第97話 ヴァンパイア・メモリーズ(3)
……やがて夜になり、昼が終わりを告げて空も暗闇に包まれ、星で飾られ始めた頃。
昼の王都散策を終えてホテルに戻った私達は、それぞれ思い思いに過ごして、明日に備えて身体を休めていた。
「はっ、やあっ!」
そして私といえば、まだ寝るには早かったからとホテルの中庭で剣の素振りをしていた。
こうしていれば身体も疲れて寝つきが良くなるし、剣を振っていればいいだけだから、余計なことを考えずに済む。繰り返している内に身体も徐々に熱を帯びてくることで、時々頰を撫でる冷たい夜風が心地いい。柄に結びつけた包帯を風で躍らせると同時に剣で風を切り、ただひたすら目の前に集中して腕を振るった。
「こんな時間まで特訓? 精が出るわね」
「あ、カーミラさん」
100回くらい素振りを終えて休憩を取っていた頃に、カーミラさんが様子を見に来てくれた。
ちなみに今回、私はカーミラさんと同室になった。特訓に集中していて、いつまでも部屋に戻ってこない私を心配して見にくれたのかもしれない。
「はい、少しでも強くなりたいですから。それに、この精霊の身体の動かし方も覚えておこうと思って」
「真面目ね〜、あたしだったらレオンのしごきでさえ逃げ出しちゃうのに」
「カーミラさんもご一緒どうです?」
「うーん……遠慮しておくわ。あまり余計な筋肉付けたくなくて」
ペロッと舌を出しながらいたずらっぽく笑うカーミラさんに、つられて私も笑みがこぼれる。
吸血鬼の在り方にとことん厳しいレオンのことだ、カーミラさんがいうしごきも並みのものじゃないだろうし、今の内に休憩しないと吸血鬼であるカーミラさんも耐えきれない。
本人が遠慮したいというなら無理に一緒に練習する必要はない。私はカーミラさんに見守られながら、素振りを再開した。
「わあ、姿勢がしっかりしてる。やっぱりあたし、剣は向いてないのかしら……」
「そんなことないと思いますけど。私だって、剣の使い方は衛兵と本の中の見よう見まねで、ほぼ自己流ですし」
「そうなの? あたしから見れば充分凄いけど」
カーミラさんがそういってくれるのは嬉しいけど、その言葉は嘘じゃないから教えてあげられる程大したものじゃない。
今まで教わるばかりで、教えてあげるということもしたことないし……いざやるにしても、私なんかに上手く出来る自信はない。ルーザもある程度扱えるものの、基本は鎌だから無理そうかな。
「まあ、そのくらいにしておいた方がいいんじゃないかしら。無理しすぎも身体に毒よ」
「ん……そうですね」
カーミラさんのいう通り、無理するのは良くない。それなりに時間も経過しているし、私は剣を鞘に収めて二人で部屋に戻った。
部屋の扉を押し開けてみればそれは凄い光景だった。2つのシングルベッドが並び、テーブルやランプなどが設置されているところは普通なのだけど、驚くのはカーミラさんのベッドの周り。おそらく王都で買い込んだであろう品物が床を埋め尽くしている。紙袋が床の大部分を占領し、歩ける余裕がないくらい。
「これはまた、凄い買い込みましたね……」
「女の子ならこれくらい普通よ? 今までこうして遠出したこともなかったし、色々試してたら楽しくなっちゃって」
なんて、買ってきた服や装飾品を眺めるカーミラさんは満足そうだ。服は着替えがあれば基本はこの黒のローブで充分、という私には服が欲しいという気持ちはちょっとよく分からない。
それにしても凄い量だ。紙袋の隙間からかろうじて床が見える程度だし、踏みつけないように気をつけないと……。そう思いながら紙袋の間を縫うように慎重に足を動かして、自分が使うベッドへと腰掛ける。
「ふふっ、こうして友達とベッドを並べて寝るのも初めてね」
「あ、そっか。カーミラさんはいつも一人だから」
「流石にレオンと寝るわけにはいかないしね〜。お父様に余計な負担はかけたくないし、レオンもレオンで棺で寝ちゃうから、寝る時は全然顔を合わせないのだけど」
カーミラさんは吸血鬼だけどベッドで寝る派。それをレオンがいつか私の前で恥を知れ、と罵ってたっけな……。
お父さんも今の今まで身体を悪くしていたから一緒で寝るのも無理だっただろうし、カーミラさんはいつも誰かと言葉を交わすことなく、一人静かに寝ていたんだらう。
あ……そういえば気になることが一つ。
「カーミラさんのお母さんって見たことないですけど、どんな方だったんですか?」
「ああ、そういえばいってなかったわね」
私がそう聞くと、カーミラさんはおもむろに首のチョーカーに付いている金のハートのチャームに触れる。その側面にあった、小さな出っ張りを指で押すとカチッと音が響いて側面を境にチャームが開いた。
どうやら、チャームはロケットペンダントだったらしい。そして、カーミラさんはその隠されていた中の絵を見せてくれた。
「ほら、これがあたしのお母様。『レイシア』っていうの」
「わあ……」
絵を覗き込むと、思わずため息を漏らしていた。




