Re:紅い月に照らされて(2)
「お前はッ……⁉︎」
「やーね、別にかじったりなんかしないわよ。あたしカーミラ。あなたは?」
あたしが助けた妖精は吸血鬼が見慣れていないのか、大分警戒している様子だ。起きたばかりだというのに警戒心からだろうか、一瞬で調子を取り戻したその子は立ち上がると同時に大きな鎌をあたしに向けてきた。
でも、あたしは本当に襲うつもりはないのだから、その意思を示していればいずれは相手にもその気持ちが伝わる筈。そう思って名乗りながら愛想良くにこにこして見せると予想通り警戒を解いてくれたらしく、やがてその子は鎌を下ろしてくれた。
「……ルヴェルザ。ルーザと呼ばれている」
ルーザと、その子は名乗ってくれた。やっぱり泥棒なんかじゃないらしく、以降はもうあたしに敵意を見せなくなっていた。
その子は素っ気ない感じでちょっぴり無愛想だけど、悪い子じゃない。最初は警戒心剥き出しだったけど、あたしが吸血鬼とわかっていても撃退しようとしてこなかったのがその証拠だ。
……いい友達になれそう! そんな気持ちがあたしの中で大きく膨らんだ。
「そう。よろしくお願いするわ、ルーザ。お客様だもの、歓迎しなくちゃね」
そう挨拶しつつ、あたしはまたにっこりと笑う。
久々のお客様だ、今日は数ヶ月ぶりにお父様以外の相手とお喋りも楽しめそう────そんな期待を胸に抱いて。
ルーザはやはり、吸血鬼に用があるとのことでこの屋敷を訪れたことを教えてくれた。屋敷に入って仲間と手分けして住人を探していたところ、その途中ではぐれてしまったようで。そこであたしがルーザのことを発見した、というわけのよう。
お客様の来訪を伝えるベルを鳴らさないまま入ったものだから、あたしも気づかなかったのがさっきの不審な物音の理由。それがわかっていたらあたしも余計な警戒しなくて済んだのだけど……ベルの位置がわかりにくいのはあたしもわかっているから、まあ仕方ない。
「チッ、気絶していた間に大分距離が空いたか……」
「あたしも追いかけている途中では見かけなかったわね。玄関と反対側を調べてみましょ」
「……ああ」
ルーザは自分のことより、はぐれた友達のことを心配している様子。やっぱり根は優しい子なんだな、と思う。
そんな暗い気分を紛らすため、あたしとルーザはお互いのことを話しながら、はぐれた友達の捜索をし始めた。
「お前は……本当に吸血鬼、なんだよな?」
「ええ、そうよ。ここにコウモリの羽があるし、牙だってちゃんと持ってるもの」
「いや、まあそれは見て分かるが。目の前にオレっていう恰好の獲物がいるってのに、襲わねえんだなって思ってよ」
「だって……嫌いなんだもの、血」
「……は? お前、吸血鬼だろ? 血を吸って生きる種族だろうが」
「嫌よ! 金属食べてるみたいじゃない!」
「鉄分入っているんだから当たり前だろ……」
「だ、誰にだって嫌いなものはあるわ!」
そう言い訳しても、ルーザはやれやれとばかりに肩をすくめて訝しげな視線を送られている。ルーザの方が背は断然低いのに、なんだか見下されてるみたいでちょっとムッとする。
だって、あんな錆臭くてドロドロしたものを飲む方がどうかしてる。それに、血が流れるなんて見ているだけでも気分は良くないのだから、それを口に含むだけで真っ平お断り。
だけど、あたしだって曲がりなりにも吸血鬼。血が嫌いでも吸血鬼としての本能には逆らえず、血を飲まなければ吸血衝動というか、発作というか、吸血鬼にとっての風邪に悩ませられる。そんな時にはトマトジュースを飲んで、鉄分はレバーを食べるとかして誤魔化して、今までなんとか凌いでいる。
どうせなら精霊よりで生まれたかったわ……なんて思った時もあったけど。それはお父様に失礼だから、いつもその考えは口に出す前に引っ込めていた。
「まあ、かじられる心配がないのはわかったが……お前には吸血鬼としてのプライドはないのかよ」
「あるわよ! ……ほんのちょっと」
「無いに等しいだろ、それじゃあ」
「むぅ。じゃあなんでルーザはワイン蔵で気絶してたの?」
「……お前には関係ない」
「ケチ!」
あたしが文句を言っても、ルーザは全く取り合ってくれない。「ケチで結構」なんて、あたしがいくら挑発しても軽く流されてしまった。
