第92話 その死花を枯らせゆく・前(1)
「か、は……」
腹部に走った鋭い痛み。反応が追いつかず、視認することも出来ず、痛みがほとばしった衝撃の勢いのまま、私は地面に転がった。
何が……起こったの?
背後から攻撃された。それはさっきの衝撃が何処から来たかを考えれば瞬時にわかる。
でも目の前の、ドス黒い花を咲かせる『滅び』の結晶は自力で動くことは叶わない筈なのに。一体どうして……。
「ぐっ……」
……駄目だ。死角から攻撃されたこともあって、想像以上にダメージが深い。しかもなんだか刺された脇腹が火で炙られたように熱いし……多分、血も出てしまっているのかも。
攻撃と、さっきの転がった衝撃で意識がはっきりしない。みんなの心配そうな声がぼんやりと耳に入ってきても、どんな言葉なのか理解出来る余裕がない。
「大丈……治療し……!」
その時、倒れこむ私の視界にバタバタと慌てたように揺れる白い布が覆い被さる。すると、その白い布が眩しい光に包まれていき……
「う……あ、れ?」
痛みが引いて、ぼやけていた意識がはっきりしてくる。熱も引いて、目の前の白い布……それが金に縁取られた神々しいドレスだということに気がついた。
「あっ、良かったぁ……! ちゃんと傷も塞がりました!」
目の前にいたのは、こんな時でものほほんとした笑顔を見せるライヤ。
ライヤがいて、さっきの途切れ途切れに聞こえた言葉から察すると……私がライヤにさっきの傷の治療をしてもらったということのようだ。
平和ボケという言葉をそのまま体現したかのような振る舞いだけど、そこは命の大精霊。さっきまでの痛みや傷は綺麗さっぱり無くなっていた。
「おい、大丈夫か? かなり辛そうだったが……」
「あ……うん、平気。ライヤの治療がちゃんと効いたから」
「でも、なんだったんでしょうか。後ろから攻撃出来る手立てなんて無いはずなのに」
そうだ。さっき、私を背後を襲ったのは一体……。
私を心配してくれるルーザにそう返しながら後ろを振り返っても当然、何もいない。何かあったとしても今更だ。
だけど、さっきまで私が立っていた場所の丁度後ろに、小さな穴があることに気づいた。
「あれは……?」
なんだろう、あの穴……?
ただ一箇所だけに存在するその穴。普段は気にも留めないような地面の傷だけど……私が立っていた場所の後ろ、しかも一箇所だけというのが怪しい。
「おい、体勢が整えられるまでなんとかオレらで持ち堪えるぞ!」
「はいはい。言われなくてもわかってますよっと!」
レシスとオスクも、結晶が私に追い打ちをかけないように自分達を囮に誘導してくれていた。狙いが付けられそうになっても、攻撃を浴びせて自分達に注意を引きつけるようにしてくれて。
みんな、私を心配してくれている。嬉しいと同時に心配をかけてばかりの自分が情けなくなる。
なら……私はこの状況を打破出来るように、あれはなんなのか考えないと。きっとそれが結晶を撃破する大きな手がかりになる。
「ねえルーザ、さっきの攻撃って後ろって言ってたよね。後ろから私に攻撃したのはどんなものだった?」
「あん? そうだな……咄嗟だったからはっきりは見てないが、なんか針みたいなものだったな。多分、地面から出てきたんじゃないか?」
地面……なら、そのルーザのいう針が出てきた場所があの穴なんだ。そして結晶は花の形で……。
私はあの結晶を見据える。毒々しいを通り越して、最早あの結晶そのものが世界の毒である大輪の花を。
そうだ……花だ。あれは花なんだ。そして針は地面から出てきた。目の前にそびえる結晶だけに気を取られていたけど、花の部位は花弁だけじゃない。花に限らず、植物には地面に大切な部位があるのだから。
その針って、もしかしたら……!
「ねえ、地面に何か力の奔流が見えたりしない⁉︎」
「え! えと……はい、そうですね。丁度道中で見たような奔流が感じ取れます。しかもなんだか網のように張り巡らされてますけど……それが全部、あの結晶から出てるような。あれ、ひょっとして……?」
……やっぱりそうだ。私は確証が持てて拳を握りしめる。ライヤもその奔流の通り方を見て、何か気づいたようだ。
なら、私を攻撃してきたものは一つしかない。
私は右腕を突き出し、人差し指のみを突き立てて手で銃を形作る。左手は、ペンダントのクリスタルを握りしめながら。
さっきは力を思い切り振るったけれど、気を集中させて、微弱でも一点に絞れば……!
呑まれることが無いよう己をしっかり保ち。狙いを穴に向けて。地面に潜む脅威を明るみにすべく。
「『絶』────‼︎」
一点に集中させた絶命の力を地面に向かって放つ。
……途端に。
「きゃあっ⁉︎ なんですか、これ!」
地面からたまらないとばかりに飛び出してきたその針……正確には植物のツルのようなものが絶命の力によって引きちぎられた。
やっぱり……これが正体だったんだ!
「お、おい。まさかこれって……!」
「うん、あの結晶の根だよ。しかも、これだけじゃない……!」
ルーザの言葉に頷きながら、私は辺りを見回す。
私の力で断ち切れたのはほんの一部すぎない。これはあの結晶の花の根、それは網のようにこの空間……いや、洞窟全体に張り巡らされている。
そしてそれは、私達にとって一番の脅威でもあったんだ……。




