第107話 唄え、踊り狂え(3)
「クク、アハハハッ! どうするの、このままじゃお前ごと全員まとめて消し炭だけど。まあ、2、3人吹き飛んだところで傷つく奴なんていやしないだろうけれど……」
「……ッ‼︎ も、もう……もうこんなことやめてよ、ルージュ! ルージュだってこんなことしたくないでしょ⁉︎」
「……やめる? それってこういうこと?」
エメラの悲痛な叫びも、裏には届かない。それどころかにたりと冷たい笑いを深めると、瘴気をさらに注ぎ込んで刃の重みをさらに強めてきた。
当然、オレの鎌はただでさえギリギリだったというのに、さらに力を込められて折れる寸前まで消耗させられていく。身体も徐々に抵抗力を失い、オレは片膝をつく状態を強いられた。
「ぐっ、テメエ!」
「……無茶苦茶じゃん。もう周りとかどうなってもいいのかよ」
オスクはまだ余裕があるのか、表情こそしかめているものだが、オレに比べるとまだ抑える力は残っているようだ。
それに対してオレは限界が近い。オスクはオレが倒れないようにカバーしてくれているが、オレが先にダウンすればそれも無駄。オスクも巻き込まれて、2人一緒に吹き飛ばされて終わりだ。
「……いいか、これは私が背負わされたもの。お前達現実が『表』に課したもの。お前達の罪、その身を持って償え……!」」
裏はさらに瘴気を注ぎ込む。限界まで膨れ上がった瘴気の刃は鎌に、大剣に全ての威力を押し付けて……とうとう鎌を弾き上げた。
……ッ! しまっ────
「ぐあっ⁉︎」
防ぐものが無くなり、障害を失った瘴気の刃がオレに直撃する。
裏の狂気に満ちたその刃はオレが立っていた地面をえぐり、身体を叩きつける。そしてオレは身動きが取れないところを、氷の壁ごと仲間が待機していた場所へと投げ出された。
「ルーザさんっ!」
「おい、大丈夫か⁉︎」
「ぐ、くそ……なんだよ、これ」
首を絞められ、息が詰まり、胸を鷲掴みにされたような圧迫感と衝撃が一気に襲いかかる。ダメージは確かに食らっているというのに、痛みはまるで感じない。痛覚がもぎ取られてしまったようで、余計に恐怖が駆り立てられた。
……息が荒い。冷や汗が止まらない。これじゃああの時の……いや、それ以上に酷い有様だ。これがルージュが、裏が現実に裏切られて課されたというものだというのか。
それに、オレが負ったものはそれだけではなかった。
「ル、ルーザ? どうかしたの?」
「足が……動かない……」
「ええ⁉︎」
カーミラとエメラがオレの言葉に驚いてオレの足を見る。
……そう、足がさっきからピクリとも動かない。何度も何度も動け動けと命令を送っているのに、凍りついたように足の刻は止められていた。
詳しくはわからないが、さっきの攻撃で足に絶命の力を流し込まれたらしい。まるで足が自分のものじゃないようなそんな感覚に、恐怖しか感じない。
足が動かなくては、もう戦えないも同然。身体もズタボロで立つことすらままならない。もう、どうしようも……。
「────ったく、毎度世話かけさせて。尻拭いする身にもなれっての」
「……っ!」
そんな時、声がこの場所にやけに響いた。
いつものように余裕をかまして、小馬鹿にして……それでも何処かでオレらを案じている、そんな声が。
そして、その声の主はあんな攻撃を食らった直後だというのに、まだ余裕と言わんばかりに無様に地面に這いつくばるオレと、オレを心配そうに取り囲む仲間の横を通り過ぎ、その前で仁王立ち。たった一人で全部守れるとでも宣言するように、強固な意思がそこにあることが背中越しでも伝わってくる。
「まさか、お前一人でやるつもりかよ。いくらなんでも無茶だろ……オスク!」
その声の主……オスクは今、裏とたった一人で対峙している。あの狂気騒動でも2人掛かりでやっとだった相手だ、一人でなんとかしようなんて無茶にも程がある。
「うっさいな。じゃあお前はそんな状態でどうするってのさ。使い物にならない足引きずってでもやるつもり? 正直そんなお前じゃ足手まといなんだけど」
「……ッ」
足手まとい、そう断言された。
確かにオレの状態はそれ以外の何物でもない。だが、それがわかっていても正面から言われると悔しくて仕方ないんだ。
オレはアイツの、『ルージュ』の妹だ。だからオレがなんとかしたい気持ちはあるのに、その意思に反して身体は動いてくれなくて。標的は目の前だというのに何も出来ないもどかしさ、それは屈辱でしかないんだ。
「あのさあ。僕はお前らのこと任されてる、いわば保護者なんだけど。お前らがボロボロになったら責任負わされるのは僕の方。お前はお前の行いのせいで、僕が一生他の大精霊から後ろ指差されていいとでも言うんだ?」
「……それは」
「だったら大人しくしてなっての。僕がしっかり落とし前着けてやる。僕だって歳上のプライドがある。たまにはカッコつけさせてもらわなきゃ気が収まらないんでね」
……けなしながらも、どこか優しさがあるような気がした。
オスクのことは正面からは言わないが、信用しているし、信頼も置いている。今まで全部は話してくれることはなくとも、話せないながらにオレとルージュを見守るために裏で色々苦労をかけていた。
今は不完全だとしても、オスクの大精霊としての実力はオレとルージュよりずっと上だろう。だが、それが裏に通じるかどうかはわからない。
「……たった一人で向かってくるつもり? さっきも退屈だったのに、とうとうやられる覚悟ができたとでも?」
「勝手にほざいてなよ。『お前』のことは正直大っ嫌いだけど、ほっとくわけにもいかないんだよ。さっさと『お前』を眠らせてルージュを返してくれないと、なぁ?」
「……雑魚が。その生意気な口と癪に障る顔をすぐにでも絶望で染めてやる……!」
「出来るものならやってみれば? どうせ無理だけどね。僕は闇だ、何色にも染まらない。ホントは『アイツ』の時までとっておきたかったけど、せっかくだから見せてやるよ。お前がくだらないとかいってる理由で捨てたやつをな!」
オスクは大剣を振るい、目の前の狂気に宣戦布告する。
────そしてここに、狂気と異端者の戦いの、今改めてその幕が切って落とされた。




