sub.シーサイド・パニック(2)★
「……っと。ハハッ、楽勝楽勝!」
……噂をすればなんとやら。オスクは満足げに海から、ざばっと派手な音を立てながら出てきた。
誰に自慢するのかもわからない、ドヤ顔のような満足感に満ちた表情で。眩しい日差しを浴びながら、海の中で突いたであろう一匹の立派な魚を銛で貫きながら携えていた。
そして、獲ってきたばかりの魚をこれまた何処で調達したのかわからない木の串を刺して、手前に突き刺していた愛用の大剣を器用に魚の表面に滑らせ、なにやら切れ込みを入れている。
「ほら、退屈そうなお前にプレゼント」
「は?」
オスクにそう言われながら、目の前に何か突き出された。
さっきオスクが串に刺していた魚だ。しかも、いつの間に焼いたのか、魚にはもうこんがりとした焼き色がついていた。程よく焼き焦げた匂いと潮の香りが合わさっているせいか、余計美味そうに見える。
「は、いや。なんでいきなり」
「これよりでかいのは結構獲れたし、そんな雑魚いらないから。食べて処分しておいてくんない?」
「他人を便利なゴミ箱みたいに使いやがって……」
だが、そう言いつつも小腹がすいていたのは確か。突き出された魚の芳ばしい匂いが鼻をつき、食欲をそそられる。
まあ……これだけならいいか。オスクがせっかく焼いてくれたんだし。
そう思って素直にとはいかないが、オスクから魚を受け取る。そうして、まだ獲り足りないらしいオスクは獲った魚をオレに預け、銛を担いで再び海に飛び込んでいった。
「ま、貰ったものだし、いただくとするか」
そうしてオレはその魚を見据えて早速ひとかじり。
────が。その直後、違和感が。
「しょっぱ⁉︎」
……は? あいつ、何入れやがった?
魚は普通だ。獲れたてだからか、味も淡白で生臭くなく、魚の味としては美味い部類に入るのだが……問題はその味付け。この世のものとは思えない程に塩辛すぎる。
海から獲ってきたばかりのものを塩焼きにしたせいか? いや、それを含めたとしてもしょっぱすぎるだろ、これは……。
嫌がらせとも取れるが、オスクからは悪意は感じなかったし、言い方はあんなでも親切心から渡してくれたんだろう。ってことは、この味付けは素からのものということで。
「普段何食ってたんだよ、あいつ……」
そんなオスクの料理の腕に今更ながらそんな疑問が湧いてくる。
今でこそ、まともなものを食べているというのにオスクは味覚が狂ってるようだ。よくもまあ、こんなものばかり食べてた食生活で成り立っていたな……。
オスクには悪いが、とても食えたものじゃない。そこらへんに放り投げて、フナムシにでも食ってもらうか?
「ったく。……ん?」
波打ち際にでも投げようとしたその時、浜に一本の看板が立てられていることに気づいた。
「『大型魔物 出没注意‼︎』……?」
その看板にはでかでかと赤い文字でそんな注意喚起がされていた。看板の素材の木を見る辺り、潮風が直撃しているにも関わらず、あまり傷んでいるように見えないことから最近設置されたもののようだ。
オレは周りを見渡してみる。
さっきと変わらず、誰もいない。それどころか割といいビーチだというのに、足跡もないから最近は誰も踏み入れていないようだ。
そしてこの看板……。誰もいない理由は、もしかしたら。
「おい、オスク。ここはやめた方がいい……って、うわっ⁉︎」
「ん? なんだ、いたのか。まあ、今はそれどころじゃないかもだけどっ!」
……と、言い終わらない内にオスクが海から飛び出してきた。しかも、やけに慌てたように海から出た途端、走ってオレのもとまで来る。
「いやー、参った参った。変なもの見つけちゃってな」
「はあ? 変なもの……って」
……オレはそう言われて海を見据えたことを後悔した。そこには、馬鹿でかい影が目の前にそびえていたのだから。
鱗に覆われた長い長い緑色の胴体に、ドラゴンのような頭部。魚のようなヒレも見えるが、そんな見た目からして魚でないことは一目瞭然。
そして極め付けはオレの頭くらいあるんじゃないかと思う程の鋭い牙。それをギラつかせながら、縦筋の入った目をギョロリと動かし、オレらを視界に捉えてきた。
「まっさかこんなご時世に『シーサーペント』なんて大物に出くわすとはなぁ? ラッキーなもんじゃん」
「んな呑気なこといってる場合か⁉︎ 今、鎌だって持ってきてないんだぞ!」
ふざけているのか、誤魔化しているのか、なんでだかこんな状況を前にしてケラケラ笑い飛ばすオスクにオレは思わず怒鳴る。
そう、オレは海に遊びに行くだけだからと愛用の鎌を持ってきていなかった。こんな観光地でもあるビーチなら、魔物もいないだろうと思っていたのに。その考えの甘さのツケがここにきて出てきてしまうとは。
しかも今の服装は露出は極力抑えているといえど、この水着。装備としてははっきり言って最悪だ。
オスクは魚をさばくためなのか大剣は持ち合わせているものの、ざっと見てオレらの十倍はありそうなデカブツをたった一人で相手にできるとは到底思えない。
くそっ、どうしたら……⁉︎
「馬鹿正直に真っ正面から突っ込んで勝てるわけないっしょ。ひとまず逃げろ!」
「ええい、くそっ!」
オスクのいうことは最もだった。このまま突っ込んでもやられるだけだと、オレとオスクは海とは丁度反対方向にある椰子の木が並び立つ木陰と茂みの中に転がり込んだ。




