第90話 夢魔に巣食う(1)
森の中を歩き、他のみんなを見つけ出そうと周りをキョロキョロする。
レシスから寝る前に夢の世界へと着いたらとにかく他と合流することを優先しろ、と言われていた。『悪夢』を片付け、森の中に敵が入ってこないと思っていても、敵がどう出てくるかわからないから……と。
レシスの言うことは最もだ。夢の世界は今や『滅び』が侵食しきり、いわば敵の陣営ど真ん中。いくらライヤが作ったことから森の中が安全だとしても、何処から襲われるかわからない。
一人でいるのは心細いし、何より不安に駆られやすい。強張った身体を落ち着かせるためにも、早く誰かと合流しないと。
「ん、あれは……」
しばらく森の中を歩いて行くと、金に縁取られた紫の布と、目を模った特徴的な見覚えある装飾品が木々の隙間から覗いているのを発見した。
それらの特徴を持っている人物として思い当たるのはたった一人。すぐさまそこへ向かって駆け寄ってみると、
「オスク!」
「ん……ルージュか」
思った通り、そこにはオスクが立っていた。
流石は大精霊、と言ったところか。私達の中で唯一、夢の世界に入るのは初めてであるのにも関わらず、オスクはちっとも動じていないし、寧ろ冷静だ。
いつもと変わらない、それでいて余裕さえ感じる佇まい。いきなり飛ばされても動揺一つしないオスクはやっぱり頼もしく思える。手伝ってもらえるようになって本当に良かった。
「で、他は? お前一人なわけ?」
「あ、うん。私もさっき気がついたばかりだから、まだ他のみんなは見つけてないの」
ここにいないのはルーザとレシス、それにライヤだ。ルーザのことは信頼しているし、他の2人も意思体といえど大精霊。きっと大丈夫だとは思うけど……状況が状況だ。早く合流して安否を確かめたい。
とりあえずじっとしていても仕方ないと、私とオスクは一緒に他の3人の捜索を始めることに。
木々が重なっている森の中はそこそこうっそうとしている上に、『滅び』に侵食されているせいか、空はどんよりと曇って影がかかっている。それが余計に森を薄暗くしているために、見晴らしははっきり言ってかなり悪い。……この空も、澄み切った蒼だったのかな。
侵食する『滅び』を退けたら、全て元に戻せるのだろうか。そんなことを考えながらさらに奥へと歩みを進めていると。
「あっ! ルージュ、オスクさん。こっち、こっちです!」
不意に私とオスクを呼ぶ声が聞こえてきて、声が発せられた方向へと視線を向けてみれば……茂みの向こうにいたライヤが手をブンブン振って居場所を知らせてくれている光景が目に飛び込んできた。
2人でライヤの元に向かうと、そこにはレシスとルーザの姿もあった。どうやら向こうは向こうで先に合流していたようだ。
……これで全員。ひとまずそれぞれの安否を確かめるという目的を達成して、私はほっと息をつく。
「よし、これで全員合流出来たな」
「うん。えっと、次は何をするの?」
「森を出て、そこから『滅び』の奔流を辿る。ま、こっちなら問題なく行動出来るし……完全とはいかないが、探すくらいなら楽勝だ」
レシスもライヤも、現実とは性質の違うこの世界なら実体がなくとも身体が透けて、物を通り抜けてしまうなんてこともない。
透けないとはいえ力が落ちていることに変わりはないけれど、ここなら普通に行動出来るようだ。
今まで記憶の世界でレシスと2人きりだった私にはルーザやオスク、それにライヤがいるのはとても心強い。やっぱり人数が少ないと、それだけ厳しいものがあるから。
「あ、そうだ! この子も連れてっていいですか?」
「あ、そいつは……」
ライヤが足元から何かを持ち上げた途端、ルーザはげんなりとした表情をする。
ライヤが持ち上げたものは黒いモヤ。煙のような塊で、とても生き物には見えない。どう見ても実体があるとは思えないのに、ライヤが持ち上げている光景自体不思議なのだけど。
あれって……確か、以前に夢の世界から現実に戻るために触ったものだ。
「お、おい。それってこの世界の『悪夢』じゃねえかよ⁉︎」
「ああ、大丈夫だ。『悪夢』には変わらないが、『滅び』の影響は受けてない。ま、言うなればこの世界での唯一の生き残りだろうな」
「ん……まあ、確かに『滅び』の気配は感じないな」
確か、夢の世界の『悪夢』は『滅び』の影響を受けてしまって、凶暴化したと聞いていた。それをルーザとライヤは大精霊の力と、夢の世界のコアを使って退けたと言ってたっけ。でも、その中で奇跡的に難を逃れていたのが一匹いたらしい。レシスも最初は警戒したけど、ルーザに説明されたことでそれを解いた。
「連れてくのは構わないが……お前、これを抱えながら戦うつもりか?」
「だってほっとけないもの。メアちゃんには色々助けてもらったし」
「「「……え?」」」
聞き慣れない単語に首をかしげる私とレシスとオスク。この中でただ一人だけ、ルーザは頭を抱えてやれやれとばかりに盛大なため息をつく。
「……あのさ、一応確認しておくけど、その『メアちゃん』ってのは一体なんなのさ?」
「この『悪夢』のことですよ? ナイトメアから取って、メアちゃんです。可愛いですよね!」
「えっと……」
私はその「メアちゃん」とやらを見直す。
黒いモヤが煙のように揺らめき、実体がないのは明らかな生き物ならざるその姿。どう見ても可愛い要素はないし、何より名前を付けようとは普通思わない。
たとえ助けてもらっても、悪夢に名前を付けようとするライヤのセンスって……。
「……どうかと思うぞ、そのセンス」
「な、なんで⁉︎ 生き物には名前を付けたくなるのが私達のサガでしょう⁉︎」
「納得するような、そうじゃないような……」
レシスとオスクは呆れ顔。認めてくれないことにショックを受けたのか、ライヤの紅い瞳がみるみる内に涙で潤み始める。
「あ、あの! ルージュなら、ルージュなら分かってくれますよね⁉︎」
「え! あ……うん」
最早ダメ元だったのか、自分の身体である私に同意を求めるライヤ。私はその勢いに押されて、思わず頷いてしまった。
それでもそんな私に気づいておらず、認めてくれたと思ったらしいライヤはパアッと顔を輝かせる。
「よ、良かったです……! ほら、私のセンスはおかしくなんかありません!」
「……おい、何も無理に頷かなくてもいいんだぞ?」
「いいの……。それより、そんな憐れみの目を向けないで……」
ルーザに限らず、レシスやオスクにまで同情する眼差しを向けられて、私も頭を抱える。
こんなでも私の半身だ、私の一部であって大切な記憶が形になっている存在だ。だから大丈夫……だと思いたい。
なんだか悩みの種が一つ増えてしまったような気がするけれど、時間は有限だ。今は落ち着いているとしても、あの『滅び』がいつ暴れ始めるかわからない。
レシスは早速大精霊の力を使い、世界に影響を及ぼしている力の脈動を辿る。そして力の作用で元凶があるらしい場所を突き止め、私達は急いでその場所へと向かった。




