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幻精鏡界録  作者: 月夜瑠璃
第8章 起点に立つ刻-Restart-
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第91話 散華に狂わすナイトメア(1)

 

 ……暗闇に巣食う脈動が断ち切れる。この内部を構成していた歯車が欠けて、それに促されるかのようにガラガラと崩れていき……。

 瞬間、辺りに鈍い音が響いた。断ち切られた脈動の断末魔のように。内部を、道を、周りを動かそうとしていた魔力が途切れたことで道がその意味を成し、固定化される。

 暗闇が、カタチのない敵が繋がりを失い、糸が切れて崩れていく。辺りに蔓延していた闇が取り払われ、障害がなくなったことでカンテラ魔法の効力が存分に発揮されて光が強まった。


 そしてペンダントも……遮るものが無くなったことで、クリスタルから僅かに発されていた赤い光がより一層強く輝きを増す。


「……ふん」


 ……なんだ、思っていたより呆気ない。

『滅び』だからもう少し手応えがあると思っていたのに。一回絶っただけで生き絶えた。

 所詮は切れるもの。線があれば生き物だろうがカタチのない『滅び』だろうが関係ないか。ならいっそ全部……


「────そこまでだ」


「……っ!」


 不意に突き出そうとしていた腕を後ろから掴まれ、驚くと同時に我に返った。


「あ、あれ……?」


「やっぱ馴染んでないせいか、それなりのリスクがあったな。注意しておいて正解だった」


 戸惑い、惚けた声が漏れる。

 行き場を失った手が止まり、目の前を呆然と見つめて。レシスに腕を掴まれ、静止されたと気づいたのはそれから数秒経ってからだった。


 私……今、何をしようとしてたんだっけ。

 ほんの数秒前のことが思い出せない。絶命の力を使って、洞窟内に張り巡らされて道を滅茶苦茶に引っ掻き回していた邪悪な魔力を断ち切ったことまでは覚えている。それなのに……その後の記憶がぼんやりとおぼろげで、状況のイメージが浮かんでこない。


 ────まるで、私が私じゃないように。


「おい、大丈夫か?」


「あ、ルーザ……。ねえ、今私は何を……?」


「お前がここに張ってあった魔力を断ち切ったのはいいが、ここ全てを壊そうとしている感じだったな。あのままだったら、洞窟ごと壊して元凶も地の中に葬って、オレらまで生き埋めにでもするように見えた」


「そんな……」


 じゃあ、レシスに止められなかったら私は……。

 その先を想像して、身体が震えた。あんなに意識を集中させて、裏に呑み込まれまいと自分をしっかり保とうとしていたのに。

 無意識の内に裏の意識を受け入れようとしていた。敵をしっかり見据えて、やるべきこともわかっていたのに。いつの間にか道を外され、裏の思うがままに動こうとしていた自分が怖くなる。


「そう思い詰めんな。こうなることは予想していたからな、だからいつでも止められるように準備してた」


「でも……」


「それに、仕方ないとも言える。裏はお前が憎しみとまではいかなくても、敵意の感情の隙を突こうとしてくる。『滅び』相手なら当然敵意を向けてただろ?」


 私はレシスにそう言われ、渋々ながらも頷く。

 いくらカタチは無いとはいえ、世界を侵食している脅威である『滅び』。この洞窟内でも魔力の奔流を張り巡らせて、私達を元凶の元まで辿り着けないように仕向けていたのだから、敵意を向けるなという方が無理な話だ。

 でもその敵意すら裏の人格には隙を与えてしまうらしい。敵に敵意を向けない……そんなことが出来る自信なんてない。ましてや、『滅び』相手に。


「それも慣れだと思いますよ。誰だって、始めから完璧なんて無理なんですから」


「今回はまだ最初だし、実験程度っしょ? 思い詰めんなら元凶倒してから」


「う、うーん……」


 ライヤもオスクも、みんなからそう言われると後ろ向きな考えが取り払われていく。

 まだ少し引っかかることはある。でも結果的には大成功、喜ばないというのは確かに場違いなことだ。自分からやってみようと思い立って、悪いことが起こる前で止めることが出来たのに俯くのはさっきの私の決心に嘘をつく行為。

