sub.シーサイド・パニック(1)★
夏用に描いたイラストを挿絵として使って書いた番外編・その1です。
本編時間軸は無視してますが、9章までの設定で書いているので、ネタバレ等ご注意ください。
……ザザーッ、と波が引いていく音が響く。
強い日差し、白い砂浜、キラキラと輝く青い海。それだけ見れば絵になるような常夏のビーチ。今は他の妖精や精霊もおらず、これら全てを独り占め出来るという今だけの特権。
そんな誰もが羨むような景色とどこまでも広がる青空の下だというのに……その場にいる一人の精霊はため息が止まらない。
「いや、なんだよこの状況……」
それを目の前にするオレ、ルーザは再びでかいため息をつく。
……事の発端はというと。ここ最近は何かとドタバタしていたがそれも終わり、今日含めて2、3日は珍しく予定が空いたんだ。
だが休みとはいえ、したいことがあるかといえばそうではなく。予定が無いなら無いで暇を持て余すのも悪くはないのだが、家でゴロゴロしているのも性に合わず。どうしたものかと悩んでいた時、ルージュがとある提案を持ちかけてきた。
……『良い機会だし、海に行ってみない?』と。
オレは生まれ……はどこかは知らんが、少なくとも育ちは山に囲まれた内陸部のシャドーラル王国。周りは山だらけだから余程のことが無い限り海は見たことがないし、ついでに言うと泳いだのもいつかシールト公国に向かう途中でやったきりだ。
そんな生活だったために、ミラーアイランドに来たばかりの頃は海を見て少しばかり興奮しないでもなかった。とはいえ、その時は水着も持ち合わせてなかったために見るだけに留まったのだが、それを知っていたルージュがせっかくの機会だからと提案してくれたという訳だ。
それをどこからか聞きつけたクリスタもオレのためにと水着を用意してくれて。オレも2人が用意してくれたからと柄にも無く気持ちだけ少しはしゃいでいたのだが……
「……なんでお前と2人きりになってんだよ」
「知るかっての。ルージュにでも聞けば?」
オレの隣に立つその相手────オスクもやれやれとばかりに肩をすくめる。
今、オレはなんでだかオスクと2人きりでビーチにいる状況というわけで。別にオスクといるのは苦痛じゃないんだが……オレとオスクの関係を自分でもよくわかっているだけに、不安しかない。
……オレとオスクは出会ったばかりの頃こそ、馬が合わずに何かと衝突することが多かった。だが少々の差異はあれど、オレとオスクは何かと性根が似ていることから、今思えばあれは一種の同族嫌悪だったのだろう。
しかし、それも過去のこと。今も小突き合うことがあるが、お互いに自分なりのやり方で信頼を寄せ、戦いの時も言葉を交わさなくても連携が取れるようになってきた……が、それはルージュという存在がいてこそだ。
今でも些細なことで小競り合いをするオレとオスクの仲を取り持つのは、もっぱらルージュの役目だった。ルージュも愚痴を零しつつも、なんだかんだでオレら2人の言い争いを止めてくれる。考えてみれば、オレとオスクが仲直りできたのもルージュのおかげだったような。
ところが、今日ルージュは急遽城で執務を片付けなくてはいけなくなったらしく、後から遅れてくるとのことで。そんな理由で今、ルージュがここにはいないというこの状況。オレだってなるべく喧嘩しないように努めるが……正直不安だ。
「大体、なんでこんなにがらがらなんだよ。ビーチっていったらもっと賑わってる筈だろうが」
「それこそ僕が知るわけないっしょ? 確かにここがルージュに指示された場所なんだし、ルージュが人気ないところ選んだだけだろ」
本当にそうなのだろうか。何故かはわからんが、変に嫌な予感がする……。
島国ということ、海も綺麗ということもあってミラーアイランドは様々な場所が観光地にもなっている。だからこんなビーチに誰もいないというのはおかしい気がするんだが。
「まあ、僕の知ったことじゃないね。じゃあ早速」
「おい待て、どこ行く気だよ?」
「海に決まってるっしょ? 腹減ったから食料突いてくる」
なんて、何処で調達したのかオスクの手には立派な銛が一本握られていた。それを器用にくるりと回し、そしてそのまま海に迷うことなく飛び込んでいってしまった。
なんというか。大精霊が水着姿で泳いでいるというのも中々凄い図なのだが……。
てか、食料って。まるで当たり前のように魚を突けるなんて言い方だが、そう上手くいくものか? そりゃあ、オスクがオレらと出会う前はサバイバル生活していたことは知ってるが、銛で魚なんか突いた試しなど無いだろうに。
「はあ……ったく、どうするか」
そんなオスクを後ろから見据えるが、なんとなく海で泳ぐ気になれない。天気も波の状態も申し分ないのだが、何か引っかかって明るい気分になりきれなかった。
オスクも海に行ってしまったし、喧嘩する不安こそもう無いが、ルージュが来る気配もまだ無いし。とりあえず景色でも見て気を紛らわせるか……。
とはいえこのかんかん照りだ。さっきからジリジリと肌を炙ってくるし、あまり日焼けもしたくない。直射日光を避けるため、オレは木陰近くへ避難した。
「ふう……」
腰を下ろし、一息つく。日差しが少し遮られるだけで心が安らぐ気がした。
何処か強張っていた身体も緊張から解放されて、頰を撫でる風が心地いい。左側に一つにまとめた髪がふわりと揺れて、涼しさを醸し出す。さっきからなんだか落ち着かなかったこともあり、ようやくリラックス出来た気がした。
せっかくだからと慣れるために精霊の身体になってみたが、やっぱりまだ違和感がある。身体の動かし方は問題ないが、いつもの視界が急に高くなるのは戸惑うところだ。
「ま、回数を重ねてくしかねえな」
まだ自分の正体を知ってから日が浅い。今は不慣れなのは当然のこと、これから徐々に身体を慣らしていくしかない。
「てか、あいつどこ行った?」
不意にオスクが今どうしているのか気になった。
溺れてる様子は無かったし、泳ぎも特に問題ないのだろうが、潜って魚を突いているせいかさっきから姿を見ていない。
ドジを踏むような奴じゃないが、下手に沖に向かってなきゃいいんだが……




