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幻精鏡界録  作者: 月夜瑠璃
第9章 精霊を統べし風ーFairy queenー
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第99話 貴殿、風の申し子よ(1)

 

 精霊王・ベアトリクス────風の大精霊でもあるその女性は、名乗ると同時に玉座の前の階段をゆっくりと下りてきた。

 重そうな鎧を身につけているというのに、それを感じさせないくらいにその足取りは重たくなく……寧ろ軽やかで、足音一つ立てることもない。まるで風に乗っているように、ふわりふわりと階段に足を添えて。


「そのように緊張することはない。聞いたところではこの謁見も交流を深めるためのもの。お互い肩の力を抜こうではないか」


「は、はい……」


 緊張していたことを見抜かれていた。精霊王にそう言われ、何とか緊張を解こうと楽な姿勢を取る。


「失礼ですが、御来客殿。何故そのように顔を隠されているのです? 謁見を願い出ていながら、王の前で無礼ではありませんか?」


 けれど、他の衛兵に比べて一際豪華な鎧を身につけた精霊の一人が怪訝そうにオスクを見た。

 恐らく側近など、王直属の階級に立つ衛兵精霊だろう。事実、まだオスクはフードで顔を隠したまま。いくらロウェンさんの手紙を介して許可を得てたとしても、その格好なら怪しまれても仕方ない。


「卿、よせ」


「いや、いいって。精霊王サマの前で流石に失礼でしたよ……っと」


 城に入れたのだから必要ないと思ったのだろう、オスクはフードを勢いよくガバッと脱いだ。

 たちまち、フードで隠されていたオスクの顔が露わになる。その途端、オスクの顔を目の当たりにした精霊王の目が驚愕に見開かれた。


其方そなた……オスク殿ではないか⁉︎ 何故ここに、追われている身ではなかったのか⁉︎」


「状況なんてコロコロ変わるものっしょ。まあとにかく……久しぶり、風の大精霊サマ?」


 驚く精霊王に対して、いつもの余裕をかました態度のオスク。やはり大精霊同士、精霊王もオスクが置かれている状況を知っていたようだ。


「久しぶり、なんて……いや、いい。無事で本当に何よりだ。15年も行方をくらますのだから、流石に肝を冷やしたぞ」


「大袈裟だな……。僕らの15年なんてそう長いものじゃないじゃん」


 オスクは精霊王の心底ホッとしたような反応に、やれやれと肩をすくめる。

 確かにオスクの言う通り、長寿の大精霊にとっての15年は大したことのない年だろう。でもどんな種族であれ、その期間ずっと行方不明だなんて周りが心配するのは当然の反応だ。

 オスクの顔が露わになると、衛兵精霊もオスクの正体に気づいたのだろう。驚きで身体が震えている。


「へ、陛下、もしやそのお方は……闇の大精霊の。光と闇の精霊達の確執を消し去った英雄とも唄われる……!」


「おい、ちょっと待て。誰だ、そんなデタラメ吹き込んだ奴」


「あながち間違いではなかろう? 其方そなたが立てたその功績に偽りはない。ちなみに、私ではないぞ」


「くっそ……見つけたら絶対引っ叩いてやる……」


 オスクは褒められているというのに不満げ。

 どうやら、オスクへの過大評価が一人歩きして、今や英雄だなんて唄われてしまっているらしい。オスクも「また面倒事押し付けられる……」なんて、うんざりしている。


「む……ということは、シャドーラルの遣いも、交流を深める謁見というのも」


「全くの嘘、デタラメ。まあ、後者は全部嘘ってわけでもないけど」


「と、いうと?」


「僕の後ろに控えてる顔見ればわかるんじゃない?」


 オスクはすかさず自身の背後、即ち私達の方向を指差す。首を傾げながら、精霊王の視線はその方向へ。

 イア、エメラ、フリード、ドラクと精霊王の目が4人の姿を写し、そして最後に私とルーザの姿を捉えて再びその目が驚きの色に変わる。


「ルジェリア殿、ルヴェルザ殿……! そうか、遂に成し遂げたのだな……」


「そういうわけ。あんたらに逃がしてもらった甲斐もあったってこと」


「……あの程度、手助けの内に入らぬ。我らが『あの者』の行いを見て見ぬ振りをするなか、貴公らだけは行動を起こした。さぞかし苦労されたことだろう」


「苦労、ね。まあ、割と疲れはしたな」


 精霊王とオスクが昔の話で思いを馳せる中、置いてけぼりにされる私達。オスクの『支配者』への反抗についてのことだろうけど、断片的にしか聞かされてない私達には詳しい話はさっぱりだ。


