第102話 魔に魅入られて(3)
「うっ……⁉︎ ああ、ああ……あぁァァァアア……」
……浄化の矢に射抜かれた途端に漏れ出す、鈍い呻き声。まるで魔物……いや、それ以上に醜い存在を思わせる、とても精霊とは思えない声。
そしてその身体から溢れ出すのは禍々しい気。この世のものとは思えない、そして何より私達には見覚えのある……忌まわしい存在が纏う邪気。
「うわっ⁉︎」
「こ、これってやっぱり……!」
「……やはりか。わかってはいたが、こうも目の当たりにすると堪えるものだ」
邪気が溢れ出し、その空気に空間が呑まれそうな時に。私達が必死になってその衝撃に耐えている中で、不意にベアトリクスさんが漏らした言葉。覚悟していたことだとしてもいざ目の前にするとショックを受けたらしく、その表情は沈んでいる。
「オスク……これって」
「見りゃわかるっしょ。あいつは『滅び』に取り憑かれてんだよ。何処に元凶があったのか知らないけど、近くにある中で呑気に会話していたと思うとゾッとするなぁ?」
衛兵の惨状にオスクはフンと鼻で笑いながら、皮肉っぽく語尾を吊り上げる。
それもそうだ。衛兵がいつ『滅び』に取り憑かれてしまったのかはわからない。けれど、その原因となる結晶が近くにある中で私達はそいつに対抗するための相談をしていたのだから嫌な話だ。
……『滅び』の結晶はいくつか見てきたけれど、この衛兵のように誰かに取り憑くというのは初めてのパターンだ。これはつまり、『滅び』が攻め方を変えてきたということ。
「卿の先の言葉は偽りではあるが、貴女らへの疑心は誠のもの。それを災いに付け込まれたのだろう」
「チッ、疑心を煽られて『滅び』の言いなりってわけかよ。気に入らねぇ」
ルーザも邪気に耐えながら、不愉快そうに舌打ちする。
そうか……エレメントを盗んだり、私達にその罪をなすりつけたりしたのも、その疑心を増幅させられたからなんだ。私達にさっきのような言葉を言ってきたのも、昨日は押し殺していた本心が煽られた結果という訳で。
『滅び』の脅威になるエレメントを盗み出すのも、王の側近であるあの衛兵なら容易い。そして私達を犯人だと決定してしまえば、エレメントが私達の手に渡ることもなくなる。それこそ『滅び』の思うがままということだ。
でも……あの衛兵が悪いという訳じゃない。
確かに酷いことを言われた。犯人扱いされた。けれど衛兵のベアトリクスさんへの忠誠は本物だし、私達を不審に思うのも国の宝を大切に思うからこそ。
ベアトリクスさんも否定したかったんだろう。他の衛兵達に何も伝えてないのがその証拠、この謁見の間に鍵をかけたのだって、他には知られたくなかったからで。
だからこそ────その2人の想いを踏みにじる『滅び』が許せない。
「ある意味じゃチャンスじゃん。ここであいつから『滅び』を引き剥がせたら、僕らの実力の証明にもなるし。あいつが疑ってんのはエレメントを託すに相応しいかどうか、だろ?」
「ああ。私では卿の疑心は拭い去れない。卿に貴女らの実力を示す他ないのだ」
「そ、そんなぁ。できるかな……?」
「大丈夫だって。今までだって結構なんとかなってきたじゃねえか」
弱気なエメラをイアが励ます。
そうだ、今までだって全員とはいかなかった場面こそあれど、今まで『滅び』には全て打ち勝ってきた。誰一人欠けることなく、楽勝とはいかなくても確かな勝利を。
「エメラさん、僕らがやるしかないんです。僕だって怖いですし、出来ることなら逃げたいです」
「でも、閉じ込められちゃったからには逃げられないわ。それに、あんな言いがかりつけられておいて、このまま逃げちゃうのは嫌じゃない?」
「そ、そうだけど……」
「真っ向から立ち向かうなんて、あたしにも無理よ。だから出来るだけ援護して、少しでも役に立ちましょう。そして勝てたら思いっきり言い返しましょ。好き放題言ってくれた仕返しに、女の子の怖さを思い知らせてあげるのよ!」
「う……うん! そうだよね、あんなこと言われて怒らない訳ないもん!」
エメラもフリードとカーミラさんに励まされて、なんとか衛兵と対峙する。
まだ足は小刻みに震えていたけれど、カーミラさんがそんなエメラの隣に立ってカバーしてくれていた。趣味が合う者同士、カーミラさんの存在は戦いに自信がないエメラの助けになってくれているようだ。
……禍々しい気に包まれた衛兵は剣を抜く。その虚ろな瞳には怒りや憎しみなど、あらゆる負の感情が混ざり合って濁りきっている。意思などなく、ただ私達という対象のみを敵とみなして。
負けられない。エレメントを手に入れるためにも、衛兵のためにも……この世界のためにも。敗北は許されない、ただ勝利という唯一の選択肢を掴むために。私は剣を、ルーザは鎌を、オスクは大剣を……みんなそれぞれ、各々の武器を構えて戦う意志を示す。
……そして最後に、ベアトリクスさんが槍と盾を構える。
「……卿、許せ。貴公が災いに魅入られたのは私の不徳の致すところ。せめてもの贖罪だ、卿に矛を向けることはこれきりにするよう善処しよう。では、」
槍を構え、ベアトリクスさんは衛兵への謝罪の言葉を切り。そしてそれを掲げ、目の前の『滅び』に宣戦布告する。
「……行くぞ。精霊王、並びに風の大精霊がベアトリクス────いざ、参る‼︎」