 なら……今は少しでも状況が変わったことを喜ばないと。私は首を振って、気持ちを切り替えるように努める。


「やった、んだよね……」


 そうだ、やったんだ。試しもない、確証もない、自信なんてあるわけもなく、自分からやってみようと思い立ったくせして不安の方が勝っていたにも関わらずに。

 まだ最初だ。裏のことだって、これから説得する時間はたっぷりある。今は元凶への道が見出せたことに喜ぼう。


「そうですよ、結果良ければ全て良しです。ね、メアちゃん?」


『────!』


「えっと……」


 メアに同意を求めるライヤに、それに答えるかのようにライヤの腕の中でぴょんぴょんと身体を動かすメア。だけどメアは黒い煙の塊同然、それに同意を求めるライヤが不思議に見えてならない。


「……なあ、本当にライヤってルージュの半身なんだよな?」


「さあ、どうだか。僕に聞かれても困るんだけど」


「いや、記憶が抜けたからってこうも変わるかよ」


 ……と、その場違いなまでにのほほんとしたやりとりにルーザとオスクにまで呆れられる始末のライヤ。まあ、緊張してばかりよりはマシかな……。


 とにかく時間もない。『悪夢』もいない、コアもあるべき場所にない今の夢の世界の状況は、ルーザの手元にあるコアの僅かに残った力でなんとか繋ぎとめられている状態だ。そんなぐらぐらな世界は、少しでも揺れればどこから崩壊するかわからない。

 そのコアもどんどん大きさが縮んで力がすり減っている。急いで元凶を倒してコアを戻さないと世界が消えてしまう。


「ま、何はともあれ道は繋がったんだし先を急いだ方がいいっしょ」


「は、はい。魔力を断ち切った影響でどこか崩れるかもわかりませんし」


「何にせよ立ち話してる余裕はないな。急げ、こっちだ!」


 レシスが先頭を切ってようやく繋がった奥へと続く道へと駆け出す。私達もそれに遅れないよう、レシスの後を追って走り出した。

 奥へ奥へ進む度に淀んだ空気が増していく。断ち切っても尚、かすり傷だと言わんばかりに禍々しい気配が消え去らない。しかも、道は確かに繋がったけど逆に魔力を向けるものが少なくなって、よりその力が増した気がする……。


 氷河山に、ニニアンさんがいた離島、そしてアンブラの火山と……今までいくつか『滅び』の黒い結晶を見てきて、その力を目の当たりにしたけど未だに慣れない。

 カタチのない災厄……『滅び』。カグヤさんに聞いた限りでは、世界を滅ぼそうとして輪廻のように周期的に現れては牙を剥く。今まで完全に退けることも出来ず、消えては現れを繰り返している。


「本当に何なんだろう……『滅び』って」


 わかるはずもない。それでも疑問に思わずにはいられない。奥へと向かう途中、私の口から思わずそんな言葉が漏れる。

 カグヤさんは諍いの象徴ともいってたけど、本当にそれだけなのかな……?


「何であろうが関係ねえよ。止めなきゃみんな消えちまう、……そうだろ?」


「……うん」


 ルーザにそう言われて頷く。

 今ここで言及しても無意味だ……それはわかっている。誰も知らない、大精霊でさえ正体がわからないのだから聞く方がおかしい。

 止めなければ消えてしまう。この数多に交錯して、互いを支え合っているこの世界の在り方はいわばパズルのようなもの。それが一欠片でも欠けたら、そこを起点として周りも崩れてしまう。


 だから止めなきゃいけない。今はわからなくとも、消えてしまえば終わりなんだから。

 次々と出てきそうな疑問をぐっと堪えて今すべきことに集中する。頭を振って、意識を向けるべき方向に向き直り、ただひたすら目的の場所へと駆け抜けて。


 ────そして、目指していた大元へと辿り着いた。

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