sub.暁や 雪華たゆたふ 神隠し3/3(1)
……ドタバタと大地を踏み荒らす音が近づいてくる。
もう無視できるような音の大きさじゃなかった。村に迫って来ているという魔物の大群の足音は、すぐ傍にいるんじゃないかと錯覚しそうな程の大きな轟音で。
村の住民達も、今までフユキに向けていた警戒心は一瞬で魔物へと向けられていて。さっきも気まずい雰囲気だったけれど、今はそれ以上。周りのそんな空気に押されてか、フユキも涙がピタッと止まっていた。
「くそっ、このままじゃ村は壊滅だ……!」
「とりあえず、女子供は隠れてろ。なんとか男達で食い止めるぞ!」
男妖精達にそう言われて、とりあえず子供と女性は魔物がやって来ている山とは反対方向へ避難に、男妖精達は鍬や斧など武器になりそうなものを掻き集めて魔物を追い払う体勢を整えて、撃退に向かっていった。
けれど、相手は魔物の大群。それを村の妖精達だけで迎え撃てるかは微妙なところだ。ましてや、剣などに比べれば威力は劣る農具だけで撃退することなんて。
私も一応、愛用の剣をカバンにしまっている。だけど、私一人で村を守りきるなんてそんなこと……自信なんて、一欠片もない。
「魔物が現れたぞー!」
「……っ!」
考える猶予さえ魔物は与えてくれなかった。その知らせ通り、ここからはまだぼんやりとしか視認出来ないけれど、魔物が村を囲っている柵を乗り越えて来ているのが確認できる。
イノシシのような見た目の、鋭い牙を持つ見るからに獰猛そうな獣型の魔物。一匹自体はそんなに大きくないものの、大きな群れを成しているせいで、外見の何十倍もの大きさに錯覚しそうだ。
そしてその魔物は村へと侵入し……群れから千切れた一匹が、まだこの場に残っていた小さな少女妖精のところへ一直線に向かってくる。
「きゃっ⁉︎」
「あ、危ない!」
おばさん妖精が声を上げたけど、間に合わない。少女は驚いた拍子に腰を抜かしてしまったらしく、尻餅をついて怯えた様子で後退りするばかり。
抵抗する術もなく、逃げることすら満足にいかず。魔物はそのまま、少女に向かってきて────
「え、えいっ!」
……が、魔物の攻撃は寸前のところで止められた。フユキが放った、大きなつららによって少女への攻撃は食い止められていた。
「大丈夫?」
「う、うん……」
少女は何が起こったのかわからないとばかりに、その光景をぽかんと見ていた。
近づくなと遠ざけた、種族が違うからと軽蔑していた妖に助けられたことが信じられないのだろう。その証拠に少女だけじゃなく、おばさん妖精や他の子供達もフユキの行動に驚いていた。
「なんで……たすけてくれたの?」
「え? だって……いやだもん。だれかが傷つくなんて、そんなのいやだ」
「……」
フユキがそう言っても、少女はまだ状況が飲み込みきれていないように呆気にとられていた。けれど、さっきまでの馬鹿にしたような眼差しはすっかり消え去っているのがわかる。
……フユキに対しての心情に変化が生じている。だけど、それを喜んでいる暇はなさそうだ。少女に向かってきた一匹の魔物こそ退けられたけど、群れ自体をなんとか出来たわけじゃないのだから。
もう迷ってる暇はない。大群を退けられるかはわからないけど、私だって今まで散々強大な敵と対峙してきた。今更魔物の大群なんて、どうってことない。
だけどこのままじゃ動きづらいし、借り物である着物を汚したりなんかしたら一大事だ。かんざしも、あまり頑丈には見えないから壊れてしまう可能性が拭いきれない。そう考えて、私は早着替えの魔法でカバンにしまってあったいつもの黒のローブに腕を通した。普段の格好をそのまま反映させたから、髪飾りもいつもの月の髪飾りとなっている。
「これで、良しと……」
「あ、あんた……何する気なんだい?」
「魔物を食い止めてきます。恩返しになるかはわかりませんけど、お世話になった分のお礼くらいはしたいですから」
「そんな、無茶よ! あんな大群、この村の男全員でかかっても太刀打ち出来るかわからないのに!」
「ご心配ありがとうございます。でも、これでも多少は戦い慣れていますから。……『リュミエーラ』!」
さっきと同様に、群れから千切れてこの集団に突進を食らわそうとしていた魔物に向かって私は光を浴びせて吹っ飛ばす。その様子を目の当たりにして、後ろにいた子供達や、おばさんや歳上の女性も驚きに目を見開くのがわかった。
だけど、やっぱり大量の魔物を相手するのは一人じゃ厳しいかも。ここは一緒に戦ってくれる相手も必要だ。
「フユキも戦えそう?」
「う、うん! お母さんからやり方、教えてもらってた」
「じゃあフユキはここに残って。みなさんはさっきの指示通り、こことは反対側へ避難してください」
「え、ええ……」
戸惑いながらも、おばさんが子供達の手を引いて、歳上の女性も子供達を励ましながらその場所へと向かおうとした。
だけどその時、さっきの少女が避難しようというおばさんの腕を一度振り払う。そして、何かを訴えるようにフユキの着物の裾を軽く引っ張った。
「えっ、なあに?」
「……まけないでね。ぜったい、かってね!」
「……!」
少女はそういった。か細い声だったけれど、確かにフユキに対して「勝ってね」と……応援する言葉を口にした。
フユキもまさかそんなことをいわれるとは思わず、呆気に取られながら今度こそ避難していく少女の後ろ姿を見据えるばかり。だけど、その頰には赤い色が差して何処か嬉しそうだった。
「……なんで、応援してくれたんだろう。さっきまでちかづくなって、いわれたのに」
「百聞は一見にしかずって言葉、知ってる?」
「え? う、うん」
「つまりはそういうことじゃないかな。私の友達も言ってたんだ、状況を変えたいなら自分の行動で示せ、って」
「ぼくの、行動で……?」
「うん。一緒に魔物を追い払おう。そうしたら、フユキは村の妖精達に悪さなんかしないってこと、証明できるかもしれない」
「……うん!」
フユキはただ純粋に村の妖精達と仲良くしたいと願っているだけだ。妖は悪さをする……そんな固定観念に囚われて、前に踏み出すことすら許されないなんてそんなの間違っている。
だけど、それを簡単には取り除けないのもまた事実。いくら頭で理解しようと、昔から言い伝えられてきたことを否定するのは難しい。
……だからこそ、いつかルーザが言ったように自分の行動で示して、証明するしかないんだから。




