第12話 空白の余波(1)
ルージュ達を案内した翌日、オレは久々に元々通っていた学校へと出向いた。
二週間ぶりの登校。久々というだけで、いつも通っていた道が何処か違って見える。しかし内心ではそれを楽しむ余裕なんか無く、周りが向けられるであろう視線が不安でいっぱいだった。二週間行方知らずのやつがいきなり平気な顔して戻ってきたら、奇異ものを見る目に晒されるに決まっている。
……そして、結論から言えばその予想は的中。校門を通り抜けるくらいならまだよかったものの、自分の学年の教室がある廊下を通った途端にオレに視線が集中した。驚きの声を浴びながら歩くというのは居心地が悪いったらありゃしない。
そして当然というべきか、オレが来たことを知ったらしい担任に早速呼びつけられた。
フリードとドラクも説明するためについて来てくれたが……3人がかりでも全てのことを説明出来る自信はない。向こうで色々ありすぎたし、そもそも担任が光の世界の存在を知っているか怪しい。なにせ帰る方法を探るのに王城へ行かなくては掴めなかったくらい、一般にはもうほとんど周知されていない情報なんだから。
とりあえず、これを乗り越えなければオレは『普通』の生活には戻れない。覚悟し、担任が待ち構えている職員待機室の扉を緊張しながらぐっと押し開けた。
「失礼します……」
扉が開く瞬間、まずはお決まりの挨拶をする。
そうして声には出したものの、ここにいる職員妖精全員には聞こえないだろうと自覚出来る程のかすれそうな声。もう帰りたいなんて気持ちが、声にはっきり表れてしまった。
それでもオレの担任である教師には聞こえたらしい。その声を頼りにオレの姿を視界に捉え、自分のもとまで来るよう指示した。
オレも渋々という感じでそこへ向かうが……その足取りは酷く重い。行きたくない、そんな気持ちがやっとここまで来たというのに勝っていることが嫌でもわかった。
「……呼び出された理由はわかってますね?」
「……はい」
それでもようやく担任のもとへ辿り着いたオレは一言だけ漏らす。……正直、敬語は堅苦しくて苦手だ。
神妙な面持ちで椅子に腰掛ける担任の女妖精を前に立たされているオレ。さっきから緊張感に晒されるオレには実際には数分程度の時間でも数十分に感じられた。
担任の女教師はオレの姿を確認した途端、様々な方向から観察したり、肩をぽんぽんと軽く叩いて異常がないか確かめたりしていた。その動作の後、オレが返事をすると同時に険しかった表情がふっと緩んだ。
「ああ良かった……無事なんですね。皆で心配していましたが、本当に戻ってきてくれてよかった……!」
「あの……訳は」
「いいんです。詳しい状況なんて、話したくないでしょう。それじゃあ鬱陶しく思うでしょうから」
「……」
担任はオレの気持ちを見透かしたように言う。
流石は担任、と言ったところか。オレが言いにくそうにしていることを察してくれた。それでも、言いたくないという感情は表情にも出ていたのかもしれないが。
「校長には学年の教師陣で言い訳しておきます。集会とか言ったらあなたは嫌がるでしょうからね」
「……ありがとうございます」
「よかったね、ルーザさん!」
「正直、どう説明しようかと……」
ドラクはそう明るく言うのに対してフリードは力が抜けたように笑う。あれだけどう説明するか緊張していたんだ、オレもへなへなと力が抜ける。
とりあえず担任だけはなんとかなったようだ。昨日まで散々頭を悩ませていただけあって、その反動も大きいもの。オレら3人は悩みの種から解放されて、昨日までの疲労が今更になってどっと襲ってきた。
「あ、代わりと言ってはなんですが……」
担任は一冊の魔法書をドンッと机に置く。革描写の、そこそこに分厚い本。最近ずっと登校していなかったオレでも、その魔法書が先日から授業で使用されているものだということはすぐに気付いた。
まさかとは思うが……
「……二週間分の課題です。これだけの量だと成績落ちちゃいますから」
「早速プレゼントかよ……」
脱力感に口調も素が出た。心配されていたと思いきやこれだ。どんな表情をすればいいのかわからず、頰が引きつる。
しかしやらないと授業をすっぽかした分の埋め合わせも出来ない。やるしかないな……。
担任のくれぐれも無茶はしないように、という言葉を軽く聞き流してその場を後にした。宿題は同じく二週間までと言われたが……。
「えっと……」
廊下を歩きながら魔法書のページをペラペラめくる。指定された箇所を見たところ、魔法の基礎事項と、少々の応用だ。さほど難しくもない、これだけなら3日もあれば充分片付く。
唯一、魔法薬の調合だけは材料を揃えたり、調合したりと面倒だが。
「ルーザさん、大変だね……。僕にできることがあれば手伝おうか?」
「いいや、魔法の基礎事項だ。なんともねえよ」
「それならよかったです。でも、困ることがあったらなんでも言ってください」
その言葉通り、プリントと魔法書の指定のページのものは問題ないことは嘘じゃないんだが、一つ問題なのは何でもいいから魔法薬を一種類作れというもの。魔法薬は材料を揃えなきゃ出来ない、薬だって原料がなければ作ることなんて無理な話だ。
帰りに王都の専門店に寄るか。その前に授業を受けなければならないが……、不安はまだ残っている。周りの生徒と教師の反応だ。担任は納得してくれたが、全体の理解を得るのはまだ時間がかかるだろう。
やはりというべきか、周りの反応は鬱陶しいものだった。クラスメートには色々小突かれるだの、授業担当の教師達には驚かれてお決まりの心配していただの。正直、これだけ首を突っ込まれるのも煩わしくてたまらない。
心配していたのは確かだろうが……。無事なら無事で、それでいいだろ。仮に事故だったらその時のことなんて話したくないだろうに。
そんな文句を胸の内にしまい込む。オレは今日一日中、物陰に隠れるように過ごしていた。




