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幻精鏡界録  作者: 月夜瑠璃
第8章 起点に立つ刻-Restart-
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第93話 その死花を枯らせゆく・後(3)


『ま、マ。モドしてくれタ。ウレしい』


「お前……喋れたのかよ⁉︎」


 メアから紡がれる確かな言葉に驚愕する。

 まさか喋れたなんて……。今の今まで、そんな気配はしなかったのに。


 カタコトで、途切れ途切れだけど……確かに聞こえる。メアは嬉しいと……ちゃんとそう言った。


『マまから、コトバもらっタ。オれい、いいたカッた』


「ママ……そっか、メアちゃん達にとってコアはママなんですよね」


 どうやらさっきコアに飛び付いたことで、メアはコアから話す能力を貰ったようだ。

 そして肝心のコアはというと……さっきまでルーザの手のひら程の大きさも無かったのに、もうオスクの身長に匹敵するくらいの高さになっている。そして今まで失われていたらしい、金色のつるが宝石を守るように包み込んでいた。

 ……これが本来のコアの姿。それはため息が出るほど綺麗なものだった。


『ママ、ハナせない。カワリにおレイ、イウ。アリガとう』


「メアちゃん……! こちらこそ助けてくれてありがとうございます!」


 嬉しさのあまり、ライヤはメアをぎゅっと抱きしめる。

 いくら言葉を貰ったとはいえ、メアの姿形は一切変わっておらず、黒い煙のような身体のまま。それでもメアはもう、一つの生き物のように見えていた。


 この夢の世界の。名前は悪夢だとしても、荒れ果てていた世界でたった一つ残っていた希望の欠けらが。今、それが言葉を持って『生きている』ということを証明しているのだから。


「まあ……こいつがいたことでぐらぐらだった世界をどうにか繋ぎとめられていたのかもな。お前のセンスはどうかと思うが」


「もう、私のセンスはおかしくないの! ですよね、メアちゃん?」


『コノなまエ、スキ。おかシくない』


「ほら! メアちゃんだってこういってます!」


「対象に庇われてる時点で駄目だと思うけどな……」


 ルーザも呆れたようにため息を一つ。オスクも、やれやれとばかりに肩をすくめていた。


 ……なんだかいいな、こういうの。やっと平穏に戻れたって気がしてくる。

 数ヶ月前まではこんな他愛のない会話が普通だったのに。『滅び』の騒動で、その日常の歯車が大きく狂ってしまった。

『滅び』は夢の世界のような目に見える傷ばかりを与えているんじゃない。いつかこれが当たり前になるように、全ての傷を取り除いて、歯車が正しく機能するようにしなきゃいけないんだ……。


「とにかく、解決は解決っしょ。これで大丈夫か?」


「だと思うよ? もう後はここを出て現実に帰るだけなんじゃ」


『マまが、セカイつくりナおす。ココもイチど、スべてのセンをきル』


「えっ、それって……」


『もうスぐ、ココくずレル。はヤく、でテ』


「嘘だろ⁉︎」


 確かに、メアが言うように洞窟の壁からみしみしと嫌な音が聞こえてくる。

 コアが荒廃しきった世界を正すため、世界そのものを再構築しようとしている。ここが崩れようとしているのも、きっとその前兆。メアの言う通り、早くここを出なきゃ閉じ込められるどころか瓦礫の下敷きになってしまう。


「そんな……メアちゃんはどうなるんですか⁉︎」


『こんドは、ママまもルばん。ココデ、おわカレ』


「そんな……せっかくお友達が出来たのに……!」


「……ライヤ、行くぞ。あいつはコアを守るって言ってんだ。ならその意思を尊重すべきだろ」


「……ッ」


 ……離れたくない。そのライヤの気持ちは、半身である私にはすぐにわかる。

 メアは今度こそ世界を守ろうとここに残ることを決めた。メアも名前を貰って嬉しかったから……本心ではライヤと離れたくないんだろう。ああいっても、名残惜しそうにライヤの足元にすり寄っている。


 ライヤも、最後にせめてもの挨拶というようにメアを力強くぎゅっと抱きしめた。


「メアちゃん……これでお別れじゃないですから。きっとまた会いに来ますから!」


「出るぞ、早くしないと崩れる!」


 レシスのその声を合図に、ライヤもメアから手を離し、出口へと向かって一心不乱に駆け抜ける。

 洞窟がもう崩れかけている。岩もメキメキと激しい悲鳴をあげて、天井からはパラパラと欠けらが降ってきて、私達に容赦無く降り注ぐ。


 そんな中────ルーザは一度だけ、後ろを振り返った。


「……あばよ」


 その一言を残し、コアが収まるこの広間の入り口は閉ざされた。





 ……出口を見つけると、私達はそこから溢れ出す光の中に転がり込むように走った。

 ひたすら、ただ逃げるように。洞窟の崩れる勢いは思いの外ゆっくりで、余裕を持って出口まで走り抜けられた。

 久々に見た気がする、外の光。そこは私達は飛び込む。そしてその先にあったのは────


「……わあ」


 その変わりように、私達全員言葉を失った。


 青々とした芝生、色とりどりに咲き乱れる花畑。遠くに見える湖には日の光を浴びてキラキラと光る水が蓄えられていて。何処までも澄み切った青空の下で、それらは全て平和を体現したかのような一ピースとなっていた。


 今の今まで、地面はひび割れて、花なんて一輪も無かったのに。空も、悪夢のようにどんよりとしていたのに。

 これが、本当の夢の世界なんだ……。


「やっと取り戻せたってわけか。この景色を」


「はい……メアちゃんの仲間も戻ってきています!」


 夢の世界が再構築されたことで、他の『悪夢』もコアによって生み出されていたらしい。『滅び』は潰えて、もう暴れることもない。これが本来の夢の在り方だから。


 いつか本で読んだ、私が焦がれた景色はこれだったのかもしれない。でも現実はこの景色を忘れてしまっているのが現状だ。

 いつか、現実でもこの景色を思い出させることが出来るだろうか? ……そう、ふと思った。

 難しいのは承知している。けれど、始めから無理なんて決め付けたくはない。だってルーザは、みんなは、私に現実の綺麗さも教えてくれたから。


 けど今は……やっと終わった悪夢に終わりを告げよう。いつも口にする、なんの飾り気もない言葉で。




「……おはよう、みんな」


 ……その言葉と共に、新たな蕾が花開く。

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