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幻精鏡界録  作者: 月夜瑠璃
第10章 継承せしものーHoly night Romanceー
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第112話 若き夜の王(1)

 

 オスクのレオンとの取引も成立し、エメラに頼んでいた菓子を食べ終えるとオレらはイア達と別れて、ルージュの屋敷へと戻った。


 オレとオスクに、カーミラとレオン。そして屋敷で待機しているライヤとレシス。ルージュも含めて屋敷に滞在している人数はこれで7人……最初はルージュ一人だったというのに、この数ヶ月で随分と賑やかになったものだ。

 それでも、大人数なのはやはりルージュも嬉しいらしい。今まで一人暮らしだった反動故か、その表情は綻んでいる。今まで友人ですらどこか遠ざけがちだったルージュのその変化は、オレとしても嬉しいところではあるが。


「はい、ここが私が今暮らしてる屋敷だよ」


「ふん……随分と豪勢な屋敷だ。王族故か?」


「うん、まあ。一応姉さんの別荘だし」


 迷いの森を抜けてすぐに、ルージュは屋敷を指差してレオンに自分が普段過ごしている場所を紹介する。流石のレオンも、リアクションこそあまり起こさないものの、屋敷の大きさには素直に驚いている様子だ。

 カーミラの屋敷もかなりの大きさだが、ここの屋敷もそれに匹敵するくらい。流石は王族の別荘といったところか、そんじょそこらの民家とは規模が違いすぎる。

 まあ、レオンが一体どこに住んでいるのかは未だによくわからないのだが。


「それで、そのアザはいつ治せばいいのかな?」


「おい、吸血鬼。お前としてはどんな時間帯がいいわけ?」


「無論、夜だ。昼間だと吸血鬼の治癒能力も充分に発揮出来ない。ルージュに余計な負担をかけない意味でもな」


「えっ……心配してくれてるの?」


 全く予想もしてなかったレオンの言葉に、びっくりという表情を見せるルージュ。レオンはそんなルージュにぷいっと顔を背ける。


「お前には借りがある。それを返すまで余計なところで倒れて欲しくないだけだ」


「借り……? 寧ろ、私が助けてもらってばかりなんだけど」


「……わからないのなら、それでいい」


「うーん?」


 ルージュは首を傾げながら、とりあえずレオンの部屋の準備をと屋敷の鍵かけの呪文を外し、一足先に屋敷内へと戻っていった。

 準備が終わるまで、オレらは屋敷の入り口前で待つことに。その中で難しい顔をしながら突っ立っているレオンに、カーミラがからかうような笑みを向けた。


「ルージュにあんな言い方しなくてもいいのに。少しくらい、自分の気持ち伝えたら?」


「ふん、余計な世話だ。お前に僕の何がわかる」


「素直じゃないわね〜。ただ『ありがとう』の一言でも言ってあげればいいじゃない?」


「……言葉にしても意味がないことだってある」


 レオンのその言葉を聞いても、よくわからないと言いたげにカーミラは屋敷の扉を押し開けて、中に入っていった。

 言葉にしても意味ない、ね。確かに場合によっては言葉がただの言い訳でしか無くなり、行動でしか伝わらない時もあるだろうが、ルージュの場合はどうなんだか。ルージュはただでさえ鈍感だ、逆効果としか思えないような。


「カーミラの言うことも一理あるだろ。試しに一言でも礼を言ったらどうなんだ?」


「意味がないと言っただろう。それに、言葉にするだけじゃ足りない」


「ふーん。じゃあ、なんなのさ。そこまでお前がルージュに感じてる恩義って」


「────道を誤りかけた僕を引き戻してくれた。ただそれだけのことだ」


 レオンはオスクの質問に答えてすぐ、カーミラに続いてさっさと屋敷の中へ入ってしまった。

 投げやりな言い方ではあったが、その言葉には確かに感謝の気持ちが含まれていた。本人がそれだけと称するものでも、レオンにとってはそれだけルージュの行動が大きなものだったのだろう。『滅び』に利用された挙句捨てられて、自暴自棄になっていた自分の道を正してくれたということが。


