第97話 ヴァンパイア・メモリーズ(2)
「くっそ……いきなり出鼻くじかれたな。よりによって儀式の日だなんて」
「祈祷の儀式って、そんなに大切なの?」
「精霊同士だと昔からの仕来りに煩いんだよ。サボると災いが降りかかるー、なんてさ。そんなことしなくてもとっくに災い来てんのに」
まだ『滅び』のことを知らないらしい下級精霊に向けてか、オスクはフンと鼻で笑う。
だけど、昔からのことは由緒正しいとも言える。精霊王は祈祷自体に『滅び』を退ける力こそないとわかっていても、その祈祷を捧げる姿勢がここの住民達に安心感を与えているのだろう。実際に、今も王城を見上げる精霊が周りにも結構いた。
「行けないなら行けないでいいんじゃないでしょうか。学校には話してありますし、慌てるのはよくないですよ」
「まあ、そうだな。この辺り散策するのも手だし」
「じゃあ、わたし服屋見たい!」
「あ、あたしも!」
「えっ、ちょっと2人とも⁉︎」
そんなエメラとカーミラさんの言葉にびっくりして声を上げるも、時既に遅し。2人はあっという間に服屋があるらしき通りに駆け出してしまい、伸ばした私の腕が虚しく虚空を泳ぐ。
カーミラさんなんて日差しを浴びないように大きな日傘を差しているのに、それを物ともしない素早い走りだ。2人とも、フェリアスに来た目的忘れてないよね?
「あいつら……何のためにここまで来たのか分かってんのか?」
「ま、まあ、今日だけはゆっくり観光してもいいんじゃないかな?」
とはいえここは精霊の王国。当然、服屋で取り扱っているのも精霊用の服飾品。エメラには着れそうにないものばかりだってこと、分かっているのかな……?
「でも、見て回りたいのは賛成ですね。精霊の国だと魔法具や薬草も珍しいのが多そうです」
「だね。僕らも回って来ていいかな?」
「ああ、別に構わねえよ」
フリードもドラクも、2人に便乗するわけではないけど店を見に行って、イアも「オレも」と付いていった。妖精は変わらず私達以外にはいないけど、周りも慣れて来たのかさっきより視線は感じない。
……まあ、さっきまでおかしな歩き方してたのだから、変な目で見られるのは当たり前だったんだけど。
「ま、どのみち今日は足掻いたって城には入れないんだし、お前らも回ってくれば?」
「う、うん。あれ、そういえば……」
「うん、どうした?」
周りを見渡してみると少々の違和感。いや、歩いている精霊や、その街並みはミラーアイランドやシャドーラルと変わらない、至って普通な王都の光景なのだけど……私が気になったのは周りの反応だ。
ここは精霊の王国なのだから、妖精混じりの国に比べれば大精霊のことには詳しい筈。それなのに周りの精霊達は何の疑問もなく歩いている。フードで顔を隠しているオスクはともかく、私とルーザは特に変装もしていないというのに。
いくら今まで行方知らずだったとはいえ、誰一人気付かないのは少し不自然にも思えてしまう。
「誰も私とルーザのことに気付いてないなんて……」
「ああ、そういえば妙だな。10年以上行方知らずで顔出してないにしても、救世主って祭り上げた奴をこんな綺麗さっぱり忘れるか?」
やっぱりルーザも疑問に思ったらしい。いくら『滅び』のことを全員が認知している訳ではないにしろ、全員気付いてないなんて変だ。
「あー、それね。理由は簡単なんだよ」
「そうなのか?」
「ああ。お前らが数百年前に妖精とか下級精霊に都合の良いように利用されそうになったのは、以前半身から説明されたじゃん? そんな輩とその他もろもろの道具にならないよう、僕と光の大精霊の元でお前らを匿ってたんだよ」
「あ、だから周りも私達の顔を知らないの?」
「そう。確かに、『滅び』の対抗手段としてお前らの存在を知ってる奴はいるさ。だけど匿ったおかげで顔まではもう忘れられている。気付かれないのはそういうわけ」
……そういえば、ライヤとレシスからそんな話を聞いていた。
命自体を操る力が力なだけに、傷を治せだの、荒れた土地を再生させろだの、死者を蘇生してくれだの、そんなことばかりを一方的に頼まれたことがあると。
後は、『滅び』に対抗出来る力のこともある。『支配者』がそのいい例だ。だから2人は、以前の私達は隠れること余儀なくされた……それが私達の顔が知られていない理由らしい。
「成る程な、何百年も表に出てなきゃこうなるわけだ」
「なんだ、ちやほやされたかったわけ?」
「ううん。逆に安心した」
もしも私達の顔が知られていたら、ミラーアイランドの時のような変に注目を浴びて圧迫感に襲われてしまう。
慕ってくれるのは嬉しいけれどやっぱり窮屈だし、大したことなどしていないと、また劣等感を生んでしまいそうで。ルーザのおかげである程度は克服出来たけど、まだ完全にはあの時の経験が取り払われていない。
「ま、今は普通の観光客に紛れられるんだ。気にせず回ればいいだろ」
「うん、そうだね」
ルーザのその言葉に笑みを返しながら、私とルーザとオスクも精霊の王都を楽しむことにした。




