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幻精鏡界録  作者: 月夜瑠璃
第8章 起点に立つ刻-Restart-
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第87話 爪痕は此処に(3)


「城の近況はどうなんだ?」


「今は中庭の修復ですね。大扉も直りましたし、あと少しすればまた城が開けます」


「でもさ、まだあの惨状の痕を他に見せるわけにはいかないっしょ」


「……ええ。一般の方ならともかく、貴族達に知られれば何が起こるかわかりませんから」


 以前の光の世界と影の世界の交流パーティーの時のように、ルージュを気遣ってくれる貴族もいることはいる。だが、テオドールのような権力欲しさで汚い真似をする貴族もいることは確か。

 ルージュにどこまで権力があるのかはわからないが、王女という立場上、ルージュはこの国にとってクリスタに次ぐ重要人物であることには間違いない。そういった輩にはルージュの存在は邪魔な筈。


「もし万が一、ルージュを陥れようとする存在が現れたなら、私が何としてでも退けます。義姉といえど、あの子に恩返しがしたいですから」


「そうか。それを聞いて安心した」


 頼りないところもあるが、クリスタがルージュを思う気持ちは本物だ。クリスタなら任せられると信じられる。

 それに今はルージュもオレらには完全に心を開いてくれている。仲間がいれば貴族にだって負けない。


「あら、なんならルーザも家族になります? ルージュの妹なんですし、可能といえば可能ですよ?」


「おい、待て待て待て。いきなりそんなことできるわけないだろ!」


 なんて、何を思ったのかクリスタはいきなりそんなことを言い出す始末。

 いや、当たり前だがいきなり王女になれなんて無茶苦茶にも程がある。国も、突然もう1人の妹が見つかりました、なんて受け入れられるわけがない。


「そこは大丈夫じゃないですか? ルージュとあなたは誰が見てもそっくりと思いますし。いざとなったら私が書類を書き換えちゃえばいいだけです♪」


「職権乱用もいいとこだな……」


「そして三食寝床付きで、朝から夜まで付きっ切りですよ。今なら書類にあなたのサインをするだけで、王女として今まで出来なかった分思いっきり甘やかしてあげます!」


「勧誘方法が生々しすぎるだろ!」


「いいんじゃないの? あやふやな血縁関係が誤魔化せんだし」


「オスクまで……」


 オスクも面白がっているのか、止めるどころか勧める状況に。

 これじゃ本当に王女にさせられかねない。しかも今は止める相手もいない、ツッコミもいない最悪な状態。

 誰かなんとかしてくれ……。


「冗談じゃなくて割と本気で言ってんだけど。このままだとお前、孤児の烙印押されるぞ?」


「うっ……」


「特に後ろ盾もいないんだ、色々こっちに加わった方が都合良くない? お前の姉がそもそも特殊な立場にあるんだし、隠し子の1人や2人増えたところで問題ないっしょ」


「問題大アリだよ。王族だからって何でもかんでも許されるわけないだろ」


「そこはまあ、権力でも人脈でも使えるものはなんでも使って誤魔化してさ。それでお前は三食寝床に、少々の権力、家族もゲットで自給自足の生活からオサラバできて万々歳。やったじゃん」


「やめろ、それ以上は言うな」


 愉快そうにケラケラ笑い飛ばしながら、そんな魅惑的な言葉を次々と並べるオスクにストップをかける。今でもギリギリで踏みとどまっている状況なのに、あとちょっとでもつつかれたら今にも飛びつきかねない。何も言い出せない、何も行動できない、何も否定できない。正しいのか間違ってんのかよくわからないこの状況に頭を抱えるばかり。

 ルージュは実の姉だが……クリスタはどうなんだ。今更『姉さん』とか呼べるわけない。


「すぐに決めなくても大丈夫ですよ。ルーザが良ければの話なので、都合が悪くなった時だけ頼ってくれても構いません」


「……考えとく」


 微笑むクリスタに、オレはそれだけ返す。

 簡単には頷ける話じゃないが、クリスタなりの心配なんだろう。実の家族はルージュだけで、身寄りもいない、1人暮らしであるオレを。

 確かに、今まではこんな歳なのに1人暮らしなのを誤魔化してきたが、それに限界があるのもまた事実。学校でも、家族がいないことを不審に思われていたから。


 少しは変えられるのか……これからでも。

 家族、という単語に慣れていないオレには、その言葉は少々くすぐったかった。





 色々あったが、クリスタとの話を終えて、オレとオスクはまだズタボロな中庭に出てみる。

 えぐられた地面はなんとかなったが、芝生が禿げて土色が所々に顔を覗かせていて見栄えが悪い。衛兵達も少しでも緑を増やそうと、花壇に花を植えまくっている。


 オレとオスクが出たのもその手伝いのため。オスクは嫌がったが、オレが引きずって無理やり連行した。


「全く……なんで大精霊である僕がこんなことを」


「文句言うな。仕事だけはきっちりこなすのがお前の取り柄だろ」


「だけ、って何さ。いちいち強調するな」


 ぶうぶう文句を垂れながら、オスクも渋々作業を開始。

 左手に花の種や球根を、右手にシャベル。それらを持って黙々と種をまいて、球根を植えていく。

 当然、経験がないオスクは初めてのガーデニング。そんな園芸用品を両手に作業をしていく大精霊というのはなんともシュールだ。


「ぷっ。似合わねえな、そのカッコ」


「うっさい、ほっとけ!」


 顔を赤らめながら、さっさと終わらせようとムキになって種と球根をまいていくオスク。

 いつかの家事同様、不慣れで雑なことだがオレがそれをフォローしながら進めていく。


 花が咲くのには時間がかかるが、常夏のこの国だ。しっかり水をやればすくすく育つに違いない。

 また再びここが花で溢れかえるように。その思いから、種も球根も一つ一つ丁寧に植えていく。ちまちまとして面倒ではあるが、これもその景色が広がるためだと思って。


「はあ……ライヤがいたらこんなことしなくて済むのに」


「手でやるから意味があるんだろ。これはオレらへの因果応報だ」


 そうだ、これはその報いなんだ。ルージュを裏切った現実への。ルージュを図らずとも孤独にした環境への。そして、ルージュの本心に気づけなかったオレらへの。

 遅かれ早かれ、裏の人格が暴走する時は来た筈だ。オレとルージュが大精霊であるという真実を聞いたのはきっかけに過ぎない。きっとこの景色はそれが形になったことなんだ。


「あ。言っとくが、面倒だからって魔法で横着したら引っ叩いてやるからな」


「ぐ……」


 やはり魔法でインチキしようとしていたのだろう、オスクは種にかざしていた手をピタリと止める。

 全く、自分の仕事はきっちりする癖して、それ以外は雑だ。やり終わるまでしっかり見張っとかねえと。


 ……今、植えている球根はチューリップだ。その花言葉は『思いやり』────フリードにそう聞いたことがあった。

 せめて今は、花に願掛けするのも悪くない。そう思いながら、オレはオスクがまいた種と球根に土を優しく被せていく。



 ────いつか、この種と球根が立派な花を咲かせる時を願って。

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