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幻精鏡界録  作者: 月夜瑠璃
第8章 起点に立つ刻-Restart-
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第88話 新たなものか、古きものか(2)


 廊下を歩いていくと、部活で活動している生徒の賑やかな声がオレらの耳にも届いてくる。

 特に、主に運動系の部活が集まっている室内運動場は周りと比較にならないくらいに騒がしい。今はシャドーラルは雪に覆われているから、外での活動がほとんど出来ないためにここに集まるから仕方ないと言えるが。

 そして、元々身体を動かすことが好きなイアはやはりこういった系統の部活に興味があるらしく、その青い眼を輝かせている。


「やっべ、楽しそうじゃん!」


「やっぱりイアは運動系なんだね」


「おうよ! つか、すっげー混じりてえ……!」


 なんて、イアは大袈裟なくらいに喜んで、混ざりたくてたまらないと言わんばかりにうずうずしている。


「別に混ざってもいいぞ。許可は取ってあるし」


「マジかよ⁉︎ じゃあ行ってくるぜ!」


 と、すぐに室内運動場の中に駆け込んでいくイア。

 次の瞬間には早速バスケットボールを始めていた。なんというか、その馴染みの早さが半端じゃない。今まで見たことのないイアのテンションの高さに、オレらも呆気に取られていた。


「あ、あんなにはしゃいでるイア初めて見た……」


「う、うん。いつもはこんなに興奮しないのに」


「スポーツやるときはいつもあんな感じなの。本当、いつまでも子供っぽいよね〜」


 最早見慣れている光景なのか、驚くルージュとドラクを他所に、エメラはやれやれと肩をすくめる。

 イアもイアで楽しんでるようだし、放っておいても大丈夫か。まだ案内する場所は多い、その間に2人にも何か興味がある部活が見つかればいいのだが。


 そう思ってオレらは室内運動場を後にする。他にある部活は、文化系のものだ。

 文化系の部活は全てが一つ一つというわけではないが、それぞれのカテゴリに合った教室を借りている。例えば、占いなら星の動きを観察出来る最上階の占術室や、美術なら美術室を、魔法薬や錬金術なら先日案内した薬草園の隣にある空き部屋を使っている。


「へえ、部屋が借りられるとのびのび出来そうだね」


「はい。僕は魔法薬部と錬金術部をやってましたが、色々な素材も試せるので楽しかったですよ」


「そうなんだ! 魔法薬の調合が得意なのも納得」


 今は所属していないのだが、フリードは部活のこともあって薬の調合が得意でオレも宿題関係でアドバイスをもらったりしていた。いつもは自分の意見をはっきり言わないフリードに教えてもらうのは中々新鮮だったのを覚えている。ドラクは氷河山の案内の訓練のためと、確か登山部に入っていたか。

 今となってはそんな一年前までのことが、ずっと昔のことのように感じられる。色々あったせいか、まだ何もなかった日常がひどく懐かしい気がした。


 オレはそんな思い出に胸を馳せながら、恐らく美術部のキャンバスから飛び出したであろうペラペラの蝶や小鳥を避けながら進んでいく。

 魔法で描いた絵を飛び出させてそこらを好きに飛び回らせる、美術部恒例の景色。別に元は布や紙だし、当たっても痛くないから、ちょっとした廊下の装飾になっている。


「あ、ルーザ。あれは何?」


「ん?」


 急に何かが気になったらしく、足を止めて窓の外を指差すルージュ。

 その先を辿っていくと……この校舎に似た、それでもあちこちひび割れていかにも古めかしい雰囲気と、どんよりとした空気に覆われた建物が。


「ああ、あれは旧校舎だな」


「旧校舎? じゃあ、今は使ってないの?」


「まあ、見ての通り結構古びているからな。今のこの校舎が建ったことで、使わなくなったんだ」


「へえ……」


 そう言いながら、旧校舎をまじまじと興味深そうに見つめるルージュ。何か気になることがあったのか、まるで本を読んでいる時のように食い入るように眺めている。


「ん、どうした?」


「うーん……何か窓の前を横切った影が見えた気がして」


「え、ええ? 見間違いじゃないの、ルージュ?」


「ああ、幽霊が棲んでるって噂もあるんですよね」


「え、ほんとに……?」


 ……と、足がガタガタと震え、フリードがたったそれだけを口にしただけなのに顔が青ざめて怯えるエメラ。相変わらず幽霊などの類が苦手なようだ。


「ああ、夜な夜な旧校舎を彷徨っていて、中に入ったりなんかしたら、か細い声で後ろから声をかけられるんだと。もしもし……ってな」


「ひぃっ……!」


「……って、あくまで噂だから信憑性はないけどな。色々胡散臭いし」


「な、なんだ。嘘ってことね」


「……とは、限らないけどな」


「ええ⁉︎」


 と、オレが脅かすようにそういうと、あっという間にエメラはルージュの背後に隠れてしまった。

 そんなガタガタ震えて怯えるエメラとオレを交互に見て、呆れたようにオスクはため息をつく。


「ったく、噂話くらいに踊らされちゃってさあ。お前、絶対反応見て楽しんでるだろ?」


「バレたか」


「え、やっぱり嘘なの? ルーザの馬鹿ぁ!」


 もう〜! と言いながら、精一杯の抗議なのかオレの肩をポカポカ殴りつけてくるエメラ。よっぽど怖かったらしく、その目には涙が浮かんでいる。

 ……なんて、全くの嘘というわけじゃないんだが。なにせここは、窪地で霊気が溜まりやすいシャドーラル王国。だからこんな古い建物に幽霊の一匹や二匹、棲み着いててもおかしくないのだが……今は黙っておくとするか。


