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幻精鏡界録  作者: 月夜瑠璃
第8章 起点に立つ刻-Restart-
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第94話 夜明け共に交わりて(1)

 

 ……周りの木々から漏れて千切れた、眩しい朝日が窓から差し込む。

 普通の朝、普通の目覚め。なんの変哲も無い、何処も異常が感じられない程に朝を迎えた。窓から見える景色も、今世界に災厄が降りかかっている気配すら感じさせない程にのどかなもので。


 でも、心なしか目覚めはいつもよりスッキリしている気がした。今までなんだか何処かつっかえるよつな重みがのしかかっていたような夢見は、いつの間にかその足枷がなくなっていた。

 本当に、なんとなくのような感じで。それでも今までなんだか起きる時に残った気怠さが取り除かれたような……そんな感覚。だけどはっきりと認識できなくても、これだけはわかる。


「勝った、んだよね……」


 そうだ、勝ったんだ。ずっと夢に巣食っていた本物の悪夢、元凶である『滅び』の結晶に。

 今までとは比べ物にならない規格外の大きさ、結晶だというのに根を張って世界からあらゆるエネルギーを吸い尽くしていたこと、そして……ガーディアンこそいなくても冗談みたいな耐久力を持つ結晶本体を。

 地中深くに隠れて、その存在こそ予感させても今まで居場所すら掴めなかった敵。長いこと夢の世界を侵食していたけれど、やっと今日、それを倒すことが出来たんだ。


 まるで夢のように、おぼろげで。しっかり見た筈なのに、何処かぼんやりとして。それでも成し遂げたということ────あの結晶が崩れ去っていく光景は今でも心にしっかり刻み込まれていた。

 でも他のみんなのことも気掛かりだ。まずはルーザに……


「いたっ⁉︎」


 ところが、次に私が感じたのは突如身体に走った痺れるような痛み。予想していなかったことに、私はベッドに尻餅をついた。

 しかもなんだか太ももの辺りがビキビキいっているし……外からの痛みというより、これは内側からだ。これって、もしかして……。


「筋肉痛かぁ……」


 それを確信し、まだじんじんと響く痛みに顔をしかめる。

 確かに、結構無茶していたからなぁ。実験程度だったのに絶命の力を二回も使ったり、作戦のためとはいえ派手に地面を転がり回るように逃げたり。これでなんの代償が無い方がおかしい。

 まあ、夢の中で暴れたからといって筋肉痛になるのも不思議なんだけど……常識という言葉が通用しないのが『滅び』だ、あまり捉われない方がいいのかもしれない。


 でもやっぱり痛いものは痛い。少し動いただけで身体がパキパキと軽い悲鳴を上げているし、以前に氷河山に登った時よりも筋肉痛の程度が酷かった。

 このままじゃ歩くことも少々辛い。こういうことに効く薬とかないかな……と、枕元に置いておいたカバンをゴソゴソとまさぐっていたその時、扉からコンコンと軽いノックが響いてきた。


「あ、はい」


「起きてるか? 入るぞ」


 扉越しから聞き慣れたぶっきらぼうな声が聞こえてきた。

 どうやらルーザが様子を見にきてくれたらしい。ルーザは私が扉を開けるのを待たずに、自分で開けてきた。


「あ、ルーザ。おはよう」


「ああ。ほらよ」


「わわっ」


 挨拶するや否や、ルーザは私に向かって何か投げてよこしてきた。

 慌ててそれを受け止め、手の中を確認すると……それは錠剤が入った小さな小瓶。カチャカチャと軽やかな音を立てて、瓶の中で踊るその薬を見て私はあっ、と気づく。


 この薬こそ、たった今私が探していた筋肉痛を和らげてくれる効果がある魔法薬だった。じゃあ、ルーザはそれをわかってて持ってきてくれたのかな?


「かなり暴れたし、身体が悲鳴上げてんじゃないかと思ってな」


「あ、うん。えと、ルーザは平気なの?」


「割とな。まあ、慣れってやつだ」


 確かに、ルーザは歩く時も違和感がない。本当に平気みたいだ。

 私も記憶の世界には何度か行ってたけど、やっぱり何処か性質が違うみたいだから大丈夫とはいかなかったようだ。私はありがたく、ルーザが持ってきてくれた薬を早速口に放り込む。


 薬を飲んだだけでも気持ちが落ち着いて痛みが和らいだ気がした。そのまま成り行きでルーザも部屋に入り、ベッドに腰掛けながら話すことに。


「私達……本当に勝ったんだよね」


「ああ、あれは夢じゃねえよ。楽勝とはいえないが、それでも結晶をぶっ壊せたんだ」


 ルーザがそう言ってくれたことでようやく実感が湧いてくる。

 あの後、本当はやっと本来の姿を取り戻した夢の世界を見て回れたら良かったのだけど、時間もあって結局そのまま戻ってきてしまったんだ。

 でも、夢の世界を一部みただけでもあの綺麗な景色と、澄んだ空気と空を見上げたら言葉に言い表せない程にまで見惚れてしまった。まさに『夢』のような光景で────今までの惨状を目の当たりにしているからこそ、あの景色がすぐには信じられなくて。


「倒した証拠ならあるだろ。オスクがお前のカバンに突っ込んだ欠けらがあるじゃねえか」


「あ、そうだね。えっと……」


 私は再びカバンに手を突っ込んで中身を確認する。そして目的のものを見つけ出し、引っ張り上げる……のは無理だったので、カバンの口を大きく開きながら中身を掻き出した。


「よい、しょっと!」


 ドスン!

