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幻精鏡界録  作者: 月夜瑠璃
第8章 起点に立つ刻-Restart-
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第85話 再来の悪夢(1)

 

 赤く濁り、黒く淀んだモノが見えた気がした。

 ルージュの腕越しに見える光景は、いつかの悪夢をそのまま写したかのようで。


「ふ、あははっ……! どうしたの、怪訝そうな顔して。せっかくこうして対面したのに」


 ルージュの形を取り繕った邪悪はくつくつと嗤う。

 耳障りで、醜くて。それを目の前にするだけでも吐き気がする。それから目を逸らしたい衝動に駆られても、華奢な腕から想像もつかない程の力で首をギリギリと絞め上げられている今のオレには、指一本すら動かすこともままならない。


 ……今、目の前にいるのはルージュであってルージュじゃない。絶命の力の象徴であり、ルージュを狂気に堕とした諸悪の根源────ルージュの裏の人格。ペンダントに封じた筈の『裏』がオレが知る『ルージュ』を押しのけて、表に出てきてしまった。

 暗い闇に染まった瞳がオレを見据える。いつものルビーのように綺麗な瞳は、もうそこにはない。


「て、めぇッ……!」


「ふうん……まだ息があるんだ? 一応、流石と言っておくべきか」


 裏は首を締め上げても尚、愉快そうに嘲笑う。ルージュならば絶対に見せない表情を、絶対にすることのない行動を、裏の人格はさも楽しそうに平気な顔をして行う。

 オレの息を止めない程度に抑え、それでも息苦しさに悶えるオレの反応を明らかに楽しんでいた。


『貴様っ……なんで出てきた‼︎』


『やめてください、ルーザさんから手を放してください! あなたもこんなことしたくない筈でしょう⁉︎』


「……うるさいな。部外者どもに指図される義理も道理もない。切り離して今は抵抗する力も残ってないのに。そこで黙って這いつくばってなよ」


 レシスが怒鳴っても、ライヤが訴えても裏にはまるで響いていない。それどころか半身である相手に向かって、妹である相手に向かって、心底煩わしそうに悪態をつくばかり。それも全て、ルージュの口から絶対に漏れることがない言葉で。

 オスクも、先日の騒動の原因である奴に確かな怒りを向ける。


「いつまで乗っ取るつもりさ? いくら仕事外だからって僕も好き勝手されちゃ黙ってないけど」


「へえ……そんな弱った力で『私』を止められるとでも? くだらない理由で、自ら力を捨てた癖に」


「……ッ‼︎」


 オスクでさえ、痛いところを突かれたとばかりに口ごもってしまった。

 自ら力を捨てた……気になる言葉ではあるが、今聞ける状態ではないし、何より余裕がない。気絶はしてないものの、首をずっと絞められているせいで身体がいうことを聞かない。


「やっと黙ったか。これだから生ける者は口煩くて仕方ない」


「ぐ、が……テメェっ、今すぐルージュを戻せ!」


「……戻せ? おかしなことを。私は私で、表も私……それに間違いなどない。お前の姉でもあるのに、それ相応の敬意と友好を示さないお前の方がおかしいと思うのだけど」


「誰がっ……テメェなんかにっ……!」


「クク……嫌悪するなら勝手にすればいい。正直、仲良しごっこなんて想像するだけでも吐き気がする」


 そういいながら、裏は自分の首元に視線を落とす。そして忌々しげにペンダントを睨みつけ、舌打ちを一つ。


「それにしても……そこの残りカスも余計なことをしてくれた。こんなくだらない玩具と術式で縛り付けてくれたおかげで、力も満足に振るえない。この呪縛がなければ、お前達如きすぐにでも消し炭に出来るのに……」


『……それを解除する気なんかさらさらない。お前が破壊をやめるつもりがないなら、オレはずっとお前を縛り付ける』


「ふん、調子に乗るな。こんな術程度、私の一部を抑えるに過ぎない。こうしてお前の肉体を潰すくらい、容易いものだけど」


『このっ……‼︎』


 裏の態度に流石に頭にきたのか、レシスは裏に掴みかかろうとする。……が、それはライヤによって阻止された。


『放せルジェリアッ。奴にこれ以上好き勝手させてられるかよっ!』


『駄目っ! 今は感情に任せたら、ルーザさんがどうなるか……。それに身体も』


『……! くそっ……』


 下手に動けば裏がオレに何をするかわからない。幾ら今、裏の人格が出ているとはいえ、『ルージュ』には変わらない。レシスもライヤに止められて、渋々引き下がる。

 裏は邪魔されないことを確信し、にたりと笑うとオレに視線を戻す。


「はあ……忌々しいことこの上ない。気晴らしにどれか一つでも絶ってやりたいところだけど、術のせいで今は力の殆どが枯渇している……。こうして息を弄ぶくらいしか出来ないなんて」


