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幻精鏡界録  作者: 月夜瑠璃
第2章 影の輪唱
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第10話 裏の経過(2)


「ルヴェルザ様がいらっしゃると安心出来ますね。一人では私としても寂しく感じてしまい、仕事が捗りませんでした」


「ん、そうか? いつも通り、見事だと思うがな」


 そんなシュヴェルの近況報告を聞いて、オレはそう返す。

 いつもオレとシュヴェルが交わすものと変わらないやり取り。少しでも早く、オレらの『いつも通り』を取り戻そうと努めようとしているのはシュヴェルも同じ気持ちのようだ。


 仕事ぶりはいつもと変わらぬものだとして、シュヴェルのもう一つの言葉……『一人』という単語がやけに耳にこびりついた。オレがあの屋敷を離れてしまった今、ルージュは一人取り残されているんだ。

 ……あんなだだっ広い屋敷で、ひとりぼっち。他愛もない話をする相手も、悩みを話せる家族もいない。慣れていると本人は言ったが、表情までは誤魔化せてはいなかった。

 

「……なあ、お前はダイヤモンドミラーが潜れるってこと、知ってるか?」


「ええ。昔は通ることは多かったので。……ルヴェルザ様、もしや?」


 シュヴェルは首を傾げつつも、話の内容は見越している様子だ。

 流石といったところか。察しが良くて助かる。


「ああ。最近、あの鏡の周辺で魔物が増えてきたのなんだのって言ってただろ。それを確かめに行ってこのザマだ」


「成る程。災難でございましたね……」


「その間、とある同い年くらいの妖精のところに居候させてもらったんだ。そいつ、普段は一人暮らしらしくてな。お前なら、そいつのその生活をどう思ってるか聞きたくてな」


 一人でもいい、オレとは他の見解を聞きたい。そう思ってシュヴェルに訪ねた。

 シュヴェルがもし、オレと同じことを思うのなら。その時は……今度はオレがルージュに恩返ししてやろうと思って。


「ルヴェルザ様のお年頃ですと、やはり寂しく思われるかと」


「……そうか」


 シュヴェルも、オレと同じ気持ちだった。

 誰にだって一人は寂しいものだ。あいつはそんな生活に慣れてるとは言ってたが、集まっている時の方が表情は晴れやかだった気がする。自覚していないだけで、やはりそうなのかもしれない。


 シュヴェルの意見を聞いて、オレも決心がついた。

 今度は『こっち』を案内することに。あいつらに、礼をするために。


「悪い、シュヴェル。戻ってきて早々だが、出掛けてくる」


「もしやルヴェルザ様、その方を?」


「ああ。悪いな、あいつらには借りがある。返さないと気が済まないもんでな」


 オレは面倒事に巻き込まれるのは御免な癖して、やけに他人を気にかけちまう。放っておくのも後々気になるからだ。全く変な性格だ。

 特にルージュには大きな借りがある。返さなければオレの気が済まないんだ。


「私のことならばお気になさらず。ルヴェルザ様がそうして気をかけてくださるのは、ルヴェルザ様を信じてくれる方が多いことが何よりの証明。私とて、ルヴェルザ様に仕えることを嬉しく思います」


「その台詞は何十と聞いたがな。まあいい、オレが戻るまで留守番頼む」


「承知致しました」


 シュヴェルはいつもやるように深々と頭を下げる。見慣れた反応、変わらないシュヴェルの態度に、オレはふっと笑った。


 ……が、ああは言ったが実は移動は簡単なんだ。

 実はあいつの目の届きにくそうな床に密かに転移用の魔法陣を描いておいんだ。元々、荷物も少ないが万が一に忘れ物を取りに行く程度に使おうとして準備しておいたものだが、まさか早々役に立つとは思っていなかったが。


 オレはいつも着ている紫の法衣に白の厚手のマントを羽織り直し、家の庭に出る。

 愛用の鎌を使って、向こうに描いたものと同じ魔法陣を念じながら地面に発生させる。ルージュの屋敷での景色を、まぶたの裏に思い浮かべる。広さから……匂いまで、とにかく出来るだけ正確に。


 ……これでよし、と。さあ行くか。

 オレが鎌を掲げると魔法陣が反応して輝きだす。それと同時に、空気が揺らぐ感覚に捕らわれた。


「……『テレポート』!」


  魔法陣がより一層の光を放ち、オレはその光に包まれた……。





「────で、今に至るって訳だ」


「な、成る程」


 そして今オレはルージュの屋敷に戻り、ここにまた来た事情を話していた。

 ルージュは最初こそ驚いていたが、しばらく経って落ち着きを取り戻していた。そうして説明が終わる頃にはルージュも納得したらしく、戸惑いながらも相槌を打っていた。


「でもいいのかな、行っちゃって」


「昔はよく使ってたんだ。問題ないだろ。行ってみたい方が強いんじゃないか?」


「あはは……バレちゃってたか」


 オレの指摘が図星だったらしい、ルージュは照れ臭そうに苦笑して見せる。

 やはり興味の方が勝るようだ。恥ずかしそうにしているものの、その表情は少し嬉しそうなものだった。


「じゃあ……案内よろしくね、ルーザ」


「ふん、言われるまでもない」


 オレは当たり前のようにそう返して、ルージュにふっと笑ってみせる。

 さて、これで用事は済んだ。まだシュヴェルも留守中だし……今夜は帰って、朝に迎えにくるとするか。


「あ、待って!」


「ん?」


 再び『テレポート』用の魔法陣に向かおうとした時、何故だかルージュに呼びとめられた。ルージュは恥ずかしそうに笑いながら口を開く。


「その……泊まっていってくれないかな。やっぱり寂しくて」


「……ったく。仕方ないな」


 オレがそう言うとルージュは笑みを浮かべた。

 やはり一人は寂しかったのだろう、オレが返事を返すとほっとしたように顔をほころばせる。

 毎日とはいかなくても、これがきっかけでルージュとも多く過ごせることになればそうしたい。今は関係が途切れてしまったらしい、光と影の両世界がまた共に交流が出来たら一番なんだが……。


 数十年前に起こったらしい戦争で閉ざされてしまった両世界の交流。それを取り戻していけるのかは……オレにはまだわからない。

 でも今はこうしてルージュと過ごせる時間を大切にしたくもある。こうして仲良くなろうと思えばなれるんだ、きっと交流も取り戻せる時が来るだろう。


 その後はシュヴェルに今夜だけ戻らないことを伝えた後、ルージュとしばらく話す。影の世界のことや、オレの友人のこと。それとは全く関係のないくだらない話。ルージュと気がすむまで話し込みながら、明日に案内する場所を考えていた。



 この数日で色々あったが……こういうのも悪くないな。

 そんなことを思いながらベッドに入り、暗闇に意識を落とした。

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