第107話 唄え、踊り狂え(2)
「『カタストロフィ』!」
鎌から放った衝撃波は裏という標的に向かって飛んでいく。災厄の如く威力を孕んだそれは、オレの気持ちに呼応するかのように周囲の空気さえ切り裂いた。……が、
「……『絶』」
裏が衝撃波におもむろに向かって手をかざす。
途端に……今にも裏に命中しようとしていた衝撃波がバチンッ! と、鋭い音を響かせて、衝撃波は跡形もなく霧散してしまった。
「なっ……」
「ふうん、この程度? 対を成す存在だっていうのに、随分期待外れだね」
……全てを絶ち、無へと返す『絶命』の力。それは命でなくても関係ない、術者と魔力での繋がりを持つ魔法さえ例外でないらしい。繋がりという線があるものは裏に全て絶ち切れる対象なのか。
簡単には済まないことも覚悟していたが……いきなりこれでは先行きが不安になる。
「だからつまらないんだよね。昼間のもあくびが出る程に退屈だったし……結局は遊びにもならないか」
しかも昼間の、あんなに苦労して助け出したアルヴィスとのことも、裏には遊び以下の認識しかないらしい。
アルヴィスに対して親身になっていたルージュの気持ちをドブに捨てるようなその言動に、オレは感じたことのない憤りを覚える。『滅び』に向けるものとも違う、嫌悪のような感情がみるみる内に湧き上がっていった。
「このっ……『カタストロフィ』‼︎」
その気持ちをぶつけるかのように、半ばヤケになって再び鎌を振るう。さっきと変わらない、同じ魔法を放って。
「懲りないなぁ……『絶』」
そして裏も、さっきと変わらず衝撃波を絶ち切る。
……だが、衝撃波に関してはさっきと全て同じというわけじゃない。
「……そらよっ!」
「……!」
衝撃波が霧散する瞬間、オスクがそこから飛び出してきて裏に向かって大剣を力強く振り下ろす。
これは流石に予期していなかったのだろう、裏は斬撃をもろに浴びて後退した。
「ハハッ! 流石のお前もゼロ距離の物理は防ぎきれないか。そっちの方こそこの程度なわけ?」
「……っ」
そのまま返すとばかりにオスクは裏を挑発する。だが裏は大したリアクションは見せず、オスクを静かに睨むのみ。
……あんな視線、『ルージュ』なら絶対見せないというのに。
「────フ、アハハッ!」
が、裏は突如として笑い出す。
意味もわからず、ただ笑う光景を見せられるのは狂気しか感じない。そんな予想しなかった裏の行動に、オレもオスクも一瞬頰が強張った。
「こんなかすり傷にもならない弱い攻撃で勝ったつもり? やっぱり不完全な不良品でしかないね」
「なんだとっ……!」
「お前達にも教えてやるよ、『私』が押し付けられた絶望はこんなものじゃないって……『滅』‼︎」
────‼︎
反応で危険を感じ取り、オレとオスクはその場から咄嗟に飛び退く。そして次の瞬間……オレとオスクが立っていた地面には魔法でやられたとは思えない程、見る影もなく崩壊した。
音があった筈だった。大地がメキメキと悲鳴をあげて、壊れる音が。だがそこにあったのは無音の世界。オレの耳には足元が崩れる音が何一つ届かなかった。
「これじゃあまるで……!」
……あの時と同じだ。ルージュが狂気に呑まれた、今までで一番最悪と言っていいその出来事と。
いや、裏が直接手を下したこれは、最早それをも上回っているかもしれないが。何にせよ、当たればただでは済まない。
「アハハッ! 少し壊した程度で驚いちゃって。先に後ろの雑魚を消した方が面白いかなぁ?」
「……ッ! させるか!」
裏が不意にオレとオスクから後ろに下がっている仲間を標的を変えたことで、咄嗟にあいつらの前に立ってオレとオスクは防御の体勢を取る。
そして次の瞬間には裏は身体を覆う瘴気を巨大な刃として容赦無く放ってきた。
「ぐ……こ、のっ……!」
鎌で何とか相殺するが、瘴気の刃はすぐに消滅してくれなかった。形が一瞬崩れたとしても再び形を取り直し、間髪入れずに鎌にかける重量を上げてくる。
息つく間もない。力がすり減り、鎌を持つ手はガクガク震え始めて。当たらなくても力では押されて、オレらの身体はどんどん後退していく。
「ル、ルーザさん、オスクさん!」
「おいおい、持つのかよ⁉︎」
「力が強過ぎます! このままじゃ割れるどころか、壁ごと吹き飛んじゃいます……!」
氷の壁越しでドラクやイア、仲間の心配そうな声が響いてくる。フリードも氷の壁を形成するのに必死になっているようだが、直接食らってなくても攻撃によって生まれてる衝撃波にやられているらしい。背後からミシミシと嫌な音が聞こえ始めて、ピキッ……と小さなヒビまで入り出した。
このままじゃオレとオスクはおろか、後ろも無事ではいられない……そんな予感が嫌でも脳裏をよぎった。




