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幻精鏡界録  作者: 月夜瑠璃
第9章 精霊を統べし風ーFairy queenー
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第105話 風よ、我が主よ(1)

 

「え。な、なにっ……⁉︎」


 突如として鋭い痛みに弾かれ、ハッと我に返る。

 晴れる闇、溢れかえる様々な音、光に溢れる視界。今までそれらが全く無かった暗闇の世界から、私は一気に現実へと引き戻された。


「いま、の……こえ」


 レオン、なの?

 虚無に沈みそうな時に、不意に聞こえたその声の相手。この場にはいない、でも確かにあの声はプライドが高くて、無愛想だけど助けてくれた吸血鬼。

 名を口にしたかったのに、声が出ない。まるで言葉を忘れてしまったかのように、思考と動作が追い付かなくて。それでもぼんやりしていた頭も徐々に鮮明になっていき……みんなが、私を心配そうに覗き込んでいる光景が目の前に広がった。


「よかったぁ……無事なんだね、ルージュ!」


「お、おい、平気か⁉︎ どこも悪くないよな⁉︎」


「う、……ぁ……」


「お前ら煩い。とりあえず落ち着いて黙れ」


 慌てるみんなとは対照的に、オスクだけは私の置かれた状況をすぐに察したのか、みんなをその一言で一喝。

 みんなが静かになったところを見計らい、動揺からまだ上手く声が出せないでいる私に、オスクは顔を近づけ覗き込んできた。いつもの余裕をかました雰囲気は一切なく、真剣な態度で。


「何があった……とはもう聞かなくてもわかることではあるけどさ」


「どぉ……ぃう……?」


「とりあえずお前の懐にあるそれ、何?」


「……っ!」


 オスクは私のローブに付いているポケットを指差した。

 指摘された途端、失われていた感覚がみるみる内に蘇ってくる。そこから何か熱いものを感じて、私は慌てて『それ』を取り出した。


 ……白く濁ったような色をした、何かの結晶石。レオンにお守りだ、と渡された木箱の中に収められていたそれ。元は正八面体であった結晶石からはほんのり温かい熱を感じるけれど、今はその形が失われて、結晶石は真っ二つに割れていた。

 さっきの、割れたような音はもしかしてこれが?


「こ、れ……って」


「貴女、それは?」


「ぁ……え、と」


「見せてみろ」


 尋ねてくるベアトリクスさんになんとか説明しようと口を開く直前、オスクは結晶石を半ば強引にひったくる。

 そしてその真っ二つに割れた結晶石をまじまじと観察し、やがて何かに気づいたように眉をひそめた。


「お前、これどこで手に入れた?」


「え? レオン、から……」


「レオン? ああ、あの吸血鬼か。……ふーん、まあそれなら多少は納得がいくか」


「おい、一人で納得するなよ。だいたい、さっきルージュに何が起こったってんだ」


 一人でどんどん話を進めていくオスクにルーザはたまらず口を挟んだ。

 ルーザがそう言うのも無理はない。オスクは私に起こったことも、レオンが渡してくれた結晶石の効力も全てわかってしまったかのようにぶつぶつと呟いている。他の私達は完全に置いてけぼり、私も暗闇の世界と現実の狭間が曖昧で、まだ意識のふわふわした感じが抜け切らなくて。


「そう焦んなって。ま、まだアイツがどうにかできたわけじゃないからサッサと話すけど」


 オスクの言う通り、私の意識が戻っただけでまだ衛兵を救い出せてはいなかった。

 衛兵の攻撃を大剣で捌きつつ、オスクは私の身に起こったことと結晶石の力について話してくれた。


「アイツに取り憑いた『滅び』が浸透した結果があれ。アイツは呑み込んだから、さらなる手駒を増やそうってな。しかも自分の脅威になり得る絶好の獲物が目の前にいるわけだ」


 オスクの言葉に、私とルーザは顔を見合わせた。

 私とルーザが『滅び』に付け狙われた……それは以前も聞いていたことだった。そして、そのオスクが言うように手駒を増やそうと、『滅び』は私を狙って襲いかかった……。


「だけど、お前は呑まれるどころか自力で闇から這い出てきた。そこにこいつがあったというわけ」


 オスクは割れた結晶石を手の中でくるりと回して遊んで見せる。

 確かに、虚無の世界に沈みかけた私に語りかけるようにレオンの声が響いてきたんだ。それと同時に、何かが割れるような音も。その音が響いた直後、私は現実に引き戻された。


「多少術式が違うけど、僕が使う浄化の術がこいつに込められていた。あんの吸血鬼……以前にあいつに術をかけた時、見て盗みやがった」


「えっ……」


『滅び』の力を打ち消す浄化の術、それが結晶石に込められていた。それはつまり、レオンがこうなることを危惧して持たせてくれたというのか。

 確かに、それならレオンがお守りだといって持たせてくれた意味も納得がいく。白く濁って読めなかったけれど、あの結晶石の中心に刻まれていたのはその呪文だとすれば説明がつく。

 レオンは……最初から私を助けるつもりでいてくれたの?


「……そういえばレオンったら、最近掃除が終わるなり本を読み漁って何か研究に没頭してたみたいだったけど。それを作るのに調べてたってことかしら……」


「……驚いた。仮にも大精霊の術を、目の前で目の当たりにしたとはいえ、一度見た程度でここまで完璧に模倣するとは」


「まあ……そうだな。盗まれたのが気に食わないけど、これは認めざるを得ないか。複雑ではあるけど結晶石に込めるなんて技術、大精霊間でも成し遂げたことないのに」


 カーミラさんも、レオンが頑張っていた光景を目にしていたらしい。レオンがどんなに凄い魔法を完成させたか、それはベアトリクスさんとオスクの驚きの表情が全てを物語っていた。

 レオンがこの結晶石にオスクから真似た魔法を込めるのに、どれだけ苦労したかは私達が知る由もない。だけど見たのは一度だけ、大精霊でさえやったこともない魔法を完成させるのは多大なる苦労があった筈。


 そんなに苦労して作ったものを、レオンは私にポンと渡してくれた。『滅び』に直接脅されたレオンだからこそ、魔法を完成させることに一生懸命だったのかもしれないけれど……。

 なんで、そこまで私を助けてくれたんだろう。一度ならず二度までも、どうして。私は一度たりともレオンに恩返しなんか出来ていないのに。

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