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幻精鏡界録  作者: 月夜瑠璃
第1章 光の旋律
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第9話 交わりし時(3)


「……」


 残された私達に、しばしの沈黙が続く。

 なんだかなんとも言えない気持ちになった。とうとうルーザが帰ってしまった……いつかはそうなるととっくに覚悟はしていた筈なのに、その現実を受け入れ難くて。


「行っちまったな」


「……うん」


 イアがふとそう漏らした。

 その言葉で、本当にルーザが帰ってしまったんだと実感が今更ながらに湧いてくる。嬉しさと、悲しさと、達成感と……後悔が次々に押し寄せて、頭の中がごちゃごちゃになる。

 なんだか取り残されたような寂しさものしかかってきて、暖かな空気が一気に冷えた気がした。冷たい夜風が頰をつたい、私はぶるっと身震いする。


「わたし達も帰ろっか。ねえルージュ、屋敷まで付いて行っていい?」


「ごめん、ありがとう」


 暗い表情を浮かべる私を気遣ってくれたのだろう。エメラの提案に迷うことなく頷き、3人揃って元来た道を引き返す。

 日が沈みきって迷いの森の中は真っ暗だ。まるで今の私の心の中を写しているようで、少し不気味にも思えてくる。


「や、やっぱりやめとくんだった……」


「なんだよエメラ。怖いのか?」


「怖いよ! なんか出そうじゃん!」


「何も出ないってば。別に霊気が溜まる場所でもないんだから」


 そんなお喋りをしながら歩いていたことで寂しかった気持ちも僅かながら紛れて、少し沈んでいた気分も少し明るいものとなった。それでもどこかでルーザのことを思ってしまい、私はそれを否定するように首を振る。

 ルーザはやっと帰れたんだから……それを喜ぶべきなんだ。私が寂しがってもルーザのためにはならないんだから……。


 やがて私達は屋敷へと到着。ここで2人とは暫しのお別れだ。門の前で大きく手を振りながら「また明日」と言ってくる2人に私も手を振り返し、屋敷の中へと入った。


「ふう……」


 バタンと扉を閉めるとそんなため息が漏れた。時計を確認してみれば、夕食の時間はとっくに過ぎていた。

 早く済ませてしまおうと、行く前に下準備をしておいた材料を取り出して料理に取り掛かり、出来上がってから私は食べだした。昨日までとは違って誰かと話すことなく、黙々と。


 向かいに置いてある椅子には今日は誰も座っていない。ルーザが来る前は当たり前のことだったのに、なんだか違和感すら感じてくる。


「だ、だめ……」


 ルーザは帰れたんだ。今更戻ってきてほしいなんて……我儘にもほどがある。

 我慢しなくちゃ……そんな気持ちを誤魔化すように、私はやがて食べ終わって空になった食器をひたすら洗って、片付けていった。

 その後は……特にすることもない。入浴とかも後で済ませるつもりだし。


 本でも読もうかな。最近、趣味として読書することも減ってたし。

 少しでも気を紛らわそうと本を読み出す。ページをめくる度に紙の乾いた音が響いては消えていく。そのことが一人であることを証明しているかのようだ。ペラペラ、ペラペラと音を立ててはめくれていく本に、私は眺めるばかりで。

 ……やっぱり寂しさが拭えない。本をとりあえずはめくっているけど、内容がちっとも頭に入ってこないでいた。

 

「一人は嫌、って思っちゃうのかな」


 思わずそう呟いていた。

 口にすると余計にその感情が膨れ上がる。目がじわりと熱を帯びて……やがて耐えきれずに、一粒こぼれ落ちてしまった……。





「……誰が一人だって?」


 ……。

 …………。


「え?」


 背後からふと私の言葉に答えが返ってくる。聞こえる筈のない、ここ数日ですっかり聞き慣れたぶっきらぼうな声が私の耳に確かに入ってきた。

 ……まさか。


「ルーザぁ⁉︎」


 そこには確かにさっき帰ったはずのルーザがいた。

 驚きと困惑と疑問と、それとちょっぴりの歓喜の感情が入り混じり、どう反応すればいいのか分からず慌てふためく私とは対照的に、当の本人は動じることなく涼しい表情だ。


「な、な、なんで……。帰ったはずじゃ」

 

「帰ったぞ。で、戻ったんだよ。家にいる執事には言っておいたしな」


「で、でもいくらなんでも早すぎるよ……!」


 帰ってからまだ3時間も経っていない。しかも一回世界を移動してからまた屋敷に入るなんて早すぎる。

 それに玄関からは物音なんてしなかった。窓から入るにしても、警備魔法がちゃんと施してあるから不可能のはずなのに。


「まあな。細工はしたぜ?」


 そう言いながらニヤッと笑うルーザの手には白のチョークが握られている。

 そして、ルーザの視線の先には目立たないリビングの隅に魔法陣が描かれていることに今気がついた。……テレポートなどの魔法に使われる、転移用の魔法陣だ。


 ああ、やられた……!

 この魔法陣を通じて、ここにテレポートしてきたんだ。通りで音がしなかったわけだ。


「で、でもどうして戻って来たの? 今は戻る理由なんて」


「目的もなしに来る訳ないだろ。簡単な話だ、今度はこっちの番ってことだよ」


「え? それってどういう……」


「だから、影の世界にお前を連れ出すってことだ!」


「……え」


  一瞬、私の思考が停止した。


「えええっ⁉︎」


  次はこっちの番ってそういうこと⁉︎

  そ、それに今度は私が行くことになるの……?


 今日一日、ほんの数分で色々なことが起こりすぎて今も思考が追いついていない。ただルーザの姿と、その言葉に驚かされるばかりで頭がごちゃごちゃになって訳がわからぬままで。

 けど、ただ一つ……これだけははっきりわかった。



 今まで通りの日常にはもう戻れないということは。

これで一章は終了です!

序章に近いものなので、本番はまだまだこれからという感じです。

よろしければ続きもお付き合いいただけると嬉しいです!

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