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幻精鏡界録  作者: 月夜瑠璃
第9章 精霊を統べし風ーFairy queenー
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第98話 儚キ夢ヲ 誰ガ知ルヤ(1)

 

 ……まぶたを閉じてからどれくらい経っただろう?

 目の前にあるのは真っ暗な闇。視界に何者も入ることはなく、ただの黒に塗りつぶされた世界のみ。標べとなる明かりもなく、ただただ暗闇の世界が目の前にある。


 眠っているのか、起きているのか……答えは後者だ。夢じゃないと断定できる。この暗闇がまぶたを閉じたから広がっているということも、そう認識出来るのは眠れないからで。

 身体が急に精霊のものになったから。初めて来た国だから。カーミラさんと初めて一緒に寝てるから。理由は色々思い浮かぶけれど、一番は……。


「ん……」


 このままでも眠れない、そう観念して私はベッドから身体を起こす。

 私の左隣にはすやすやと穏やかな寝息を立てているカーミラさんが。特に寝返りも打っていないし、ぐっすり眠っているようだ。

 カーミラさんを起こさないように音を忍ばせ、私はベッドから降りる。そして、部屋に設置されているテーブルの前の椅子に腰かけて辺りを見回す。

 灯りは消えてる。身体も剣の素振りで疲れがある。物音もなく静かで、特に眠りを妨げるものはない筈なのに。何か胸騒ぎがして寝付けない。


 ────多分それは、きっと。


「やっぱりこれ、だよね」


 私は懐からレオンから貰った木箱を取り出す。

 テーブルに木箱を置くと、コトリと軽やかな音を立てる。同時にカラカラと何か中で動いたような音もして……中に確実に何かが収められているのは明白な木箱。


 昼間から気になっていた。レオンからいきなりお守りだ、と渡されてからずっと。一度は別の目的があるからと保留にしておいたけれど、やっぱり気にせずにはいられなかった。


「それにしても、本当にどうやって開けるんだろ?」


 やはり何かの呪文が施されているせいで、昼間みたく引っ張っても、叩いても、開く気配は全くなし。テーブルに数回ぶつけて見ても、効果はなかった。


「うーん、どうしたら……」


 魔法で封印されているのなら、どうにかして外せることが出来る筈。もちろん強力な呪文なら相応に解除も難しいのだけれど、私は今は不完全といえど大精霊の姿。だから絶対に不可能なんてことはないだろう。


 とはいえ、見た限りじゃその魔法も起動していないようだ。だから解除しようにも、今のままじゃ手が付けられない状態だ。


「でも、ずっとこのままなんてことはないよね」


 木箱を開けさせたくないのなら、最初から開けられないようにしていればいい。それをしなかったレオンは私に木箱を開けて欲しいと思ってるだろうから。

 お守り────レオンのその言葉が、どんな意味を成すのかまだ私にはわからない。けれど、レオンがわざわざ私に持たせてくれたのはきっと理由がある。


 だから何としてでも開けてみせる……レオンの気持ちを無駄にしないためにも。

 ……そう決意をして私は暗闇の中、一つの木箱の仕掛けに挑む。


「まずはどうにかして魔法を起動させないと……」


 魔法を起動しなければ事はいつまで経っても進まない。だから最初にすべきことは魔法を起動させて、解除する準備を整えなければならない。

 強引な手段としては、素材は木だから燃やせるから木箱ごと燃やすなんて手もあるけど……そんな荒技はできたら使いたくない。それに、中身も焼失してしまうかもしれないし、やっぱり却下だ。


「吸血鬼の魔法なんてさっぱりだし。吸血鬼独自のものだったら厄介かも……」


 吸血鬼は希少で、古い血族。だから使う魔法の中には物凄く太古の呪文だってあるだろう。

 カーミラさんも吸血鬼だけど、残念ながら本人は熟睡中。それにレオンが使う魔法を、カーミラさんも知ってるというのは血縁も違うから、確率的にも低そうだ。


 でも何かある筈。吸血鬼らしい、何処かにきっと起動出来るものが近くに……!


