第96話 己が姿は何処へ(2)★
「きゃあっ⁉︎」
「うわっ!」
突如私達の足元から光が溢れ出し、私とルーザの身体を包み込んだ!
光は私達の視界を覆い尽くし、目の前を真っ白に塗りつぶす。戸惑いの中でいきなりそんな状況に立たされて、私達は混乱するばかり。
でも何故か、光に嫌悪感が湧き上がってこない。眩しいけれど、何処か暖かくて、懐かしくて……そんななんとも言い難い空気に包まれる。そんな真っ白な世界はやがて閉じられていき……
「お、おい、その格好……!」
「え?」
何故か、ルーザは酷く驚いた様子で私に声をかけてくる。
私の格好がどうかしたんだろうか。よく分からず、何事かと視線を思わず下に。
あれ、私の手がなんだか変。いつもの薄桃色じゃない、まるでオスクやカーミラさんのような色。それにいつもより大きい……?
「えっ、これ……⁉︎」
自分の身体を見直し、ルーザも自分の姿を見据えて言葉を失う。
服装は変わらない。いつもそれぞれ遠出する時に着ている黒のローブと白の厚手のマントを羽織った法衣だ。けれど、その服を纏っている身体はいつもとはまるで違う。
妖精の身体とは似ても似つかぬ人間体の身体。腕が、脚が、全身が妖精のものとは倍以上の長さになっていて。服装や髪飾りこそいつもと同じだけど、私が私じゃないようで。
そしてその見た目は私達の半身────ライヤとレシスと瓜二つだった。
「な、何がどうなって……⁉︎」
「とりあえず成功ってとこか。案外上手くいったじゃん」
光が晴れても戸惑うばかりの私達を他所に、オスクはケラケラと愉快そうに笑うばかり。私とルーザだけじゃない、みんな私とルーザの姿が変わったことに驚いている。
「おい、これはどういうことだ! いい加減説明しやがれ!」
「まーまー、そんなに騒ぐなって。お前ら、この姿になって何かに気付かないわけ?」
「え? えと……ライヤとレシスに触れたら、私達が2人の姿に変わってて……あ、もしかして!」
「そう、そういうこと」
私の言葉にオスクはニヤッと笑ってみせる。
ライヤとレシスは私とルーザの半身であり、私達2人のかつての姿。2人の姿こそが私達の本来の姿であるから、今この姿になったのは2人と合わさったからなんじゃないかと。
「同化と言うよりは仮のものってとこで、お前らの身体にあの2人の姿を写したってだけの程度だ。だからまだ完璧とは言い難いけど」
「そっか……」
私達の身体と記憶は『支配者』によって分離させられて、私とルーザは今の妖精の姿に変えられてしまった。それはもう呪いのようなもので、大精霊達ですらどんな手を尽くしても戻せないもの。
まだ状況が飲み込みきれてないけど、完全な同化じゃないから納得出来るところもある。妖精の身体から人間体になったことで一気に身長が伸びたにも関わらず、歩く時も特に違和感がないし、服装が同じなのも頷ける。恐らく、これが姿を『写した』効力によるものなんだろう。あくまで見せかけというせいか、海面に写る私とルーザの姿は妖精のもののままだし。
だけどそんなことは気にならなかったらしい、他のみんなは急に私達の姿が変わったことにより盛り上がり始める。
「す、すっごい……! 一気に高くなっちゃった!」
「これ本物か? 見た目だけってのも……」
「ちょっ、いって! 何しやがる、イア!」
「おお、本物だ!」
確かめるためなのか、ルーザの黒髪をぐいぐいと引っ張るイア。当然、『写した』といっても本物に変わらないそれを御構い無しに引っ張られたルーザは痛がり、その仕返しにイアの頭をスパンッと容赦なくはたく。
「あでっ⁉︎ んだよぉ、何も叩くことねーだろ……」
「お前が遠慮なしに引っ張るからだろうが。この礼儀知らず」
「それにしても凄いわね……。これで2人が本当に大精霊様だってことがよくわかったわ」
カーミラさんもすっかり感心したように私達の身体をあちこちから観察している。
……よく見たらカーミラさんの背より私達の方が若干高い。他のみんなもいつもより小さく見えるし……友達をこうして見下ろすなんて初めての体験だ。
確かにこうすればもう精霊にしか見えないし、今は妖精だということも疑われることもない。オスクは最初からこれを狙っていたのかな。
「お前、もし失敗してたらこの先どうするつもりだったんだよ?」
「その時はその時って話なだけ。いずれはこうなる時が来るんだ、今の内に感覚でも掴めば? 写しただけでも魔力は強まってるし、今後も望むならいつでも出来るんだから」
「う、うん……」
……と、言われたもののやっぱり違和感が拭いきれない。
別に足元はふらつかないし、寧ろ馴染んで元からこうだったようにすら思えてくるけど、やっぱり視線の高さが変わると変に落ち着かない。
でも、これもフェリアス王国で目立たないようにするためだ。我慢、我慢……。
「んじゃ、準備も整ったんだし、乗り込むぞ」
「え、ええ⁉︎」
「よ、妖精の僕らはどうすれば……?」
「えっと……とりあえずあたし達の影に隠れてたらどうかしら?」
「そ、そうだね!」
私とルーザはなんとかなっても、元から妖精であるイア達は自力で目立たないようにするしかない。四人とも、人間体である私達に寄り添うように固まって歩き出す。
塊になったことで余計に目立って、周りから不思議を通り越して怪しまれているのはきっと気のせいに違いない……と思いたい。
そんな奇妙な塊団体観光客は、精霊の王国、『フェリアス王国』へといよいよ踏み入れた。




