第102話 魔に魅入られて(1)
『────非常事態が起きた。早急に我が城まで御足労願う』
……最初の謁見から翌日。ホテルに届けられた、手紙に綴られたその文章。
ベアトリクスさんから直々に送られてきた手紙。最初はいきなりの手紙に理解が追いつかなかったのだけれど、『非常事態が起きた』という言葉────それを目にした瞬間、私達は迷わず王城へと向かった。
ベアトリクスさんがわざわざ手紙を送ったことからでも、その非常事態が一刻を争うことは明らか。しかも、私達はエレメントを受け取るために今日必ず城に出向く約束までしていたのに、『早急に』と頼まれている時点で只事じゃない。
私達が起床してからホテルの管理精霊から手紙を受け取って文面に目を通した途端に穏やかな朝の空気は一変、慌ただしさに包まれた。
「チッ、やっと帰れると思ったらトラブルかよ……」
「何があったんでしょう。まさか『滅び』に関係することが……⁉︎」
「さてね。それを今から確かめに行くんじゃん」
みんながあわあわとして落ち着きがないのに対して、一人冷静なオスク。普段は締まらないところがあるけれど、こういう事態でも取り乱さないのだから頼もしい。
だけど不安なのは確かだ。今日、ベアトリクスさんからエレメントを受け取って、後は帰るだけだと思っていたのに、いきなりの問題発生。ベアトリクスさんも相当急いだのだろう。手紙には来て欲しいとしか書かれてないし、文字は走り書きで乱れきっている。
とにかく城に行かなくては何も始まらない。私達は急いで支度を済ませ、フェリアス王城へと急いだ。
……その中で、私は密かに唇を噛んだ。
「願ったのに、な……」
……昨日、何もありませんようにと。レオンのお守りが使われることがないようにと。そう祈ったにも関わらず、それらの祈りは何処にも届かぬまま。
予感はしていた。このままで済む筈が無いと、何処かで。でも、やっぱり悪い予感が当たってしまうのはいい気分はしないものだ。
「……ううん」
私はそんな不安を否定するように首を振る。
まだベアトリクスさんから話を聞いてないんだ。まだ何も始まってない……不安になるのは話を聞いてからじゃなきゃ。
気持ちを切り替えて、前を向く。賑やかな王都の通りに、私達の靴音が大きく響く。
何でもない風に見えるけれど……王都の上に広がる空はこれから起こることへの予兆なのか、分厚い雲で覆い尽くされ、どんよりとした雰囲気を醸し出していた……。
城に着くまでは特に問題なかった。
それどころか、門番の役を請け負っている衛兵は至って冷静で、見る限りじゃ周囲も落ち着き払っているようで。とてもベアトリクスさんが言うような『非常事態』という雰囲気は感じさせなかった。
「お待ちしておりました。陛下から貴方方が来たらすぐ通すように仰せつかっております。どうぞお通りください」
「あ、ああ……」
そんな衛兵の言葉にルーザも戸惑う。
門の前まで来た私達に声をかけてくれた衛兵も特に慌てることなく。昨日にベアトリクスさんに伝えられたことしか知らないように。
非常事態というから、てっきり城全体も慌てているのかと思ったら……衛兵は本当に知らないような雰囲気だ。
「どういうことだ? 手紙には確かに非常事態って書いてあったよな?」
「その筈だけど……」
イアにそう言われて、手紙を見直す。そこには確かに非常事態が起きた、と綴られていた。
ベアトリクスさんがわざわざ手紙を送ってきたんだ、冗談には思えないし、何よりそんな嘘を付く理由も見つからない。なのにどうして、ベアトリクスさんは衛兵達に知らせてないんだろう……。
「衛兵に知らせちゃマズいのかしら。でも非常事態なら人数が多い方がいいわよね?」
「普通に考えたら、な」
「普通……」
カーミラさんの疑問に答えたルーザの言葉を思わず繰り返す。なら、この『非常事態』というのはその普通ではないことなのかもしれない……という考えが浮かぶ。
ベアトリクスさんの意向はわからないけれど、衛兵達に隠しているのはベアトリクスさんなりの理由がある。衛兵達に聞かれたらマズいと判断した私達は、声を潜めながらひそひそと相談した。
「普通じゃない……衛兵に伝わってはマズいことってもしかしたら」
「ま、まさか本当に『滅び』絡みのこととか……⁉︎」
「憶測は後でもいいっしょ。とにかく行くぞ」
ドラクやエメラ、みんなが色々模索する中でオスクはそうばっさり言い切る。
冷たく思えてしまうけれど、確かにオスクのいう通りだ。気になって色々考えてしまうけれど、あれこれ考えていても仕方ない。ここは早くベアトリクスさんのところへ行かないと……!
