第9.5話 異端者は今日も嗤う
────光が差すことのない、暗闇の中。
地下深くに存在する、誰にも知られることがないその空間で、ぴちゃん、ぴちゃん……と、水音だけが大きく響き渡る。一切の侵入を拒み、固く閉ざされた扉の先で男は一人、闇を繕う。
「……急いては事を仕損じる、とはよく言ったものだけど」
誰にも届くことのない、男の呟き。それでも水音以外は無音であるこの空間に、男の声は確かに響いた。
「あれからかれこれ15年……大分経ったよなぁ?」
15年。それを振り返るのは容易い年であろうとも、きっと誰しもが決して短くはないと感じるであろう、その歳月。男がその15年をどう思っているのか……それを問う声は何処にもない。
果たしてその歳月の間、男はどう過ごしていたのか。何を思って今ここにいるのか。これから先、どうして行くのか。それは誰にも分からないし、知ろうともしない。
「まあ、ここに何年いようがそれは知ったこっちゃないけど。『あいつ』のおかげでそうにもいかないし、どうしたものか」
自身に問いかけるように、しかし何処か嘲るように男は目の前に広がる虚空へと言葉を投げかける。
しかしそれは当然答える声はない。聞こえたとしても、一体誰にその意味が伝わるだろうか。男が口にした存在でもない限り、無理な話だ。
「……別にいいけどさ。どうせ僕は異端者、下にだって馬鹿にされ続けてきた異常者なんだし。今更非難されても慣れっこなもんっしょ」
そうして自虐的な言葉を並べて、男は不意に立ち上がる。それでも周りの闇は晴れることなく、寧ろ深みを増して揺らいだ。
「……やっと動き出したんだ。これから少しは楽しませてくれなきゃ。どうせ何にも覚えちゃいない、かける情けもないってこった」
それにも関わらず、何処か楽しげにその声は弾んでいる。そのセリフには似つかわしくない、まるで悪友と小突き合うのを楽しみにしているかのような言い回し。その真意を知るのは男ただ一人だ。
……そして、闇は再び揺らぐ。
「あいつらはここに必ず来る。その時は……精々這いずり回って遊んでくれないと、なあ?」
不敵に笑い、語尾を吊り上げて。そんな男の紅い瞳だけがこの闇の中にただ一つ、ギラリと光を放っていた……。




