第10話 裏の経過(1)
今回から二章です。
主にルーザ視点です。まだまだ序盤部分なのですが、読んでいただければ嬉しいです(^^)
時は数時間前に遡る……。
ダイヤモンドミラーを通り抜けたオレ、ルーザは自分が元いた場所『影の世界』へと戻っていた。
まるで扉をくぐるようになんとなく、本当に鏡の中に入ったことを確認することもなく、ただ一瞬で。暖かだった空気が一気に冬のようにひんやりとしたものに塗り替えられて……山に隔てられた国、オレが暮らしているシャドーラル王国へと戻ってきた。
「ふう……」
やっと戻ってこれた。それを実感し、ほっと息をつく。雪こそ降っていないが、冷たい空気がオレを包み込んで、今まで何処か焦りに駆られていたオレの頭を程よく冷ましてくれた。
この鏡に突然吸い込まれて、二週間。ルージュ達と出会ってから数日必死に帰る方法を探していたのに、いざ帰ってきてみればほんの一瞬の出来事で、正直拍子抜けだ。それに、さっきまで隣にいたルージュ達の姿もほんの数秒で見えなくなってしまい、夢なんじゃないかと錯覚しそうになる。
……オレは不意に、あの廃鉱で掘り出したルビーの欠けらに触れる。
光の世界にいたということはこいつが証明してくれる。土産程度でもらったものだが、こうしてしっかりした石に触れると嘘ではないんだと思わせてくれる。
「……帰るか」
こんなオレでも、帰るべき場所がある。家族はいなくても、唯一オレのことを家で待ってくれているやつがいる。オレはその存在を思い出し、二週間ぶりに帰路に着いた。
その道中でオレは街の様子をキョロキョロと眺めていた。しばらく離れていたとはいえど、街の様子は全く変わっておらず。いつものように周りの山が落とした影で薄暗い街並みだ。
離れてたのはほんの僅かな間だが、道中の街並みも懐かしく思える。ミラーアイランドも悪くはないのだが、やはり見慣れた場所の方が落ち着く。
いつかあいつらへの礼に、今度はここを案内してやれればいいんだが。見渡している最中に、ふとそんな考えが浮かんだ。だが、オレもここにようやく戻ってこれたばかり、まずは家にちゃんと帰宅するのが優先だ。
……そんな考え事をしている内に、いつの間にか自分の家に着いていた。
二週間ぶりの自宅。見た目、どこにでもある普通の一軒家なんだが、魔力で広くしたり、狭くしたりなど出来る空間圧縮の魔法で中は見た目以上に広い。任意で部屋も通路も変化させることが出来るから、理屈はルージュの森に近いというわけだ。
しばらく空けていたというのに、門には落ち葉一つ落ちてないし、外観も窓も壁もしっかり磨かれて綺麗なままだ。執事がオレがいない間もしっかり掃除してくれたらしい。
「今度礼を言わなきゃな……」
オレの帰りをただ一人で待っていたであろう、オレの世話役の執事のことが今までどうしていたか、今頃になって気になってきた。
ルージュには言ったが、オレには世話係の精霊執事が一人いる。家族もいない、親戚もいないオレにとってはたった一人の家族のような存在だ。
その執事もオレが急に行方をくらまして心配しているはずだ。一刻も早く、顔を見せなければいけない。普段でも何かと心配してくれる執事のことだ、きっとかなり気を病んでいる筈。
オレは扉を開けて、早足で家の中を探す。リビングにキッチン、廊下を駆け抜け、庭も見て。家のあらゆる部屋や場所を余すことなく探し回る。そして最後にオレの自室を見て……ようやく見つけた。
すらっとした、長身の精霊。黒の仕事服と、青い石がはめ込まれたブローチで止められたスカーフを身に付けている。その服装はいつものようにシワもなく、汚れの一つだって無い清潔で整った服装だというのに、俯いている顔は酷くやつれているように思えた。
そう、この精霊こそオレの執事であるシュヴェルツェだ。普段はシュヴェルと呼んで、オレが家族同然にも信頼を置いている相手。
そのやつれた表情も、魂が抜けてしまったようにただひたすら部屋に設置されたミニテーブルを磨いている姿も、どれも痛ましく見える。オレが扉を開けて物音が立ったにも関わらず、まるで聞こえていないようで見向きもしない。
……いきなりオレが帰らなければ、こうなるのは当然だ。今更ながら、罪悪感も覚えた。
「おい」
「……!」
意を決して、オレはシュヴェルに声をかける。流石にシュヴェルもこれには気づいたようで、さっきまで俯いていた顔をガバッと上げた。
……そのやつれた顔も露わになる。肌は白くなって生気をさほど感じさせないし、服装こそ整っているが髪は乱れて痛んでいるように見える。何度も涙が出て目をこすったのか……すっかり泣き腫らして充血していた。
こんなに心配をかけていたのか。……本当に申し訳ないことをした。
「ルヴェルザ様……⁉︎ 一体いつから……いえ、それはどうでもいいです、よくぞご無事で!」
「……悪いな、心配かけた」
オレの口からはそれしか出てこなかった。
もっと言うべきことがある筈なのに。こんな言葉をかけるべきではないのに。それしか言えないオレ自身に嫌悪感が湧いてくる。
だが、シュヴェルはそんなことどうでも良かったらしい。オレの姿を様々な角度から確認し、オレがいるということを自身に納得させるためにか舐めるようにオレの全身を確かめる。
ジロジロ見られるのは恥ずかしいが……それだけのことをオレはしたんだ、文句を言う資格なんてない。シュヴェルが満足するまで我慢しなくては。
「本当に……ご無事で良かった……! ルヴェルザ様のお姿を見れただけで満足です」
「ん……もういいのか? オレは構わないが」
不意に胸に手を当て、ホッとしてオレへの確認をやめるシュヴェルにオレは思わず聞き返す。
二週間の溝は深い筈。オレに気遣ってか早めに済ませたのなら、ここまで散々心配かけたシュヴェルに申し訳ない。
「いえ、こうしてルヴェルザ様のお姿を確認出来るだけで充分ですから。ところでルヴェルザ様、一体どちらまで?」
「外出してたらトラブルにあってな。ま、オレはこうしてピンピンしている。特に問題ない」
「……左様でございますか」
シュヴェルは掘り下げて聞いてはこなかった。
執事の立場とはいえ、シュヴェルとはそこそこ長い付き合いだ。オレの性格はよくわかっているからあえての選択だろう。
オレも、話したいというわけではなかった。もちろん説明しなくちゃならないこともあるが、それにはかなりの時間を要する。説明は落ち着いた辺りにでも済ませる方がいい気がした。
「気にはなりますが、私はルヴェルザ様がご無事なだけで満足です。これ以上、貴女に迷惑をお掛けするわけにはいきませんから」
「そうか。ありがとな」
「しかし、フリード様とドラク様は大変気にかけておられました。毎日、ここに出向かれてまで心配しているご様子でした」
「ああ……」
フリードとドラクというのは、オレのこっちの世界での友人だ。2人ともちょっとしたきっかけでよく共にいるようになった男妖精達。
別にオレはつるむのなら男も女も構わない。ただ馬が合えばいいと、周りの目も気にしていなかった。
シュヴェルの話しじゃ、あいつらにも相当心配かけた様子だ。都合よく明日は休日、その機会にこの二週間で余計な心配をかけた詫びにも2人には顔を出して安心させなければ。
シュヴェルの反応を見ていたり、話を聞いたりするだけでオレが周りにどれほどの心配をかけていたかがわかる。
────二週間の空白は大きい。それが改めて思い知らされた。