でも、やっぱりこの方が楽しい。今までお父様以外での話し相手もろくにいなかったから、お喋りが楽しめるのが余計に嬉しくて。ましてや女の子なんて今まで来た試しがあったかわからないくらいに滅多に来ないから、よりこの瞬間が特別なものに思わせる。
ルーザ達の用事が果たせても、もう少しいてもらおうかな……なんて気持ちすら湧いてくる。
だって、あたしだって寂しいんだもの。
……ただ、そんな穏やかな時間は長くは続かなかった。
あれから屋敷中を歩き回り、ルーザの友達全員となんとか合流出来て、ルーザ達の用事である火山への登山許可をお父様に貰うまでは良かったのだけど。その後すぐに、別の吸血鬼が屋敷を襲いに来てしまったから。
「お父様は眠らなくちゃいけないから動けない。だから……あたしがやらなきゃ!」
あたしがそう口にしたのはごく自然なことだった。
お父様は病気の身。動こうとしても満足に動けないのが現状、無理に動いても後から倍になってその報いが返ってきてしまうから。
あたし一人だけでも。そう思って、ルーザ達はここに留まってもらうように頼むつもりだった。なのに、
「カーミラ、気配が何処からのものかわかるか?」
「え? まあ、そりゃあわかるけど」
「ならさっさと案内してくれ。ソイツを追い返すぞ」
「えっ、いいの⁉︎ お客様にそんな……」
あたしのそんな気持ちに反してその子達は迷わず、あたしに協力を申し出た。
あたしより小さいのに。種族だって、そんなに強い部類でもないのに。でもその子達はあたしよりはるかに心が強かった。すごく、頼もしかった。
だけど、襲ってきた吸血鬼────レオンは、その子達を標的にした。多対一は卑怯だからと、その子達に噛み付いて眷属にして。
あたしはその子達に協力してもらおうとしたその行動を悔いた。吸血鬼が他の種族を眷属にして従える、それは当たり前のこと……予想出来たことだったのに、防げなくて。
でも、ルーザは諦めなかった。友達が敵に回ってしまっても、一番近くにいたルージュという子に剣を向けられても、決して。
友達と対峙して動揺しても、戦いになった時は素早く気持ちを切り替えて友達を確実にレオンの支配から解放していった。時間はかかったけれど、最後にルージュも助けて戻ってきて。他の子達も傷つけられて怖い筈なのに、怯えた様子は一切見せなかった。
────本当に、強い。それを身をもって知った。吸血鬼とか妖精とか関係ない、絆という繋がりで一緒に立ち向かうルーザは、友達達は、あたしよりもずっと強かった。
「あたしも……!」
負けてられない。自分の気持ちに、レオンに。怖がってなんかいられない、お父様も……ルーザ達を今度はあたしが助けるために。
そう思うより先に、あたしは剣の切っ先をレオンに向けていた。
「ほう……我と戦うというのか? 吸血鬼の小娘が」
「ええ、やるわよ。これは、あたしとの戦いでもあるんだから」
「フン、貴様のような我より遥かに低年齢な奴如きに何が出来るのか、見ものだな」
「年齢なんて関係ないでしょ。それに……なにか変よ、あなた」
さっきから何か言い表せないものを感じていた。レオンの周囲を纏わり付く、魔力以外のそれに。
なんだかねっとりとしているような……ドス黒くて気持ち悪いモノ。明らかに吸血鬼のものじゃないし、レオンはそれを使役するどころか逆に蝕まれているように見える。
「……ッ、貴様には関係ない。屋敷を守りたくば、精々足掻くんだな!」
「……ねえ、苦しいならはっきり言いなさいよ。屋敷を襲いに来たのだって、もしかして……!」
「煩い、黙れ‼︎」
────!
それ以上は聞けなかった。あたしの言葉の何かが逆鱗に触れてしまったのか、レオンは半ばヤケになって呪文を詠唱してきたから。
吸血鬼の呪詛が、あたしに容赦なく襲いかかる。まだこれは避けられる……あたしは剣をしっかり握りしめて、飛び退いてレオンの攻撃をかわした。
「もう、容赦しないわよ! あたしはお父様を、屋敷を守らなくちゃならないんだから!」
「……フン、この屋敷なんて……『声』さえなければどうでもいいというのに……」
レオンが何か呟いたようだけど、感情がいつの間にか高ぶってあたしの耳には入らなかった。
でも、それで良かった。それを聞いたら揺らいでしまう、勝てたらゆっくり聞けるのだから。
あたしはそう思いながら剣を構え直して、あたしにとって初めての吸血鬼同士の戦いに挑んだ────




