sub.暁や 雪華たゆたふ 神隠し1/3(2)
鳥居を潜った先は深い森だった。月明かりさえ遮る木々が生い茂り、夜ということも相待って、中は漆黒の闇に閉ざされていた。
それでも私は灯りを灯せるカンテラ魔法を使って行く先を照らし、地面の足跡を確かめて、音を頼りにあの子供の後を追った。
子供一人にここまで深追いするのはおかしいのかもしれない。けど、理由がどうあれあんなところに一人うずくまっているのは気になる。もうここまで来てしまったんだ、今更引き返したくない。
「こっち、かな」
幸い足跡がしっかり残っているから、これを目印にして進めば子供にも追いつける。
……と、思っていたらいつの間にか森を抜けていた。そして、その出口の近くにあの子供がまたうずくまっていた。
「えぐ、ふぇっ……」
どうやら子供は泣いているようだった。うずくまっているせいで顔までは確認出来ないけれど、その小さな身体は小刻みに震えていた。
「え、えっと、次は……?」
追いかけてきたはいいけど、その後どうするか考えていなかった。泣いてるなんて余程のことがあったんだろうし、下手なことは出来ない。
落ち着くまで待ってる? でもそれじゃあいつまで経っても状況は変わらないし……よし!
「大丈夫?」
「……っ!」
勇気を出して、声をかけてみる。子供は突如かけられた声にビクッと身体を震わせた。
幼さがある丸い顔立ちに、潤いが感じられる水色の大きな瞳と雪のような真っ白な髪を持つ、見た目では十にも満たなさそうな男の子だった。白い着物に身を包み、小さな身体には不釣り合いな、大きな青い頭巾のようなものを被っていた。
「ひぐっ……お姉ちゃん、だぁれ……?」
「私はルジェリア。ルージュって呼ばれてるけど、何かあったの?」
「ひっく……ふぇ、えぐ……」
何か悲しいことがあったのか尋ねてみるけど、まだ話せる状態ではないらしい。ボロボロ溢れる涙を拭う、まだ震えていた身体を抱えている子供を少しでも落ち着かせようと、強張った小さな背中をさすってあげた。
それがちょっとは効果があったのだろうか。子供は震える声で、それでも確かに言葉を紡いでくれ始めた。
「ぼく……『フユキ』。ゆきおんなの子供」
「ゆきおんな……雪女? って、何かな?」
「ゆきをふらせる妖……」
「妖だったんだ。じゃあ、どうして泣いてるの?」
「いっぱいけが、しちゃって痛かったから。友だち作りたかっただけなのに、妖はあっちいけって……誰も近づいてくれないの」
「……そっか」
恐らく、このフユキが行った場所では妖精や精霊達と妖が共存出来ていないのだろう。
イブキとモミジさんが暮らしている地域ですら、妖との諍いが大分終息していたとしても、まだ妖達は大っぴらに街を歩けないようで、カグヤさんの御殿がある竹やぶなどに身を潜めている。それだけ、両者の関係は一筋縄ではいかないものなんだ。
フユキは本当に友達が欲しかっただけなのだろう。それなのに邪険にされ、その後に何か酷い目に遭わされたに違いない。でなきゃこんなに涙を零す筈がないもの。
「いやなことはされるけど、さびしいの。友だち、どうしてもほしくて……」
「……強いね、君は」
「お姉ちゃん?」
私は思わずフユキに腕を回し、抱きしめていた。
嫌な目に遭っても、友達が欲しいと思える。それは私からすれば凄いことだった。辛い思いをして、塞ぎ込んで、始めはエメラ達にさえその手を振り払った私なんかと違って、フユキはずっと強かった。
私に出来ることは少ない。それでも私という存在で少しでもその傷を塞げるのなら。出来る限りのことはしなくちゃいけない。
「じゃあ、私が友達になってあげる。それじゃ、駄目かな?」
「……っ! いいの?」
「もちろん。嫌だなんて言わないよ、これでも妖の知り合いが沢山いるから」
……うん、嘘は言ってない。カグヤさんのとこの玉兎達は友達という認識はないかもしれないけど、少なくとも険悪ではないし。玉藻前は……敵じゃないという程度だけど。
それでもその言葉が後押しになったらしい。フユキは涙が止まり、縋るように私を見上げて瞳をじっと見据えてきた。
「ほんとに、いいの? ぼく、妖なのに?」
「いいんだよ。友達に種族なんて関係ないもの。私が君の友達の一人目になりたいから」
「……っ、お姉ちゃん、ありがとう!」
フユキはそういいながら、私に思いっきり飛び付いてきた。また涙を溢してはいるけど……それは決して悲しみから来るものじゃない、嬉しさから来る涙だった。
雪女の息子だけあってその身体はひんやりしていたけれど、ふわふわと優しく降り注ぐ雪の如く、何処か暖かみもある気がした。私もそんなフユキを再び抱きしめる。
私から友達になりたいと初めて願い出た、記念すべき相手。それもこんなに傷ついている見た目は幼い少年。私はどうしてもフユキのことを放っておけそうになかった。
「……よし」
……決めた。フユキの友達を作るための手助けをするんだ。私のそんな決心は満点の星空の下で、声に出さなくても確かに刻みつけた。
────今までの私の行いの、贖罪のためにも。




