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幻精鏡界録  作者: 月夜瑠璃
第1章 光の旋律
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第1話 日常(2)

 

「つ、疲れた……」


 授業の後、約束通りエメラ考案の新メニューを味見し、それから服を見るだけなら良かったものの……当然ながらそれでは済まなかった。

 エメラは私の静止も虚しく、大量の服をまるで着せかえ人形のように服を取っ替え引っ替えあてまくられる始末。そんな状態が2時間続き、日が沈み始める時にようやく解放された。

 全力で拒否したおかげで無理矢理買わされるのだけは防げたけれど、自分が乗り気じゃないことだったから疲労が尋常じゃない。


「おい、大丈夫か?」


「なんとか……」


  くたくたになっている私を見て、一緒に帰っていたイアがそう気を遣ってくれた。

 友達として付き合ってくれるのは嬉しいけど、少しは手加減して欲しいのが本心だ。本人の趣味に付き合わされているのはこっちなんだから。


「もうっ、服なんてそう沢山買う必要ないのに。静かに本読んでた方がまだ有意義に過ごせたよ……」


「知識ばっかの箱入りは嫌だったんじゃなかったのか?」


「別にいいでしょ、疲れるし」


 私はイアにむうっと頰を膨らませて見せた。

 イアといえば男の子だからと、ファッションのことはあまり興味無いようで。でも巻き込まれたくないからと、エメラの暴走っぷりを苦笑しながら眺めていただけなのだから薄情なものだ。


「まあそう怒るなよ。別にルージュみたいな女がいてもおかしくないしな」


「それ、励ましてる? まるで私みたいなのが珍しいみたいな言い方じゃないの……」


「励ましだって」


「そうかな……」


「まあ、いいじゃんか。それよりいつものとこ、行くのか?」


「うん、そのつもり」


 私はもちろん、と大きく頷く。

 イアの言ういつものところ……私が行くのを日課にしている場所へ迷わず真っ直ぐ向かう。


 その場所とは町外れにある聖なる鏡……ダイヤモンドミラーと言われている巨大な鏡がある泉。鏡を金で豪華に装飾され、光を反射せずとも自分からいつもぼんやりと光を浴びているように見える……そんな聖なると言われるに相応しい鏡だ。

 その鏡の周囲には小さな泉があって、その中央に鏡は鎮座している。ここにいると落ち着くから、という理由で泉に来るのが私の日課にもなっていた。


「ホントルージュってここ来るの好きだよな」


「うん。落ち着くんだ、ここにいると」


「まぁ、その気持ちは分かるけどよ」


 そんな会話をしながら、鏡の中を覗き込む。

 鏡は普通の鏡らしく、その銀に輝く板で私の顔を映すのみ。聖なる鏡、なんて大袈裟な肩書きがあることもこうしていると忘れかけてしまうくらいに、至って普通の光景だ。


 本では異世界に繋がっているとか書いてあったけなと……不意にそんなことを思い出した。

 だけど、それはあくまで噂だし、その本を読んだ時も本当かは疑わしかったのを思い出す。まさかな、と思って鏡から顔を離した。


 ────その時、鏡の中でヒュッと何か影が通ったように見えた。


「えっ」


「うん、どうした?」


「その……鏡の中に何かいたような気がして。何かの影が横切ったみたいに……」


「気のせいじゃねえか? オレは何も見えてなかったし。それにこれも、変なところに置かれてやたら豪華なただの鏡だぜ」


「それってもうただの、って言えないんじゃ。でもさっき確かに何か見えたんだけど……うーん、でも今見ても何もないなぁ」


 なんだかやけに気になってしまう。普通なら見間違い、で済む話なのに私は鏡から目を離せなかった。何故なのかは自分でもよくわからないけれど。

 鏡の中をしばらく覗き込んだけれど、やっぱり何事もなかったかのように普通の鏡と変わらず、私の顔を静かに写しているだけ。イアの言う通り、やっぱり見間違いだったらしい。もう日暮れも近いし……いつまでもこうしてないでそろそろ帰らなきゃ。


「じゃあな」


「うん、また明日」


 そんな挨拶を交わしながらイアと別れた。屋敷に帰るため、私は迷いの森の中に入っていき、正しい道順を辿って森を抜けた。


「……ふぅ」


 やがて屋敷に着き、エメラのおかげで疲れた身体を椅子に下ろすとやっと一息つけた。それからお茶で一服した後に学校から出された課題を終わらせ、夕食を済ませることに。


 ……一人暮らしなためになんの会話もない静かな食事。誰と言葉を交わすこともなく、ひたすらフォークやスプーンで食事を口に運び、食べ終われば皿を洗うだけの作業。

 そしておやすみという挨拶を交わすこともなく、一人で静かに寝付く。でも別に寂しいとは思わなかった。元々一人でいることも多かったし、一人暮らし自体は気ままでこれはこれで楽しく思っていたから。


 これが当たり前だって思っていた生活。特に何の変哲もない普通の日常。

 しかし明日、その日を境に私の生活は激変した。あの『出会い』を起点に、平穏と呼べる日常の歯車はゆっくりと、それでも確かに狂っていった。





 ────これより語るは、世界に迫りくる災厄に立ち向かう一行の、出会いと旅路の物語。

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