昨日と同じ道順で、昨日と同じ歩き方で謁見の間へと目指す。昨日と変わらない雰囲気で、本当にただベアトリクスさんに謁見しに来たんだと錯覚しそうになる。
これがただの謁見であればどんなに良かったか。周りを包む雰囲気は変わらなくても、私達に漂う確かな緊張感がそこにはある。ベアトリクスさんがいう非常事態……一体、何が起きたというんだろう。
「こちらへ。陛下がお待ちです」
衛兵にそう言われるまま、ようやく着いた謁見の間へと急ぎ足で踏み入れる。……途端に、
────ガチャン。
「え?」
扉を通り抜けた途端、後ろから響く金属音。
それが指し示すことはただ一つ。外側から鍵をかけられたということだ。
どうして鍵をかける必要が……?
恐らく、私達を謁見の間まで案内してくれた衛兵はただ命じられたから鍵をかけたのだろう。だけど、それを命じるとすればベアトリクスさんだけ。私達を閉じ込めるためではないだろうし……一体何故。
「来てくれたのだな。感謝する」
「あ────」
謁見の間の正面には、昨日と同じくベアトリクスさんが立っていた。その横には、あの直属の衛兵も。
私達一行と、ベアトリクスさんと、衛兵。昨日と変わらぬ顔ぶれだ。そして、肝心のベアトリクスさんの表情も……非常事態という雰囲気は感じさせない柔らかなもので。
告げられた言葉もただのお礼、表情には一切の不安を感じさせないもの。一見昨日の謁見と変わらなくても一つ違う点は今、ここが密室だということ。
手紙でわざわざ呼び出し、着いたかと思えば閉じ込められて……ベアトリクスさんはなんの狙いがあるのかさっぱりわからない。
「あの……ベアトリクスさん。手紙のことは」
「ああ、話すつもりだ。そのために貴女らに急いでほしいと願い出たのだからな」
……やっぱり、手紙の内容は嘘じゃないんだ。
衛兵達の態度から、手紙が偽物だという可能性もなくはなかったけれど、ベアトリクスさんのその言葉で間違いはないんだと確信する。
だけど、やっぱり衛兵達に知らせてないのは不自然だ。怪訝に思っていることが表情に出たのだろう、ベアトリクスさんも早速説明しようと口を開く。
「非常事態というのは他でもない。……貴女らに渡す筈のエレメントが何者かに盗まれたのだ」
「えっ……」
「な、なんですって、陛下⁉︎」
私達が反応する前より声を上げたのは衛兵だ。その目は驚愕で見開かれ、訳がわからないとばかりにベアトリクスさんを見据える。
「何故それを真っ先に我らにお知らせにならなかったのですか⁉︎ そのようなことが起きているというのに、私は王直属の身でありながら呑気に過ごしていたなんて!」
「理由があるのだ、許せ」
「なりませぬ! 早急に犯人を拘束しなくてはならない、あれは国の宝ですぞ!」
衛兵は勢いのまま、まくし立てる。それも当然、エレメントが盗まれてしまったというのだから。
でも一体誰がそんなことを……。国の宝なのだからベアトリクスさんのエレメントはフェリアスなら誰でも知っているものかもしれない。
けれど、ここは国の心臓部といってもいい王城だ。忍び込むのだって簡単じゃないし、何より私達に手渡すためにベアトリクスさんも充分に警戒を払っていた筈。
そんな中で盗み出せる可能性があるのならば一体誰が? それに、エレメントが盗まれたというのに、どうしてベアトリクスさんは衛兵に伝えなかったり、あんなに冷静なのだろう……。




