第100話 True and False(2)
「……成る程な、大まかではあるが把握した」
……その後、私は意を決して私が二重人格になってしまっていること、そして今わかっている原因と思われることを全てベアトリクスさんに話した。
そして、ペンダントに封じ込めたという、今やっている対処と、その後の状況も出来るだけ詳しく説明して。せっかくのチャンスだ、この機会を無駄にするわけにはいかない。
「何か過去にありませんでしたか? 二重人格自体でなくても、そう思わせるような挙動とか」
「そうだな……無いということは無い」
「……っ!」
ベアトリクスさんの言葉に、私達3人の身体がピクッとする。それも当然、何か裏の人格について掴めるかもしれないのだから。
でも、やっぱり聞くのは少し怖い。答えを知れるという期待と、知ってしまうという不安が混在して、頭の中でぐるぐるする。聞かなければならない……そのことがわかっていても、緊張を禁じ得ない。
「確証があるのではないが、数十年前だろうか……過去に貴女の元に尋ねた時に、気になることがあったのだ。誰もいないというのに貴女は俯きながら『何か』と言葉を交わしていた……」
「それって……!」
「その後はたと私の存在に気づいた貴女はその会話をやめた。しかしそれ以上に気になったのは、それを問うてみても貴女は首を傾げるばかりで自身が『何か』と会話しているのを覚えていないことだ」
「覚えていない……?」
何故? いや、見えない『何か』と会話しているという時点で色々おかしいけれど、それを覚えていないというのはもっと不可解だ。
過去の私は……ライヤは、一体何と話していたの?
「怪訝に思った私はそれから数日、貴女の元を尋ねてはその挙動を観察していた。そして、ある法則を見つけた」
「法則?」
「貴女が『何か』と話す時、それは貴女が一人でいる時に限られるということ。オスク殿やルヴェルザ殿といる時はその素振りも見せず、気配も感じさせない」
「私が一人でいる時だけに会話していた……?」
「それって、『空想上の友達』みたいなものか?」
不意にルーザから漏れた言葉。私はその言葉を聞いて、再び身体が強張った気がした。
「『空想上の友達』? 何それ」
「読んで字の如くだよ。その話している奴の頭にしかいない架空の存在。まあ二重人格とかとは違って自然現象だし、病気とかではないが」
「ふーん……まあ、ルージュは昔から基本的に寂しがりやだったし、あり得なくないか」
その言葉を知らなかったオスクにルーザが説明して納得する横で、私はその意味を考えていた。
空想上の友達……ライヤしか認知出来なかった存在で、見えない会話相手。それらはその言葉に当てはまるだろう。私が寂しがりやなのは自覚もしているし、ライヤが同様であることも今まで接してきたことからでもわかる。
でも、もし仮にそうだとしても……まだ引っかかることはある。
「確かに、普通であれば空想上だけの存在であったのだろう。しかし、貴女は生命そのものを司る存在」
「あ……」
「空想上の存在が、貴女の力で仮初めの生命を得てたとしても、なんらおかしいことではない。そして、その存在は絶命の力の象徴……過去からそうであったのなら、貴女の中で力の分離は既に起こっていたという可能性が浮上する」
「お、おい。そしたら記憶と肉体が引き離された時に生まれたってのは嘘になるじゃねえか⁉︎」
「私には断言出来ぬが、貴女の記憶が……私達が知るルヴェルザ殿はそう思っていただけで、既に『命』と『絶命』は全く別の存在として分離していたのかもしれぬ。そして記憶と肉体が引き離された時に、肉体に『絶命』の存在が肉体に組み込まれたのだとしたら」
じゃ、じゃあ、裏の人格が宿ったのは絶命の力を押し付けられたことが原因じゃない……?
……命の存在である『私』と、絶命の『友達』が私の中に混在していてもおかしくない。だったら……二重人格になったのは、不慮の事故ではなかった?
私達の記憶と肉体を分離させたのは『支配者』だ。分離させる時には私達の精神に介入する必要もあるだろうし……その『友達』の存在に気づかないというのは不自然な気がする。
────まさか。
「まさか……『支配者』はこの事態を狙ってやったとでもいうのかよ⁉︎」
「で、でも、なんで? なんの目的で……」
「……わからない。けど、何にしても嫌な予感しかしない。何処までも性根腐った『支配者』のことだし、何かたくらんでるだろうさ」
オスクすらも、何か掴みかけてきた真実に戸惑いを隠せない様子だ。口調だけは冷静さを取り繕っていても、しかめた表情がその重みを物語っている。
確かに、動揺を隠しきれない。『支配者』は空想上の存在を、どうして裏の人格として存在させたのだろう……。
レシスから今まで聞いていた話では、絶命の力を押し付けられた衝撃で裏の人格が宿ってしまったと思っていた。だけど、分離させられた時に空想上の友達というだけに留まっていた存在が私のもう一つの人格として宿ることになってしまったというのなら、レシスの話もあながち間違ってはいない。
それに、分離してからレシスが裏の存在に気づいたというのなら、レシスが絶命の力を押し付けられたことで宿ってしまったと考えるのも無理はない話だ。ライヤが一人でいる時にしかその片鱗を見せず、姉妹として特にライヤとの関わりが深かったレシスならば尚更のこと。
でも……これが『支配者』の想定の中であったのなら色々疑問が生じてくる。不慮の事故だったなら、自身に深い憎しみを持つ裏の人格の存在は『支配者』にとっては不利益しかない。普通に考えれば邪魔な筈なのに。
これが『支配者』の狙い通りなら、掌で弄ばれているだけなんだとしたら。その裏の人格をどうするつもりなんだろう……。
「しかし、これはあくまで憶測だ。どちらが真偽かわからぬが……何にせよ、気になることではあるな。私も貴女のことが心配だ、充分な警戒を払うことにしよう」
「すみません……何から何まで」
「気に病む必要などない。私の見たままのことが真実であれば、早くから貴女に声をかける必要があったのだ。これはせめてもの償いだ」
「『裏』本人に聞ければ早いんだがな。『裏』がこのことを知ってたなら、『支配者』が狙ってやったことを恨んでる可能性もあるし」
「素直に答えてくれるとは思わないけど。まあ、次出てくるのを待つしかないか」
……裏の人格が出てきたら、私は気絶してしまう。だから、それは必然的にルーザ達任せになるということだ。
自分の問題だというのに、自分では何も出来ないなんて情けないな……。やっと、今になって『裏』のことについて少しでもわかりそうな時に。
裏は、私をどう思っているの? 空想上の存在は、私をどうしたかったの? 教えてよ……。
首のペンダントのクリスタルを持ち上げ、問いかける。けれど当然クリスタルは何も言わない。静かに、ただ光を反射してキラッと輝くのみだった。