「……やめろ。ルージュの口でお前が好き勝手に語るな」


「お前も大概だろう? お前の呼吸の主導権は今は私にあるのに、どうしてそう偉そうに口を利けたものだか」


 ふん、と裏はオレを鼻で笑う。

 どう言われようが知ったことか。裏は裏、この場に出てきて好き勝手していい存在ではない。イレギュラーには一刻も早く退場してもらわなきゃ困るんだ。

 裏もそんなオレの気持ちを読み取ったのか、馬鹿にしたように視線を再びオレに向ける。


「なに、私も今では形なし……精々こうするのが限界だし、お前がどんな態度を取ろうが別にいいけど」


「そうかよ、そいつは良かった。だったらとっとと引っ込んでろ」


「ふっ、あはは……! 引っ込む? 何をほざくかと思ったら」


 笑い声を響かせたかと思うと、裏は腕にぐっと力を込める。

 また首を絞められると本能で感じ取り、思わず身構える。……が、何を思ったのか裏は腕を振りかぶり、オレの身体を投げ飛ばした。


「がっ……⁉︎」


『ルーザさんっ⁉︎』


 オレの身体はベッドに叩きつけられる。

 いくら柔らかいベッドとはいえ、こんな力任せに叩きつけられればただの板。ぼすっと鈍い音を響かせながら、オレはその上に転がり回る。衝撃はベッドに吸収されているにしても、それがまるで意味ないように痛みがじんじんと身体に響いた。


「ふん……」


 さっきとは打って変わり、裏は不愉快そうに表情を歪める。ライヤが慌ててオレに駆け寄っても裏はどうとも思わないのか、冷たい視線を向けるばかり。


「引っ込むとか、よく言ってられたものだ。お前が余計なことをしなければ、狂気に身を任せて『表』も楽になれたのに……」


「テメェッ……苦しめておいて何が楽になれるだ‼︎」


『そ、そうですよ! なんで……なんであなたはそんなことするんですか……「ルージュ」はあなたと仲良くしたいって願っているのに!』


「……無知で、無力。ここまで馬鹿ときたら救いようがないね」


「なんだとっ……」


 苛立ちを包み隠さずぶつけても、裏は一切の動揺を見せない。

 それどころかくつくつと癪に触る笑みを深め、物語を語るかのように静かに話す。何もかも知ったかのように、自分だけが真実を知っているかのように。


「この際だから教えてやる……。お前達がどれだけ『私』を嫌悪しようが、『私』は消えない。どれだけ嫌おうが、遠ざけようが、『私』はこのルジェリアに潜み続ける」


「……何が言いたい」


「でははっきり言ってやろう。お前達が嫌悪する『私』をこうさせたのは……紛れも無いお前達だってことを」


「……っ⁉︎」


 そんな言葉がルージュの口から紡がれる。

 嘘だ、虚言だ、戯言だ……否定しようとしているのに、全てを否定しきれない。それは目の前の『ルージュ』が否定することを許さないから。


 暗く淀んで、静かに、それでも烈火の如き怒りを向けるような表情で……裏が見せたのは、紛れも無い憤怒そのもの。ペンダントの色は最早、闇そのものを写したように黒と化していた。


「私はただ世界が望んだ通りのモノになっただけ。それなのに嫌悪して、一方的に遠ざける。全く……つくづく自分勝手で嫌気が指す」


『だ、だからって……。それじゃ「滅び」となんら変わらないじゃないですか!』


「私は『滅び』がどう出ようが知ったことじゃない。この忌々しい世界を壊してくれるなら、こっちには願ったり叶ったりだけど」


 そんな今、この世界の状況から一番残酷であろうことすらも躊躇なく吐き捨てる。

 それでも……オレら全員、裏に何も言い返せない。裏の瞳はそれほどの怒りを込めて、オレらに何ものにも言い表せない程の威圧感があったから。

 暗い闇に覆い尽くされ、その本心は何一つだって掴めはしない。だが、これだけははっきりとわかる。


 ────裏は、裏の人格は、この世界の在り方そのものに計り知れない憎悪を向けていることが。


「全ては嘘。全ては妄言。紡がれるのは偽善だけ……『私』を狂気と思うのなら、本当に狂ってるのはこの世界だ。私に押し付けた支配者(アイツ)にも復讐する権利はある筈だろう?」


「……だとしても、お前は間違ってる。幾ら恨もうがやることが度を越してるんだ。それを『ルージュ』に押し付けんなっ……!」


「押し付ける、ね。……『表』だって、『私』がいなかったら、とっくに壊れていたかもしれないのに」


「え……」


 不意に漏れた言葉。今までとは違う、悪態や恨み言でもない一言。

 ……それは何処か『表』を案じるようなもので。レシスもライヤもオスクも……突如として発された言葉に驚愕して身体が固まる。


「お前、一体……」


「クク……呑気でいられるのも今の内。お前の身体も魂ごと『絶って』やる。それまで精々『表』とのおしゃべりを楽しめばいいさ」


「質問に答えろ。さっきのはどういう意味だ!」


「じゃあ教えてやるよ。……表も裏も変わらない、どちらも『私』で、それはこんな忌まわしき術程度では決して抑え切れない、決して切れない強固な鎖である……とね。クク、あははハはハハハハッ……!」


「……っ、待てっ!」


 手を伸ばしたがもう遅い。捨て台詞を吐き捨て、耳障りな笑い声を響かせると同時に邪気は薄れ……


 やがて、消えた。

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