「貴女らも、無事で何よりだ。またこうして顔を合わせられたこと、光栄に思う」


「あ、えっと……」


「……悪い。姿は大精霊達が知ってるものでも、記憶はまださっぱりでな。『オレら』はあんたと初対面ってことになる」


 どう説明したらいいか迷っていた私に助け舟を出すように、タイミング良くルーザが説明してくれた。

 今まで会ってきた大精霊達も私とルーザのことを知っていた。それは精霊王も例外じゃない────けれど、私達は大精霊達のことを全然覚えていないんだ。


 ……散々心配をかけたというのに、私達は相手のことについて全く覚えていないなんて。今更、記憶がないことに初めて嫌悪感を抱いた。


「そう、か。いや、薄々わかっていた。貴女らが気負う必要などない」


「でも……」


「……少なくとも私は貴女らの顔を再び見られて安心したぞ。して、ここに来た目的も理解した。では、改めて名乗ろうか」


 ……そういうと精霊王は一歩下がり、一礼する。


「私が精霊王……並びに、風の大精霊であるベアトリクスだ。貴公らもまた風の申し子……風を統べる者として、この名を胸に刻んでほしい」


「は、はい! えっと……ベアトリクス、様」


「敬称などいらぬ。私はここの王とはいえ、貴女らも私と並び立つ者。どうか気軽に呼んでくれ」


「あ、じゃあ……ベアトリクスさんで」


 本人はそう言ってくれたけど、やっぱり呼び捨てというのは畏れ多い。そんな理由もあって、せっかく敬称はいらないと言ってくれた直後にも関わらず、思わず「さん」を付けてしまった。

 でも、精霊王……ベアトリクスさんはそんな私の態度にも愛想良く笑みを返してくれた。


「貴女らがこうして来たということは、王笏についてのことだろう。王笏は今、どうなっている?」


「あ、ちょっと待っててください」


 ベアトリクスさんにそう言われ、私はすぐさまカバンに手を突っ込む。そして目的の杖を探し出して、その柄を掴むと、それを引っ張り出す。

 スラリと長い、ゴッドセプター。でも今までの、妖精の身体の時では2人で支えるのが精一杯だった王笏は、今や私とルーザの身体にぴったりのサイズ。これでやはり、王笏は精霊用だったということが改めてわかる。カグヤさんに会った時に私達がカグヤさんに試された意味も、あの時の言葉も今なら理解できるというもの。あれも全て、私とルーザが大精霊だということを指していたんだ。


「水、闇、新月、満月……成る程。今は半分ほどの封印が解けたということか。他の大精霊達はどうしていただろうか?」


「えっと、シルヴァートさんは今は僕らと協力するようになってくれて。今はカグヤさんと『滅び』の被害にあった妖精達を探してます」


「あ、ニニアンさんはわたし達に遠写の水鏡を譲ってくれたんです。あとあと、知り合いの妖精にわたし達に船を出してくれるよう頼んでくれたり」


 ベアトリクスさんに尋ねられ、ドラクとエメラが今まで会ってきた大精霊達の近況を報告。

『滅び』の被害も出てしまっていることは確かだけれど、今は全員エレメントを譲ってくれることを始めとして、私達に快く力を貸してくれている。仲間は今ここにいる数だけじゃない……話していると、改めてそのことを実感した。


「そうか……ふむ」


「え、えと……どうかしました?」


 不意に、ベアトリクスさんの視線がイア達に向けられる。

 何か思うところがあるのか、イア達妖精のみんなの姿を食い入るように見つめてる。そんな視線を向けられ、みんなも戸惑った。


「あ、いや……失礼した。妖精を見るなど久方ぶりでな、少々気が乱れたようだ」


「あ、そうだな。ここってほとんど妖精いないしな」


「う、うむ」


 ん……なんだろう。ベアトリクスさん、なんだか挙動が少し乱れたような。

 何か深い理由があるのか。尋ねようとした時、ベアトリクスさんは「ともかく、」と急に話の本題を切り出して、結局聞けず仕舞いになってしまった。


 気にはなるけれど、エレメントのことが優先か。私もそう気持ちを切り替えて、早速ベアトリクスさんとの交渉に移る。

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