「吸血鬼……夜……そうだ!」


 吸血鬼は夜の支配者。その代わり日光が天敵である吸血鬼は昼が苦手。だから昼間に木箱がビクともしなかったのは、きっと魔法が起動出来るのが夜だけだったんじゃないかと。

 でも単に夜になるだけじゃ、魔法は今のように発動してない。何かもう一手足りないんだ。


 私はそう確信して、急いで窓に駆け寄る。窓を開けて、夜風を部屋いっぱいに取り込むまま、木箱を手のひらに乗せて腕を突き出した。


「あっ……!」


 ……やっぱり、予想通りだった。木箱が夜風に当てられると同時に、木箱が青白い光に包まれる。

 今まで何の反応もなく、木箱の六面に刻まれた奇怪な彫刻もただの飾りでしかなかったのに。夜空の下に運ばれた途端、木箱は思いに応えるかのように自ら光を放った。


 月明かりか、星の光のどちらかなのか……それはわからない。けれど、これで一歩進むことが出来た。

 私は腕を引き寄せて、木箱を目の前でじっくり観察していく。すると……木箱の面に施されている、奇怪な魔法陣のような彫刻に僅かなズレが生じていることがわかった。


「これって……!」


 それはパッと見ただけでは分からないほどのズレだった。正面の彫刻に目を奪われてしまっていて、今まで気付かなかった。彫刻の隙間から光が溢れたことでようやくそれを発見出来た。


 私は彫刻に指を引っ掛け、何とかズレを直せないか試してみる。すると魔法陣の彫刻は、いくつかリングのようになっていて、くるくると動かせることがわかった。

 一番中央の部分だけが固定されているから……これに合わせれば開くかも。

 指を引っ掛け、回し続けて。そして……


 ────カチャリ。


「あっ……!」


 手応えがある音が確かに響く。そして、箱がその形を崩して、ゆっくりと開いていく……。

 やった……! 静かに、それでもしっかりと歓喜を覚えながら、私は開いたばかりの木箱をテーブルの上にそっと置く。


「さてと、中身は……」


 箱を覗き込み、中を手でまさぐって。するとそこには……


「んん?」


 中身を見た途端、思わず首を傾げた。

 木箱に収められていたのは正八面体の物体。白く濁ったような色をしたそれは、派手でもなく、地味でもなく……控えめに木箱の中に佇んでいた。


「これが、お守り?」


 それを持ち上げて、まじまじと観察してみる。

 何かの結晶石のようだ。でも宝石のような華やかさはまるでないし、かといって道端に落ちている石ころにしては目立つもの。


 それに石の中に何か文字のようなものが浮かび上がっている気がするのだけれど……白く濁ったような色のせいで、何なのか把握できない。


「あ、そういえば今何時だろ……」


 しばらく木箱の仕掛けに没頭していたせいで、時間がどれくらい進んでいるのか不意に気になった。顔を上げて、私とカーミラさんのベッドの間に設置されている振り子時計の針を確認。


 針の方向は傾いていた。真上じゃない、右に傾いて……ってこれ、


「えっ、もうこんな時間⁉︎」


 時計の短針は真上を通り越して、『2』を指していた。つまり、今は夜中の二時。

 あちゃ……どおりでこんなことしてても、カーミラさんがぐっすりなわけだ。木箱に没頭していたということもあるだろうけど、起き上がった時からかなり深夜だったに違いない。


 明日の寝起きが最悪かな……。自宅ならともかく、こんな遠出先でこんな時間まで起きているなんて。

 とにかく、今すぐベッドに入ろう。明日も早いのだから。

 そう思って私は木箱を片付け、中から取り出した結晶石をローブの内ポケットにそっとしまう。


「……おやすみなさい」


 遅いし、誰にも届かぬ言葉だとしても。私は一応とそう呟いて、暗闇の中に意識を手放した。

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