「もう、ルーザのせいでせっかく上がってた気分台無しだよ。何かいい部活ないかな……」


「あ、エメラにはあれが良さそうじゃないかな。料理部って札に書かれてるよ」


「あっ、本当だ! 良かった〜」


 そう言ってエメラはすぐさま料理部が活動している調理室に走っていく。

 表情がさっきと比べて随分晴れやかだ。助かったと顔に書いてあるような気がする程に。


「エメラさん……怖かったんだね」


「ったく、あれくらいでビビるなんて根性ないな」


「誰にだって苦手なものはあるよ。あまりいじめないの」


「はいはい」


 注意するルージュの言葉を聞き流し、旧校舎に向き直る。

 でもまあ、土地のこともあって幽霊の噂や目撃者が後を絶えないのも確か。特に強力な魔法での施錠もされてないから入るのは簡単で、もっぱら肝試しをやる連中などのいい心霊スポットと化している。

 だが、昔使われていた教材や資料、本などの大半は置きっ放しらしい。教材だし、盗む需要も目的もないためにまだ大量に残されているらしいが。


「古い本か。部活よりもそっちが気になるかも」


「お前、幽霊とか平気なのか?」


「うん、まあ。怖いというより、興味が勝るかな」


「ルージュさん、図太いですね……」


 なんて、箱入りで肝試しの経験がないルージュにはお化けの類はちっとも怖くないらしい。今も興味深そうに旧校舎を見据えるルージュに、ドラクもフリードも苦笑い。

 まあ、学校側も責任負わないってことで入っても特に咎めないから中を見物してみてもいいんだが、エメラがあの状態だ。全員で突っ込むとなるにしても、エメラは大反対だろう。


「ま、旧校舎のことは一旦置いておいて……他の部屋も回って見たらいいだろ」


「うん、そうだね」


 そう言ってやっと旧校舎から目を離して、残った五人で再び歩き出す。ルージュは今回は見て回るだけでいいらしく、少しずつ覗いてはまた別の、中を確認してはまた別のと部活のほぼ全てを見て回った。

 プラエステンティアでも部活はしていなかったらしいルージュには、それだけでも色々新鮮のようだ。楽しそうに笑みを浮かべて、興味津々な様子で様々な部屋を見て回っている。


「あ、そういえばルーザはどの部活に入ってたの?」


「ん……あ、オレは帰宅部だが」


「帰宅部?」


 ふと、思い出したかのように投げかけられたその疑問。反射的に答えたものの、帰宅部の意味もわからないらしいルージュと、同じくそれが何なのか知らないオスクは同時に首を傾げる。

 いや、これも説明しなくちゃならないのか? 正直言ってかなり情けない上に恥ずかしいんだが……。


「帰宅部……帰宅、家に帰るってこと?」


「……ああ、そうだよ。どの部活にも所属してないから、家に帰るしかないってことだ」


「プッ、なんだよそれ。一番ダサいやつじゃん」


「ほっとけ!」


 ケラケラ笑い飛ばすオスクに吐き捨てる。

 オレは一人暮らしだ。だから部活に出て趣味に勤しんでいる暇があるくらいなら、アルバイトをして少しでも多くの生活費を稼がなくちゃならない。生きるにはどの世界、どのご時世でもどうしても金がいる。親も親戚もいない、後ろ盾となってくれる存在もなかったオレは、自分の力だけで食いつないでいく他なかった。

 もし家族がいたらオレも部活に入れたのか……そんなことを考える日も無いと言えば嘘になるんだが。


「じゃあルーザも今日だけは体験しようよ。リストを確認したら模擬戦もやれる部があったし、そこで手合わせとかどうかな?」


「……!」


 そんなオレの気持ちを察してくれたのか、ルージュがそう提案してくれた。

 部活というなんの変哲へんてつも無いことも、これを逃せばなかなか出来なくなる。折角ルージュが持ちかけてくれた話だし、断る理由もない。


「ああ、いいぜ。言っとくが手加減しないぞ」


「うん!」


 挑発の言葉でも、ルージュは嬉しそうに頷く。あとはオスクも興味本位で付いてきて、フリードとドラクも応援ということで付き添う。


 たまには羽目を外すか……そう思いながら、早足で室内運動場へと向かった。

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