第110話 節目を迎え(1)
……周りからガヤガヤとした賑やかな声が聞こえてくる。
古びた木製の床に、長い歳月を経て黒ずんだこれまた木製の壁。その二つに囲われた中で机が並べられたこの場所は、光の世界にあるルージュ達が通う学校内。そこでこの前の旅行から妖精の姿に戻ったオレ、ルーザは椅子に腰掛けてあることを待っていた。
周囲の妖精達は担任から渡される紙を見てガッツポーズをしたり、肩を落として落胆するなど、それぞれのリアクションを見せる。それもそのはず、現在この教室で行われているのはオレらにとって節目を迎えるにあたっての重要な行事なのだから。
「よし。じゃあ次、ルヴェルザ」
「……っ!」
不意に自分の名前を呼ばれ、緊張感から反射的に身体が強張る。
自分が思うに大丈夫だとは思うのだが……それは結果を見るまでわからない。ドキドキと鼓動が早くなるのを感じながら、オレは一歩一歩担任が待つ教卓へと歩いていく。
「よく頑張ったな。最高評価まではあと一歩だったけど、充分な成績だぞ」
「ん、てことは……」
「ああ、かなりいい成績だ。総合的にもそれなりの評価が付く筈さ」
そうにこやかに話す担任に言われるまま、手渡された紙に視線を落とすとそこには『A』という文字がでかでかと書かれていた。
それを目にした途端……オレは安心感から肩の力が抜けて、ホッと息をつく。
「……ふう」
そう、これはテスト結果の返却中というわけだ。
冬休みの手前、先日行われた期末試験。オレは人数の都合から、ルージュ達と一緒になってこの光の世界での学校でテストを受けた。いつもとは違う場所、今学期は『滅び』のこともあって止むを得ず休むこともあったものの……なんとかいい成績でパスすることが出来たようだ。
オレらの学校じゃ、成績は『A+』から『D』までの十段階の評価が振り分けられる。最低評価である『D』ともなれば当然落第、冬休み返上の補習を受けなくてはならないのだが、その心配は無し。オレはAだから最高の『A+』の下、上から二番目の成績ということだ。
担任が言うには最高評価まであと少しだったようだ。ここまで来ると取れなかったのが若干悔しくもあるが、終わってしまったものは仕方ない。次頑張るしかないな。
そう思いながら自分の席に戻った途端、横からひょこっと覗き込んでくる気配が一つ。
「へえ〜! ルーザって意外と成績いいんだね!」
「失礼だな……オレだって勉強ぐらいするっての。あと、勝手に他人のテスト結果覗くんじゃねえよ」
御構い無しとばかりに、堂々と他人の成績を覗き込むエメラ。オレが抗議しても友達だからいいじゃん、と開き直っていることに異議を唱える意味でも睨みを利かせてたしなめる。
そして悪くはないとはいえ、これ以上自分の成績を晒してなるものかと、オレは成績表を机の中に引っ込めた。
「えー、隠しちゃうの? 結構いい成績なんだから、恥ずかしがることないのに」
「ふん、オレの勝手だ。大体こんなに覗いておいて、お前の成績も見せないと釣り合わないだろうが」
「ふっふーん、見て驚かないでよね!」
じゃーん! と自分で効果音を付け、エメラは自身の成績表を見せつけてくる。
……そこには、あろうことか『A+』の文字が。つまりは最高評価、これ以上ない好成績ということ。そしてそれは、オレがエメラに負けたということも示していて。
「……カンニングでもしたか?」
「ひっどーい! ちゃんと勉強して取った成績なんだもん、少しは褒めてよー!」
そんな好成績を取っているエメラが信じられず、素直に認められないオレの言葉にエメラはぷりぷりと怒る。
いつも菓子作りばかりの砂糖バカとでも思っていたのだが、それ以外にも取り柄はあったようで。褒めたら褒めたで調子に乗ることが目に見えるために、まあ……良かったんじゃねえのと、心の中だけで褒めておいた。
「エメラさん、頭良いんですね。凄いです」
「えっへへ〜、わたし実技は駄目だから、筆記で稼いでるの!」
