Re:紅い月に照らされて(3)
あたしとレオンとの戦いは熾烈を極めた。
でも────はっきり言って状況は最悪。一進一退に行き着くどころか、防戦一方で押されっぱなし。今のところ足でなんとかふらつく身体を支えてはいるものの、ジリジリと後退しているのが嫌でもわかる。
ルーザ達もルージュを介抱した後に加勢してきてくれたけど、あまり効果なし。というのも、あたしとレオンとの距離が近すぎて間に割って入ることが難しく、魔法で援護しようとしてもあたしまで被弾してしまうから。
しかも、レオンはどういうわけか吸血鬼の弱点である流水での足止めが効かなかった。弱点も無いだなんて反則レベルだ。あたしはそのことに動揺を隠しきれなくて、それが戦いにも影響してしまった。
「う、ううっ!」
ガンガン、と剣がぶつかる度にあたしはどんどんレオンに押されていく。
あたしはどちらかというと魔法の方が得意だ。剣の扱いも護身用にと、お父様から一応習ってはいたけど嗜み程度であまり積極的にはやってなかった。よもや、そのツケが今になって回ってきてしまうなんて。
おまけに相手が男というのもあたしを不利にさせている要素の一つ。力の差はどうしようもなく、あたしは剣でレオンの攻撃を相殺するのが精一杯だ。
ただひたすら、目の前にいるレオンを視界に捉えることが精一杯で、それ以外は盲目だった。ふらふらな足取りで、ガクガクと震える腕を「屋敷を守る」という目的意識だけで支えきっているのが現状で。
だから────あたしの首を今にも斬ろうとしていたレオンの剣に気づけなかった。
「────‼︎ カーミラ、しゃがめっ!」
「きゃあっ⁉︎」
だけど、それがあたしに当たることは無かった。後ろから突然、剣をかわすよう行動を指示されて。
間一髪……ギリギリで、あたしはレオンの剣を避けることができた。行き場を失った剣があたしの頭上すれすれを切り裂いて、ヒュッと風を切る。
後ろにいた、ルーザが指示してくれなければ確実にあたしの首はやられてた。それを理解したのは、レオンが舌打ちしつつ次の攻撃を仕掛けようとしている時になってからだった。
「あ、ありがと……。助かったわ……」
「礼なら後にしろ。次が来るぞ!」
「────‼︎」
呑気にお礼を言っている余裕すら無かった。ルーザのその言葉であたしはすぐさまレオンに視線を戻し、再び迫っていた剣を避ける。
今は攻撃出来そうにない、それはあたしにもすぐにわかった。この瞬間だってそう……かわすので手一杯で、剣を振るう余裕がないから。
「斬撃を目で追え! 視界にさえ入っていればお前ならかわすことは容易い!」
「わ、わかったわ!」
「一回終わったからって油断するな。次を予測して確実にかわせ!」
「ええ!」
「おのれ……小賢しい真似を!」
ルーザの指示は的確だった。離れたところからだというのにレオンの剣筋を素早く見抜き、あたしに対して取るべき行動を指示して。ルーザの指示を聞いていく内に、自分の動きが良くなっていることも自覚できる程にまで。
まずは避けることに専念しようという意図が言葉にしなくても伝わる。いつか出来るであろう好機のために、あたしはレオンの斬撃を目で追いかけて必死に避けていった。
「今度は癖まで見ておけ。それを全てわかればもう当たりはしないぞ」
「や、やってみるわ!」
「敵から目を離すな。一瞬でも視界から外れれば死ぬと思え!」
「し、死ぬ⁉︎ それは言い過ぎでしょ……」
「バカヤロ。さっき実際そうなりかけただろ。レオンが目の前からいなくなれば、首持ってかれるぜ!」
「ひいっ! それは嫌!」
ルーザは指で首を切るような仕草をして見せる。自分の首が吹っ飛ぶなんて真っ平御免だ。こんな状況では冗談だとしても恐ろしくて、あたしはみっともなく転げ回ってレオンの攻撃から逃れた。
……吸血鬼は首を切られたところで再生は容易いことは、すっかり忘れていた。
でも、ルーザのおかげでレオンの攻撃はしばらくする内に見切れるようになってきた。
一発当たれば終わり、そう自分自身にプレッシャーをかけることでレオンが次に仕掛けてくるところを予想するようにもなったから。ルーザに言われた通り、レオンの癖まで注意深く観察している内に、レオンが斬りつけようとしている箇所に視線が先に向くということがわかって。
癖までわかってしまえばもうこっちのもの。レオンの剣だけならもう当たらないという自信すら湧いてくる。
「今度は攻撃だ。敵をよく見て剣を振るえ! バランスをしっかり保って斬撃にズレが無いようにしろ!」
「はい!」
「ぐっ、お、おのれ……!」
あたしの未熟な剣捌きでは、レオンに深手を負わせられるまでにはいかなかった。浅く傷が入り、それが瞬く間に修復していく。
