第101話 思惑の齟齬(1)
結局、私とルーザは30分経過した後にベアトリクスさんに解放された。
撫でられ終わった後、再び精霊の姿に戻った私とルーザを前に我に返ったベアトリクスさんに散々謝られて、お詫びの品……というか口止め料を沢山持たされて。そして見学し終わった他のみんなと再び謁見の間に集まっているのが今の状況だ。
「本当に、申し訳ないことをした。なんと詫びたらいいか……!」
「い、いえ。ベアトリクスさんが満足でしたらこっちも嬉しいですから!」
「しかし、私は貴女らに……!」
……どうして、ベアトリクスさんがこうも申し訳なさそうにしているのか。
その理由は、普通に撫でられるまでは良かったのだけど、可愛いものに本当に目がないらしいベアトリクスさんは私とルーザを撫でる度に気分が高ぶってしまったらしい。それで周りのぬいぐるみと区別が付かなくなってしまい、ベアトリクスさんにいきなり抱きつかれたんだ。
私はびっくりして声を上げられなかったのだけど、反射的に叫んだルーザの声でベアトリクスさんは正気に戻り。そして、結局最後まで様子を見てるだけのオスクには散々笑い者にされ。
……それで怒ったルーザに、容赦無いグーで殴られたオスクの頭に大きなコブができるという余計なおまけが残ってしまったのだけど。
「まあ、あんたが満足したならいいだろ。こっちの目的も明日に達成出来るんだし」
「僕は不満なんだけど。後頭部思いっきり殴ってくれちゃって、手加減とか知らないわけ?」
「はん、当然の報いだろ」
なんて、ルーザに殴られた頭をさすりながら、オスクは目的達成出来るというのに文句たらたら。まあ、仕方ないかもしれないけれど……。
それにしても口止め料とはいえ、ベアトリクスさんから持たされた品物はフェリアスのお菓子やフルーツなど、お詫びの品にしては豪華なものばかり。しかもそれら全部、王室御用達の一級品だ。
こんな豪華なものをいただくのは申し訳なくてお断りしようとしたのだけど、ベアトリクスさんにどうしても、と言われて仕方なく腕いっぱいに抱えているのが現状で。
「わあ、すっごい珍しいお菓子! ねえねえ、ベアトリクス様と何かあったの?」
「……色々あってな。聞かないでくれ」
お菓子やフルーツでいっぱいの私とルーザの腕を見て、それらに目がないエメラは目に見えて表情を輝かせる。
一応は口止め料でもあるから……たとえエメラでもベアトリクスさんのために話すわけにはいかない。
でも、やっぱり凄い量な上に品質まで特上のものしかない。撫でられるのはベアトリクスさんへのお礼でもあるというのに、こんな品を貰うなんてお礼の意味がなくなってしまうような。
「……やっぱりこんなの申し訳ないです。これはお返しします」
「いや、いいのだ。詫びの意味もあるが、この地まではるばる訪ねてくれた御足労を労うためでもある。渡すのなら一級品でなくては無意味だ、どうか我が国の職人が腕を振るった味を堪能して欲しい」
「ほら、そう言われてるんだしいいじゃん。とりあえずここに突っ込んどけば?」
「あ、ちょっと⁉︎」
私の制止も聞かずにオスクは私の腕から品物をひったくると、私のカバンに品物をあっという間にしまいこんでしまった。
もう、昨日の水鏡のことといい、オスクは私のカバンをなんだと思ってるんだろう……。
でもベアトリクスさんもお詫びということではあるけれど、好意で渡してくれた品物だ。貰うばかりでは後ろめたい気持ちはあるにしても、断るに断れない。
「貴女らがもう一日留まることになったのは、こちらの私情故。せめて今夜にでもそれらを味わってほしい」
「じゃあ……有り難くいただきます」
「うむ。その代わり、明日はエレメントを早急に手渡せるよう尽力しよう。これ以上、貴女らの時間を削ぐわけにもいかぬ」
「ああ、頼んだぞ。精霊王サマ」
オスクがそう言ったのを最後に、今日のベアトリクスさんとの謁見はお開きに。お礼をいいながら、私達は何度も後ろを振り返って名残惜しいようにフェリアス城を後にした。
……一行が去り、謁見の間には王とその直属の衛兵の2人だけが残された。人数が減ったことで、しんと静まり返った広間。
謁見の間を包む静寂を先に破ったのは衛兵だった。
「……陛下、どうしてもあの者達に我が国の宝を託すというのですか? あのようなまだ年端もいかない少年少女達に」
「卿、先程も言ったであろう。あの者達は災いを退ける力を持つ子らだと。確かに、歳はそう重ねてないが故に幼さと未熟さもあるだろうが、見た目は見た目。一種の判断材料に過ぎぬことは卿も心得ているであろう?」
「しかし……では陛下はあの者達に何を期待しているというのですか」
「あまり姿形に囚われるものではないぞ。過去と言われに依存してばかりでは先に進めぬ。時には決断も必要ということだ。卿の用心深さには感心し、助けにもなるが……それが仇となることも覚えておけ」
「は、はい……」
王はそれだけいうと謁見の間を出て執務に戻った。
謁見の間に取り残された衛兵はただ一人、うつむきながら王の言葉を噛み締めていた。
「陛下……わかってはいます。しかし、やはり国の宝をそう簡単に託せる程に、私はあの者達を信頼できておりません……」
衛兵のその呟きは、誰の耳に入ることなく消えていった……。