……と、フリードに今度こそ真っ直ぐ褒められてエメラはご満悦。さっきまでの不満そうな表情は何処へやら、頰が緩みきってすごく嬉しそうにしている。
が、そういいつつも、その前に広げられているフリードの成績表にも『A+』の文字が。真面目なフリードのことだ、きっと遠出している最中にもしっかり勉強していたのだろう。
「うーん、みんな凄いなぁ。僕ももう少しやっておけば良かったかな」
ドラクは頭を掻きながら、残念そうに成績表を見せてくる。
……『B+』か。大体中の上の成績だから悪くはない結果なのだが、その一つ上のA-になれば成績良好と言われる部類だ。あと少しでそれを逃してしまっただけに、ドラクがそう思うのも無理はない。
「惜しかったね、ドラク。後で間違えたところ教えようか?」
「うん、助かるよ。ちゃんと復習もしないとね」
そうして、ドラクは早速フリードに見直しの約束を取り付けていた。オレも間違いは少しあったし……後でオレも頼むとするか。
その間にもテスト返却はどんどん進み、周りにも結果を見て一喜一憂する声が聞こえてくる。オレらのような影の世界の生徒も数人混ざっているとはいえど、元々少人数のクラス。オレらの学校じゃ倍の時間かかる作業も、半分の時間で済んでいく。
そして一人、また一人と成績表が手渡され……とうとう最後の一人となる。
「よし、じゃあ次。イア!」
「げっ⁉︎」
なんて、担任に名前を呼ばれただけなのに、椅子から飛び上がって転びそうになるイア。この学校はただでさえボロいってのにそんなことをするものだから、椅子の脚が床に当たってミシッと嫌な音が響く。
どう見ても嫌がっているようなその反応。……絶対あいつ、まともに勉強してなかったな。
そうして、ただ教卓で待つ担任の元に行くだけだというのに、イアは両手両足を同時に動かすカクカクとしたおかしな歩き方で進んでいき。ようやく教卓に辿り着いた時なんかガチガチに緊張していて、まるでネジが切れかけのカラクリ人形のよう。
そして、担任から恐る恐る成績表を受け取り……
「……よっしゃあ! 補習は免れたぜー!」
「こら、喜べる成績じゃないだろ!」
「あいたっ⁉︎」
どんな成績までかはわからないが、決して良くないらしいのに補習は免れて喜ぶイアに、すかさず担任の拳という制裁が頭に落とされる。
お仕置きされたというのに、全く反省の色を見せないイア。冬休みが潰されなくなったからか、やけにいい笑顔で席に戻っていく。
その表紙にめくれたイアの成績表には『C』の文字が踊っている。下から三番目の成績……成る程、お世辞にも良いとはいえないな。
「お前……もうちょっと勉強しろよ」
「いいじゃねーか! オレは実技一筋なんだ、その証拠にほらこれ!」
イアはオレの言葉に反論するが如く、実技試験の成績表をビシッと見せつけてくる。確かにその言葉通り、そこには『A+』の文字が確かに刻まれていた。
いや、実技は良くても、筆記がズタボロじゃ駄目だろ……。
「後で卒業できなくなっても知らねえからな」
「ちぇっ、自分が良かったからっていびんなくてもいいじゃんか!」
「お前が努力すればいい話だろうが……」
「イア君、良かったら間違えたところ教えますよ。少しずつでもわからないところを無くしていけば、来学期からでも巻き返せますから」
「マジで⁉︎ 頼むぜ、フリード!」
そんなフリードの提案に、イアは大袈裟なくらいに喜ぶ。全く、フリードも優しすぎるものだ。
「これで全員なわけ? いい加減、飽きてきたんだけど」
「……ふわふわしてるお前に言われる筋合いもないっての」
……と、見学もとい、相変わらず休暇気分で学校を覗きに来ていたオスクをたしなめる。
学校の生徒じゃない、完全に見学に来ているオスクには当然テストも無し。事前にそれを伝えておいたのに付いて来たのだから、文句も言える筈がないのにこの言いよう。いつものことながら、マイペースな大精霊にオレはやれやれと肩をすくめる。
良くも悪くもいつもの日常に元通りだ。先日までドタバタしていたものだから、それ自体はオレにとっても嬉しいことではあったが。