でも、あたしは諦めない。どんなに未熟でも、あたしだって屋敷を守りたいという強い気持ちがある。それだけは、ルーザ達に負けないという自信があった。
滅茶苦茶でも、がむしゃらでも。曖昧で、乱雑な扱い方だけど。屋敷を、お父様を守るんだという決意の元で、あたしは剣を振るっていく。
次が駄目なら、その次に。その次が駄目なら、またその次に。それでも駄目なら、また次を。次に、次に、次に……次、次、次。当たらなくても構わない、いつか当たって、決定的な一撃となればそれでいいから。傷が再生しても、積み重なることで消耗していけばそれでいいから。レオンに確かなダメージを入れるべく、あたしはひたすら剣を振るった。
その後にルーザは吸血鬼は血を吸った相手の情報を共有することを逆手に取った戦法と、仲間全員で総攻撃を仕掛けてさらにレオンを追い詰めた。そこに回復したルージュも加わって、満身創痍になるまでにダメージを与えて。
「あなたの負けよ、レオン。……『ブラッディ・ファンタズマ』‼︎」
ルーザとルージュが先に放ってくれた魔法に、あたしもそれに合わせて全力で力を注ぎ込む。
未熟でなまくらな刃でも、強い想いを託したその攻撃はレオンを……その身体に纏わり付いていた影を吹き飛ばした────
「や、った……‼︎」
……勝てた。それを実感した途端、あたしはその場に脱力した。守れたという安心感と達成感、疲労が同時に押し寄せたために元々ふらふらだった身体を支えきれなかった。
でも、自分より遥かに強かったレオンに勝つことが出来た。ルーザ達の力無しでは無理だったけれど……それでも嬉しくて仕方なかった。そう、あたしは誰に聞かれることもなく静かに、それでもはっきりとその勝利を噛みしめた。
今のあたしには、レオンを突き動かしていたものはわからなかった。何か、この世界を脅かしているものだとは説明されたけど、いくら言葉を並べられても理解できなかったから。
────ましてや、世界が消えてしまうかもしれないなんて……とても信じられなかった。
「悪いな、巻き込んじまって」
レオンから話を聞くために、とりあえずレオンを介抱しようとした後。廊下を歩いている時に、ルーザは申し訳なさそうに謝ってきた。
もちろん、ルーザが思うような悲観的な感情はあたしは抱いていない。それを否定しようと、あたしはすぐさま首を振る。
「いいのよ。あたしだって助けて貰ったんだし、気にしてないわ。それにレオンのことも……何か知ってるみたいだから、話聞いて少しでも力になりたいの」
「……意味わからんだろ、『滅び』なんて。世界が消えるなんてこと、オレだって実感湧かないし」
「まあ、そりゃあ世界が消えちゃうなんて、最初は脅かそうとしてるのかと思ったけど」
でも、それは嘘じゃない。ルーザ達の表情を見ていればそれはすぐにわかること。話をしていた時のルーザの顔……あれは、嘘をついてる表情じゃない。
世界が消えちゃうなんて、実感が無くても普通に怖い筈。そんな得体の知れないものに立ち向かっているのだから、少しでも協力したい。それは助けて貰った身であるあたしには、当然の恩返しだと思うから。
それが『友達』なら、尚更のことよね?
「は、友達? 何言ってんだよ、お前は」
「あ、ごめんなさい。出しゃばったこと言っちゃって」
「バカヤロ、もうオレらは仲間だってことだよ。そんな言葉で片付けられる程、表面的な関係じゃなくなったと思うんだが?」
「────!」
仲間だと、そう言われた。
初めてだった、そんなこと言われたのは。あたしは吸血鬼────仲良くなろうとしても、絶対に何処か避けられてしまうから。自分から話しかけても逃げられてしまうことが多くて、友達と呼べる相手すらいるか怪しかったのに。
ルーザは……友達どころか、仲間だと認めてくれた。それがどんなに嬉しかったかなんて、言うまでもない程で。
「ほら、どうしたんだよ。仲間なら遅れんなよな」
「……え、ええ! すぐ行くわ!」
ボーッとしていて空いてしまった距離を、あたしは駆け足ですぐさま詰めた。辛いことがあった後で、これから不安がありそうな空気だというのに、あたしの足取りは軽かった。
これが、始まり。今のあたしの原点である出来事。これから先、みんなと一緒にもっと素敵なことが起こるだろう……そんな期待がこの時からあった。
これから先、どんなことが起こるのか。それはあたしにはわからない。それでも、嫌な予感ばかりじゃない。きっとそれは希望に満ち溢れているものだと、はっきり言える。いつかルーザ達と別れてしまうことになっても、仲間ならまた会えると信じて。
それは、あたしも予期しない形で実現したのだけど……
────それはまた別の話。




