


「別にいいじゃん、お前だって余計な力使う必要無くなったんだし。とりあえずこれで対価は支払ったんだ、これで満足か?」


「……ああ。アザと別れを告げられたこと以外に望むことはない。お前の申し出通り、浄化の結晶石の技術を伝えよう」


「あっそ。まあ、こっちも助かるけどさ。本格的に作業に取り掛かるのはまた今度にするけど」


 確かに、今日はもう夜更けだし、レオンもアザが治ったばかりでまだ本調子ではない筈。ルージュに持たせた結晶石を作るのもかなり苦労していたようだし……明日に回すのが無難だな。


「ふん……ならば明日までやることがないのだな?」


「え? そう……だね。夕食済ませたら、あとはもう寝るまでは各々で好きなことして過ごすかな」


「……そうか。なら、今から外に出ろ。あの妖精達も呼んでこい」


「は? それってイア達をか?」


「他に誰がいる。早くしろ、ディナーの時間が遅くなるぞ」


 ……? 一体、レオンは何をしようっていうんだ?

 ルージュと顔を見合わせて、オレらは揃って首を傾げる。レオンに意図を聞こうにも、本人はさっさと屋敷の中庭へと出てしまっていた。


 何か聞こうにも、あの様子じゃ取り合ってくれなさそうだ。仕方なく、レオンに言われた通りに仲間を呼んでくることにした。

 オレは影の世界に行ってフリードとドラクを、ルージュはイアとエメラをそれぞれ呼び出しに行こうと、怪訝に思いながらも外へ飛び出した。





 ……冷んやりとした夜風が辺りに吹き抜ける。

 すっかり日が暮れて、空も星が散りばめられ、月が輝くその下に立つのは普段ならなんとも思わないが、今に限っては疑問しか湧かない。とりあえずレオンに言われた通りにイア達を呼び集めて来たものの、4人もオレらと同じく不思議そうに首を傾げるばかり。


「えっと……レオンさんに呼ばれたんですよね、僕達は?」


「今も何するか分からないんだけど……」


「悪いな。オレとルージュもレオンの意図はさっぱりだ」


 ここに来てからも戸惑いが隠せないフリードとドラクにそう言いながら、オレはやれやれと肩をすくめる。ルージュもどうしたらいいのかわからないと言いたげに、苦笑いしていた。


「アザは治ったんだよな? それで何かするってんなら早くして欲しいんだけど」


「うん。わたしも夕食の手伝いしなきゃいけないのに」


 なんて、急に呼びつけられたことに対してイアもエメラも不満顔。

 そりゃあ、レオンを苦しめていたアザが治ったことに対しては2人も喜んでくれたらしいが、それとこれとは話が別だ。夕食前だったり、やりたいことがあった中で呼びつけられたのだから当然なのだが。


「レオンが急にこんなこと言い出すなんて。……なんか嫌な予感しかしないわね」


 カーミラも顔をしかめて不安げだ。オレらに比べれば交流が深いカーミラがそう言うんだ、レオンが今からやろうとしていることが絶対ただでは済まないことは察せるが……。


「ふん、そう急かさずともすぐに始める。なるべく時間はかけないように努めるが……最終的にはお前達次第だな」


 と、何処に隠れていたのか、不意にレオンがオレらの目の前へふわりと降り立つ。その格好も、さっきまで取り払っていたマントを羽織り、それをなびかせながらレオンは不敵に笑う。

 最終的にはオレら次第だと、レオンは言った。じゃあなんだ、レオンはオレらに対して何を課そうというのか。


「レオン、今から一体何をするつもりなの?」


「……アザが無くなり、ようやく本来の力を出せるんだ。さらにお前達は先行きに不安があると、あの大精霊から持ちかけられた話からでも察せた。やることは一つしかあるまい?」


 それだけ言うと、レオンは急に飛び上がる。月をバックにマントをはためかせ、魔力を身体に纏うのは、まさに夜の王たる吸血鬼ヴァンパイアとしての姿。


「この僕が直々に稽古を付けてやる。当然、以前のようにはいかない……全力で抵抗して見せろ‼︎」


 闇をも切り裂くような、レオンの宣言が辺りに大きく響き渡る。


 ────夜に閉ざされた中庭で、レオンのその言葉によってオレらの目が一斉に驚愕で見開かれたことは言うまでもない。

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