「相変わらずよくわかんないな、あの吸血鬼は。不機嫌なんだか、そうじゃないんだか」


「お前も似たようなものだろ? レオンにとってはルージュの行動がそれだけ有り難かったってことだろうよ」


「へーえ?」


「ま、オレがレオンの本心を知るわけねえけど……自分がやるべきことを見出させてくれた相手には尚更なんだろうよ」


「……」


 オレが言ったことに何か思うところがあったのか、オスクはふと黙り込む。そんなオスクを他所に、オレも2人に続いて屋敷へと入る。

 ……その間、オスクは何も言わず黙ったままで。


「……やるべきことを見出させてくれた相手、ね」


 誰もいなくなったその場で、オスクは不意に呟く。その紅い瞳は、珍しく憂いを帯びて。


「僕もいい加減、何かするべきなのかなぁ。なあ……ティア」


 ────その呟きは、誰の耳に入ることもなく掻き消えた。





 時刻は夕方を過ぎ、すっかり日も沈んで辺りは暗闇に包まれ始める。

 空は鮮やかなオレンジから濃紺へと染まっていき、ぽつぽつと星の光も灯り始める。いよいよレオンが指定した時間が近づいてきている────そう予感させた。


「んじゃ、そろそろ始めるか。夜にしちゃ早いけど、とっとと治した方がいいっしょ?」


「う、うん……!」


 オスクの言葉にルージュも緊張気味で頷く。

 ルージュは早速ライヤの姿を自分に写し、精霊の姿となっている。精霊の姿になるのは慣れ始めているものの、今からするのはこの姿になってから初めて傷を治すということ。しかも対象は『滅び』から直接受けたアザということもあって、ルージュは今からでも落ち着かない様子だ。


 それでも、レオンのアザが無くなるのは本人としても助かるだろうし、オレらとしてもレオンを苦しめている元凶が消えるのはホッとする。

 それに遅かれ早かれ、オレとルージュが大精霊としての力を行使しなければならない時は来るだろう。時間制限がある訳じゃないから焦る必要は無いし、予行演習としても良い機会だ。


「ゴッドセプターはオレが預かってる。少しでも力が足りないと感じたらすぐに言え」


「うん、ありがとう」


『オレも一応手助けする準備はしておく。傷を治す能力じゃお前には劣るが、補助くらいは出来るからな』


「うん。レシスもありがとう」


『これでもお前の妹だ、助けるのは当然だろ?』


 そう言いながら、レシスはふてぶてしく笑って見せる。身体こそ透けているが、自分の半身が手助けしてくれるというなら安心だ。オレも出来る限りのことはしようと、王笏を握りしめている手の力を強めた。

 ルージュも、改めてレオンに向き直る。オスクから持ち掛けられた話ではあったが、これからの戦いで重要になってくるであろう取引と、レオンを苦しめている『滅び』の爪痕を消し去るということでルージュも真剣だ。

 レオン自身も、自らを蝕むアザに早く別れを告げたいといわんばかりに、早速ルージュの正面で待機していた。


「じゃあレオン、そのベッドに横になってくれる?」


「……わかった」


 レオンはルージュに言われるままにベッドの上に横たわる。そして、治す対象であるアザを晒そうと、貴族風の黒いブラウスのボタンをゆっくり外していった。


 ……レオンの色白の首周りに、黒い影を落とすかのように刻まれているアザ。その色は毒々しいまでの紫で、日焼けの一つも無い白い肌に侵食するが如く、そこに存在していた。

 以前、レオンの介抱をした時よりかは大きさは縮んでいる気がするが……その色は前見た時よりも濃くなっているように思えた。まるで、今この世界に『滅び』が侵攻していることを表すかのように。


「あ、改めて見ると痛々しいわね……」


「ああ。嫌悪感しか沸かねえな」


 カーミラもレオンのアザを見て、流石に同情するような視線を向けている。

 見るだけでそんな感想を抱かせるんだ、きっとレオンが今も受けている苦痛は想像を絶するものなんだろうな……。


「ふーん……微弱だけど、『滅び』の気配も確かに感じるな。こんな状態で今までよく耐えてこれたよ」


「痛みを感じるのはあくまで時折だが、耐えるのが楽だったと聞かれればそうではないな」


「その間ずっと苦しんでいたなんて、自分が情けなくなってくるわね……」


「やめろ。この忌々しいアザで貴様に己の無力さを痛感させることを望んだ訳じゃない」


「もう。心配してるんだから、こんな時くらい素直になればいいのに」


 相変わらず、レオンのカーミラに対しての嫌味は口が減らないが、その表情は少し和らいでいる気がする。まあ、眉間のシワが多少改善したという程度なんだが。

 それでも、ずっと表情を苦痛に歪めるよりかはマシだろう。表情に伴って、気持ちまで後ろ向きになれば治るものも治らない。


『とにかく始めるぞ。準備はいいか、ルージュ?』


「大丈夫。じゃあ……やるよ」


 ルージュはレシスに意思を示して、レオンと顔を見合わせて頷き合う。そしてレオンはベッドの上で身体の力を抜き、楽な姿勢を取った。

……いよいよレオンのアザを治すための治療が開始される。それを全員が感じ取り、この部屋を包む緊張感も一気に高まった。

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