 ……と、取り出したものの大きさが大きさなだけにそれを床に置いた途端、大きくて派手な音を立てる。

 オスクが回収した結晶の欠けらが詰められている魔法のカプセル。さっきはオスクが持っていたからどれくらいの大きさなのか分かりづらかったけど……カプセルは床に置いても、私達の身長に届きそうなくらいの直径まであったことがここで判明した。


「こんなのが入るって、お前のカバンどうなってんだよ」


「……うん。たまに自分でもびっくりする」


 そう言いながら、私はカプセルの中の結晶の欠けらをまじまじと観察してみる。

 欠けらといっても、私の頭くらいの大きさもある結晶。一つ一つが私の腕では抱えきれない程の大きさがあるし、やはり大物だったんだと思わせる。

 そしてその色は……透明で澄み切っていて、結晶自体がキラキラと自ら輝いている気さえする程に光を帯びていて。結晶の中で日光が乱反射しているのだろうか、中には何か光の線がいくつも張られているようにも見えるし……何にせよ、幻想的な光景だった。


 今の今まで、あんなにドス黒くて濁っていたのに。思わず目を逸らしたくなる程に、醜くて嫌悪感を抱かせていたのに。今、目の前にある結晶の欠けらはその感情を一切湧き上がらせなかった。


「これがあのドス黒い結晶なんて、にわかに信じられないな」


「うん……。本当に、どうしてあんなに濁っちゃったんだろう」


 考えてみれば、結晶が何なのかもわからなかった。毎回、結晶を浄化する度に『滅び』の結晶と共にこの透明になった結晶も目にしてきたけど、さっぱりだ。

 結晶の出自、濁った理由……それを掴めれば、何か『滅び』について進展することがあるかもしれない。


「でもまあ、大精霊3人にもわからないようだし、とにかく資料を集めるしかないな」


「……だね」


 今は使えそうな情報源を集めて、見比べるしかない。レオンを脅したという精霊の正体もわからないままだし……『滅び』については手当たり次第にサンプルを搔き集めるしかないんだ。


「ま、今は重く考えるのは終いだ。倒したは倒した、お前も完全にとはいかなくても絶命の力を多少は使えた。素直に喜ぶべきだろ?」


「そう……だね。裏を説得出来たかは、まだわからないけど」


「すぐにはいかなくてもいいさ。とにかくお前の発想のおかげで勝てたも同然だし、もっと胸を張れよ」


「……うん!」


 ルーザの言葉に大きく頷く。

 まだ何も解決していないのかもしれない。『滅び』のことも、裏の人格のことも。それでも今は、一つの脅威を倒せたことを喜びたいから。

 ようやく本当の意味で仲間として、『滅び』に立ち向かえたのだから────。


「おーい、お前ら起きてんの?」


 ……と、不意に扉の外からオスクの呑気な声が聞こえてくる。

 オスクは私達が何か返事するのを待たずに、ルーザと同じく自分で勝手に扉を押し開けてきた。


「なんだ、ルーザもいるんじゃん。起きてんならさっさと朝食の支度してくんない?」


 なんて、そういいつつも空腹に耐えられなかったのか、オスクの右手にはリンゴが一つ。オスクがそれをかじる度に、部屋にしゃりしゃりという咀嚼音(そしゃくおん)が響いた。

 仕事はちゃんとするのだけど……それ以外は割と自由奔放なオスク。頼む立場だというのに偉そうだし、その態度もやっと一つの事態が終息した今でも相変わらず。私とルーザはそんなオスク前に、顔を見合わせてため息をついた。


「まったく。一体どっから持ってきたんだよ、そのリンゴ……。お前には自分で作るって選択肢はないのかよ」


「だって、僕が作れるのなんて魚焼くことくらいしか知らないし。他にどうしろってのさ」


「ふふっ、わかった。今から支度するから、ちょっと待ってて!」


 いつも通りのやりとりに笑みをこぼしながら、またしても喧嘩になりそうな2人を止める。確かに大きく動いたせいでお腹が減っているし、私も急いで身支度を済ませて部屋を出る。

 キッチンに向かう途中で別の部屋に留まっていたレシスとライヤとも顔を合わせて、お互いの安否を確認出来て一安心。全員で集まったことでようやく無事に戻ってこれたんだとわかったから。


 決して無傷というわけじゃない。見える傷は治せても、私達の精神的な傷や世界に残った『滅び』の爪痕など……不可視でも、その痕跡はあちこちに確かに刻まれていた。

 それでも。多くの脅威に晒されながらも、私達は誰一人欠けることなくここにいる。一度狂気に呑まれてしまった私でも、ルーザが手を掴んでくれたから。


 ……そうだ、胸を張ろう。みんなでこうして、無事に一つの災厄をのりきれたんだから。

 そう思いながら、私はいつもしているように朝食の準備に取り掛かった。

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